第八章 竜魂の巫女

1 乱入者

 「くそ、自由に動けるならコイツら全部薙ぎ倒してやるってのに!」

 「我慢してください。あなたにはショウが失敗した時に備えてもらわなければならないのですから」

 「いちいち言われなくても分かってるっての!」


 喰らうモノの攻撃は苛烈を極めた。すでに『方舟』は地球へと接岸し地上と空、その両方から物量に任せて攻め寄せる。時折思い出したかのように『方舟』に生えた巨大な竜がブレスを放ってくるがチャージに時間が掛かるのか連発してこないのは救いだった。

 加えて『方舟』からだけでなく地球に隠れていた喰らうモノもここぞとばかりにこの戦闘に参加してきた。

 両者の目標はただ1つ。動かないラーのみである。

 挟撃を受ける形になったルカたちは傷だらけになりながらもラー、いや、龍見とショウ、そしてなぜか巻き込まれたイルマの肉体を守るべく奮戦していた。

 その光景をゼスカルたちは変わらず結界内で見守っていた。




 「なんかいよいよヤバそうでありますね。あっちに行ったユグドラシルの子も動かなくなっちゃいましたし、どうしましょうか?」

 「どうもこうも俺たちが出来る事なんてありゃしねえよ」


 出来るのなら今すぐ逃げ出したいという言葉をゼスカルはなんとか飲み込んだ。


 「なんとか隙を見て逃げ出しますか?」


 まるでゼスカルの胸の内を読んだかのように力なく笑いながら提案するマルフォートにゼスカルは力なく首を横に振る。


 「やめとけ。俺たちなんざ流れ弾一発で消し炭になるぞ」

 「ですよね~」


 実際、杖の老人の結界が無ければとっくに跡形もなく消し飛んでいただろう。ゼスカルたちも防御術は使えるが、この世界の戦いではそんなものは紙切れ以下の効果も期待できないことは目の前の異常な戦いを見れば明らかだった。


 「いやぁ、こんな魔術のない世界、帝国軍なら簡単に制圧できると思っていたんですけどね~」


 マルフォートの言葉は、そっくりそのままゼスカルが思っていた事でもある。

 だが、その認識は既に改めた。

 二丁拳銃を巧みに操る少女、拳を振るう少年、ゴーレムに似た機動兵器などなど。彼らが力を振るうたびに自分たちが手も足も出なかった喰らうモノが面白いように吹き飛んでいく。

 だが、相対する喰らうモノもまたただやられている訳ではない。

 体の一部が砕けようとすぐに再生し、修復不能なほどの傷を負ったものは自らを餌として同族の糧となる。そうして生き延びた喰らうモノはどんどん生物としてちぐはぐな姿となっていく。頭が複数、手足があらぬところから生えていき、身体の部位が機械兵器に置き換わっている個体も増えてきていた。その度に体が巨大になり明らかに力も増している。

 ゼスカルはどんな戦場、どんな敵でももはや心を動かされることはないと自負してきた。

 だが、その自信は今や完全に崩れ去った。

 自分は恐怖に囚われている。そう自覚しつつもゼスカルがここを離れられないのにはもう1つの理由があった。

 それはこの戦いの決着。

 果たして勝つのは人知を超えた力を得た者たちか、それとも全ての理を超越した存在か。

 兵士として、戦士として、ゼスカルはこの戦いの行方を見届けたくなっていた。




 「なんでこっち《地球》からもこんなに湧いてきているんだよ! 結界はどうなってるんだよ!」

 ≪ごめんなさい! 外で抑えきれないので結界内に入れて対処する方針に変更されたのを連絡してませんでした!≫

 「気にしないでください。ルカのはただの愚痴ですから。エネルギーチャージ完了、スターマイン射出準備開始します。効果範囲内の味方は退避をお願いします」

 「ヴァイシュが撃つぞ~! 全員、散れ、散れ~!」


 地上で戦っていたリーダー格の少年の指示に従いヴァイシュの前方から勇者たちが退避する。それを待ってから。


 「スターマイン発射!」


 ヴァイシュの追加武装である∞の翼から無数の光の玉が前方にばら撒かれる。それはまるで季節外れの雪のように舞い落ちていく。戦場に場違いな程に美しいその光はしかし向かってくる喰らうモノに対し牙を剥いた。光に触れた喰らうモノの体が音もなく抉られたのを見てゼスカルは息を呑んだ。


 「ま、まさか空間破壊兵器か?」


 周囲の空間ごと対象を破壊するというあらゆる防御機構を無効化するとされる兵器は帝国軍でも研究はされたが結局実現はできなかった。そんな超兵器を運用できる存在に喧嘩を売った事を今更ながら冷や汗が出てきた。


 「自分たちは本当に手加減されていたんですね~。でも、これならなんとかなりそうじゃないですか?」


 圧倒的な破壊力を持つヴァイシュの活躍に余裕を取り戻したマルフォートの表情が強張る。なぜかは分からないが周囲の空気が変わった気がした。それは圧倒的な死の気配。今までの状況がまだ温いと思わせるほどの何かが来た。

 その直感を裏付けるように空に爆炎の花火が咲きゼスカルたちの近くに白い塊が落ちてきた。


 「バリアエネルギー65パーセント消失。メビウスパック大破。再使用不可、パージします」

 「くそっ、この忙しい時に来るんじゃねぇよ、戦乙女ヴァルキリー!」


 ゼスカルたちが見上げると、そこに悠然と銀色の鎧に身を包んだ乙女がいた。


 「あれは人か?」

 『やれやれ、向こうが一段落ついたと思ったら今度は機神が出てきたか』

 「今までだんまりを続けていたのに急に喋り出したな。いや、それよりもアレは何だ、別世界の人間か?」

 『いや、アレもまた喰らうモノじゃよ。地球で育った特殊な個体、機神と呼ばれる地球最強種の1体じゃ』

 「あれも喰らうモノだと?」

 『地球の神話や伝説に登場する神や人を機械的に模した存在じゃ。もしかしたら魔技術マギテックの究極的な姿と言えるかもしれんぞ?』


 体を覆う装甲の各所から黒い炎が吐き出し、フルフェイスマスクに覆われた顔の目にあたる場所には紅い光が灯っている。

 手にした大鎌を横に振り、生み出された黒いエネルギー波がスターマインをあっさりと破壊してしまった。

 そして腕を交差させると腕と足の表面装甲がスライドし中から無数の小さな穴が露わになる。

 

 『これはイカン!万が一に備えお主らも張れるなら結界を張っておけ!戦乙女の攻撃が来るぞ!』

 

 いつもの飄々とした雰囲気をかなぐり捨て先生が叫ぶ。

 一段と輝きを増した結界の上で戦乙女の体から黒い閃光が発射され雨のように地上に降り注ぎ爆炎の華を咲かせる。その攻撃は勇者たちはもちろん同族であるはずの喰らうモノ達にも一切の容赦もなく巻き込む。

 絶え間なく続く爆発に耐える先生や勇者たちだが、激しく金属同士がぶつかる音がして突然攻撃が止まった。


 「助かった……のか?」

 『どうやらアヤツも戻ってきたようじゃな』

 「そのようですね」


 先生の負担を減らすために己を盾としていたヴァイシュが空を見上げた。

 そこには互いの武器をぶつけ合い相手の動きを封じ合うショウと戦乙女の姿があった。

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