4 野望の果て

 (あれ、なんか思っていたのと違う姿になっている!?)


 龍見のイメージはラー、つまり西洋のドラゴンである。

 しかし見下ろす自分の腕は金色の鱗ではなく白いフカフカの毛に覆われている。

 何が起きたのか分からずにいる龍見の目が驚いた顔をしたまま固まっているラーの姿を捉える。


 「そ、その姿はまさか不滅の聖龍リ・ディーナか!?」

 (リ・ディーナ?)


 初めて聞く名前だが、なぜか聞き覚えがあるのは何故だろうか。


 (いや、今はそんな事考えている場合じゃないわ。行くわよ!)


 「グオオオオオオオオオオ!」


 龍見が吠え波動を放ち続けているラーの心臓目指し翼をはためかせる。

 翼を動かすたびに速度が上がる。その速度は波動を受けても衰えることはなく目標へ向けて突き進む。

 

 (これで、終わりだぁ!)

 「グオオオオオオオオオオオ!」


 龍見の声は咆哮となって何か行動を起こそうとしたラーの動きを封じ込め、そして肉球の間から伸びる爪がラーの腕ごと心臓を打ち砕いた。


 


 「負けたか……」

 「これがあなたの望んだ結末なの?」


 全ての力を出しつくし徐々に崩壊していくラーの前で人間の姿に戻った龍見が目に涙を溜めていた。

 自分を殺そうとした相手の死を前にして涙を流すなんておかしいと自分でも思うのだが涙を止める事は出来なかった。


 「我の望みはお前に今更言うまでもないだろう。だが、そうだな、満足だと言ってもいいだろうな」


 戦いに生き、戦いに死ぬ。父を殺し一族や眷属を扇動し多くの命を奪った。その自分の死が穏やかな物であるはずがないとラーは思っていた。

 死ぬのなら自分の全てを出し切って死にたかった。だから喰らうモノによってもたらされた死を受け入れる事が出来なかった。だが今はひどく穏やかな気持ちだった。父を殺した罪悪感、戦いの狂気、王としての責務。死を自覚し受け入れたからか、そういった物から解放された気がした。


 「私には理解できないよ」

 「当然だ。記憶を見たからといって我の全てを理解できると思うたか?我は竜。貴様は人、互いに理解など出来るはずもないだろう」

 「そんなことない!だってあなたに外の世界のことを教えてくれたのは……!」

 「詮なきことよ。我の戦いは終わった。だが貴様の戦いはこれから始まるのだ。あの破壊の化身を相手にした永劫の戦いのな。そして我を倒したお前には我らが守り続けた力を受け継いでもらう」

 「本当に勝手だね、あなたは」

 「だが、その力をどうするかはお前次第だ。不要だと思うのなら捨てても構わん。どうせもう大した力は残っておらんのだからな」


 ラーを倒した時に『支配の力』は龍見へと受け継がれた。けれど、ラーの言う通り、その力のほとんどは失われていた。

 理を塗り替える『魔法』に用いられる魔力はあまりにも膨大だ。だから長い年月をかけ魔力を補充しなければならず、だから竜の世界ドラゴンズネストではもっとも誰の手にも触れさせず魔力の源マナが満ちる霊山に封印されていたのだ。ラーが封印を解いて己の物とした時で10回使えるかどうかの魔力しかなかったのだ。この脅威の力を多用できなかったのはそうした事情があった。

 そして龍見との決戦で足りない魔力を満たすためにラーは己の魂を贄にした。途中で阻止されたとはいえ、その代償は高くつき魂は消滅しようとしていた。

 竜の魂は輪廻の輪に入り転生すると伝えられているがラーはその輪に入れずにただ虚無に消えようとしていた。それは竜族にとっては最も恐ろしい罰だと龍見はラーの記憶から知っていた。

 

 「最期の相手がお前で良かったのかもしれんな。さらばだ、竜の娘よ」


 そう言い残し最後まで残っていたラーの顔も崩れさった。

 友でも仲間でもない、けれども記憶を共有してしまった龍見はまるで半身を無くしたような喪失感に囚われ下を向き涙を流した。


 「あなたは優しい子ね」


 ふいに前方、ラーのいた場所から女性の声がして驚いて龍見は顔を上げた。

 目の前にいたのは龍見より少し年上に見える長く綺麗な白い髪の巫女服姿の女性が立っていた。年齢は20代前半に見えるが微笑む顔は少女にも見え、けれどもその人の内面を見透かすような瞳は遥かに長い年月を生きてきたようにも見えた。


 「確かにこの仔は多くの罪を犯しました。けれども、その罪の全てがこの仔の責任でないでしょう。なのでこの仔の魂はしばし私が預かりましょう」


 そういって女性は手を広げ霧散しようとしていたラーの魂を己に集め胸の中に納めてしまった。

 その奇跡の光景を呆然と見ていた龍見はハッと正気に戻って女性に質問をしようとするがスッと近づいてきた女性の指が唇に当てられ言葉を封じられてしまった。


 「今は私の事よりお友達のことでしょう?さぁ、もう目覚める時間よ。あなたの為したいことを為しなさい。私はいつでもあなたを見守っていますよ」


 女性の優しい声に導かれるように龍見の精神世界での体が段々と消えていく。女性の指が離れると龍見はどうしても言いたいことを慌てて口にした。


 「何度も私を助けてくれたのはあなたでしょう?でもなんで私を助けてくれたの?」


 その問いに童女のように首を傾げて。


 「だって可愛い子孫たちを見守るのは当然でしょう?」


 当たり前のようにそう言う女性に言葉の真意を問う時間はもう龍見には残されていなかった。だから最後に龍見は。


 「助けてくれてありがとう!」


 そう言い残して消えた。

 そして精神世界は段々と光に満ち溢れ何も見えなくなり、龍見は現実の世界へと帰還した。


 

 


 

 

 


 

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