3 龍見の戦い

 「てえい!」

 「ぐうっ!?」


 気合と共に振り下ろされた大戦斧を腕を交差して受け止めたラーが苦痛に呻く。たかが人間、しかも小娘の一撃など大したことは無いと思っていたが現実は違った。踏ん張っている足が地面を割り沈み込み遂に砕け散ってラーは力負けして瓦礫と共に下に吹き飛ばされた。


 「こんな馬鹿な事があるか、我は女王だぞ!」

 「それが何だってのよ!」


 崩れ去った大地の残骸を体当たりで蹴散らして龍見が再び大戦斧を振るうが、ラーは今度は受け止めず体を反らして躱した。


 「図に乗るな、下郎が!」

 

 体を反転させ長い尻尾を鞭のように振るうラー。だが龍見はその攻撃が来ることが分かっていたかのようにすぐに迎撃行動に移る。


 「そう来ると思ったわよ!」


 ラーの尻尾に自分の鎧から伸びる尻尾に見える鞭を絡ませ龍見は竜の巨体をグルグルと振り回し大地の残骸、その中でもひと際大きな物に投げつけた。


 「がはっ!」


 叩きつけられたラーの体は残骸を細かく粉砕し突き抜けた。


 「おのれ、おのれ、おのれえええっ!『炎、風、渦』!」


 格下の相手に全力を尽くさなければならない事に屈辱を感じながらラーは竜の言葉で『力ある言葉』と紡ぐ。その言葉が具現化し炎の竜巻となって周囲の残骸を巻き込み接近してきた龍見へと向かっていく。単純な物理攻撃など意味はなく、またあの距離ならばもはや逃げる事も出来ない。ラーは勝利を確信した。だが―――。


 「『炎、風、渦』」


 聞き間違いではない。確かに向かってくる少女が竜の言葉を口にしたのだ。そしてあろうことか力ある言葉に反応して、もう一つの炎の竜巻が発生し互いを蝕みあい消滅した。

 巻き込まれないように一旦後ろに下がった龍見とラーが意図せず睨み合う構図となった。


 「なぜ……なぜ貴様が我らの魔術を?」

 「なぜも何もあなたが私に散々自分の記憶を見せたんじゃないの。嫌でも憶えちゃったわよ、あなたの戦い方も、竜魔術も全てね」


 そう。これが龍見がラーの行動を先読みできる理由である。龍見はラーが物心ついたころからの記憶を見せられ、半ばラーと同化していた。だからこそラーの持つ戦いの技術全てを完璧にラーニングしていたのだ。


 「記憶を見たから、だと?それだけで力を揮るえるはずがない!」

 「そうね。でも今の私には力を与えてくれる物がある。友達が、ほとんど面識がないのに命を懸けてくれた人が届けてくれた力が!」


 龍見の声に応えるように鎧の胸の部分にある金色の石が同色の光を放つ。


 「たかが人間がどのような力を得たとて竜に敵うものか!」


 ラーが口を開き必殺のブレスを放つ体勢をとる。魔術は真似できようとブレスを吐くことは真似できないと考えたのだ。

 

 「そんな攻撃っ!」


 放たれてたブレスを胸の輝石から発射したビームで相殺し両者は爆風に煽られ更に距離をとる。

 吹き飛ばされたラーのプライドは既に粉々に砕け散っていた。

 ラーには幾度かの激突で分かってしまった。

 こちらは既に命を削り全力を振るっているのにも関わらず向こうはまだ全力を出してはいない。手加減をされていることがラーの女王としての誇りを傷つけ、そして次第に狂気へと堕ちていく。


 「なぜ貴様は全力で戦わない!我をどこまで愚弄すれば気が済むのだ!」

 「なんでだろうね。あなたは私の体と命を奪おうとした敵。でもね、それでもあなたの事を自分の一部みたいに思っちゃうのよ」


 龍見が見たのは戦いに関する技術だけではない。

 ラーの父親への思慕、与えられた力を使う事も許されずただ流れていく空虚な時間、来訪者から聞いた外の世界への憧れ。ラーが抱いた正と負の感情は龍見にも影響を及ぼしている。己の野望の為に他者を踏みつけるなぞ龍見には認めらない。けれど同時にその狂気にも似た感情が精神が繋がってしまったことにより理解できてしまった。だから龍見はラーに対して決定的な一撃を放つことが出来なかった。それが共感か憐憫かは分からないが、ただラーを消す事に抵抗があった。


 「いいだろう。ならば勝利は諦めよう。だが貴様だけは道連れにさせてもらう!『支配の力』よ、わが命を喰らいその力を存分に振るえ!」


 そう叫ぶやラーは己の右手を心臓に突き刺し外に取り出した。


 「何を!?」

 「『支配の力』は我の中に残っている。これにわが命を贄に捧げ貴様の精神もバラバラに吹き飛ばしてくれる!」


 ラーが取り出した心臓が暗い情念を取り込んだせいか黒ずんでいく。心臓が黒い球体に変わり内包した力が波動となって周囲を振動させる。


 「ぐう!」


 龍見の顔が苦痛に歪む。黒い波動が毒のように龍見の精神を汚染していく。ラーに近づこうとするも全周囲に放たれる波動の衝撃で跳ね返されてしまう。


 (残っている手は私の中に流れ込んできた『支配の力』を使うしかない!)


 だが『支配の力』は2割が喰らうモノに、1割が龍見に、残り7割がラーに分割されている状態だ。そこにラーは己の命を注ぎ込んでいるのだ。単純な力比べでは輝石の力を得た龍見でも押し負けるほどの力を発している。


 (なんとか接近してラーから『支配の力』を取り上げる。方法はそれしかない!)


 今までのように同種の攻撃で相殺する方法は無理と判断し龍見は『支配の力』をラーが行ったように自分の体を変化させることに用いた。イメージしたのはラーの姿。突破力を高めるために飛行能力を強化するための変身。そのつもりだったのだが……。

 

 「オオオオオオオオオオオオオッ!」

 (あっ、またあの声が……えっ、何?)


 自分を救ってくれた咆哮が轟き、そして自分の中に輝石とも『支配の力』とも違う力が湧き上がってくる。それは抑えられないほどに大きくなり龍見の体を包み込んだ。


 「何だ、今の声は?」


 咆哮を聞いたラーの体に戦慄が走った。同じ竜族の声だと思うが、しかしあれは、あの声は自分はもちろん外にいた別世界の竜とも明らかに違う。

 竜には明確に序列がある。そして竜の咆哮はその序列をもっとも端的に示すものだ。つまり上に立つ竜の咆哮であるほど他者に大きな影響を与えるのである。

 ならば女王であるラーを畏怖させる存在とは一体何か?

 その答えはすぐに思いついた。

 それは竜族に伝わる伝説。あらゆる世界に住む全ての竜族、その源流は3柱の龍神に行きつくと言われている。

 

 「あれはただの作り話ではないのか?」


 声の震えを抑えきれないラーの前で龍見を覆っていた光が弾け、そしてソレは姿を現わした。

 


 

 

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