6 追跡者との戦い

 「で、あれはどうすればいいんですか、先生!?」

 『あれも記憶の一部じゃから迂闊に触れてはならんぞ。とにかく動いて相手の攻撃を避け続けるしかあるまい』

 「それってなんの対策もないってことじゃないですかぁ!」


 しばらく様子を窺うように距離を取っていた龍見モドキが接近し異様に伸びた鋭利な爪を振るってきたがイルマはそれを間一髪で避ける。動き自体は単調だが速さだけはかなりの物でイルマの目でもなんとか追えるレベルである。加えて龍見を離さないように抱きしめている格好では満足に反撃もできず逃げ続けるしか手はない。


 『相手の狙いはイルマ、お前さんじゃな』

 「龍見さんじゃないんですか?」

 『おそらくじゃが、アレを作ったのは女王ではない』

 「へ?じゃあ、もしかして……」

 『うむ、お主が抱いておる娘自身じゃ。自分を守る為にとっさにあり合わせの記憶を繋ぎ合わせて作られたガーディアンといったところじゃろう』

 「救おうとしているのに攻撃されるなんて理不尽じゃないですか~!」

 『相手は無意識なのじゃ。ただ己の精神に触れる物に対して反射的に行動を起こしているに過ぎん。お前さんが女王の圧迫から救い出した結果、自衛する余裕が生まれたのじゃろうな。ただ、問題なのは女王の意識が多分に紛れ込んでいるせいで非常に攻撃的になっておる点じゃ)


 手の爪だけでなく足の爪も使いイルマに襲い掛かってくる龍見モドキだが、速度に目が慣れれば動き自体は武術を修めたイルマには通用しない。しかも力を持て余し気味で無駄に大振りの攻撃が多く、人一人を抱えたイルマでも難なく避けられる。

 とはいえ、動きは素早いので単純に距離を取ろうとしてもすぐに追いつかれ離脱もままならず膠着状態に陥る。


 「先生、本当になんとかなりませんか!?」

 『娘の意識を覚醒させれば何とかなるじゃろう。ただ、それが出来るのは娘と接点があるショウでなければ難しいじゃろう)

 「ここからショウ君の所へアレの攻撃をかわしながら行くんですか!?」


 闘牛のように突っ込んでくる龍見モドキをヒラリ、ヒラリと避けてはいるが段々と動きにキレが出てきたように感じる。


 『半人半龍の姿に慣れてきているようじゃな。全く違う精神がなぜここまで同調できておるのか分からん。あるいは途中で記憶が分解される事もあるかと思ったのじゃが……』

 「女王が何かをしているのでは?」

 『それが出来るのならアレでとっくに娘の精神を破壊しておるじゃろ。やはり何かこの娘の中に――』

 「ああ、もう。まずは打開策を考えてください!」


 そうは言う物のイルマにも自分たちに打つ手がないのが分かっていた。

 迂闊に攻撃しても、自分の精神が削られる。逃げようにも向こうの方が速度は上なのでそれも難しい。


 「何か私も速く動くコツとかないんですか!?」

 『やろうと思えば出来る。じゃが、それは結局お主の精神を崩壊させる危険があるのじゃよ。今のお主はエネルギーの塊じゃ。力を無理に行使すればあっという間にエネルギーを失い消えてしまうぞ』

 「攻撃も出来ない。逃げられもしない。助けも来ない。完全に打つ手がない……いや、そうでもないかも?」

 『どういう事じゃ?』

 「よっと。先生はさっきショウ君と龍見さんに結びつきがあるっていいましたよね?」

 『うむ。精神を覚醒させるにはある程度の結びつきが必要なのじゃ。誰か知らぬ者に起こされるより知っている者に起こされたいのは当然じゃろ。それと似たような理屈じゃ』

 

 龍見モドキの攻撃を必死に避けながらイルマは自分の思いつきを口にする。その思い付きを奇妙な相棒が立派な案にしてくれると信じて。


 「私はさっき龍見さんの記憶。とても大切な記憶に触れました。これって結びつきになりませんか?」


 爪が頬を掠めた。精神体ゆえに血こそ出ないが少し体が重くなる。


 『確かになり得るかもしれん。じゃが、それはお主から娘への一方通行の関係に過ぎん』


 大振りの引っ掻き攻撃を体を後ろに退いて避けたが、それはフェイント。龍見モドキが腕を振り下ろした勢いを利用して体を反転、本命の尻尾の一撃を振るう。

 避けられないと判断したイルマは右足に力を集中させ迫る尻尾を蹴り飛ばす事に成功するが再び力が抜けていく感覚に襲われる。


 「なら龍見さんに私の記憶を見せれば?」

 『それならばいけるかもしれん。じゃが、問題はお主にも娘にも負担が大きい点じゃが……』

 「どのみちこのままじゃジリ貧です。なら賭けてみるしかないでしょう!」

 『確かに。ならばお主が娘に見せたい記憶をイメージするのじゃ。言うまでもないがお主が大切にしている記憶じゃぞ?』

 「大丈夫、これしかないっていうのを選んでいます!」


 イルマが選んだ記憶はあの幼い頃に父と会った大切な記憶だ。その記憶は小さな光となり龍見の胸に吸い込まれた。


 「……どうです?」

 『こればかりは結果を見んと分からん』


 執拗に攻撃を繰り返す龍見モドキからなんとか距離を取りつつ変化を待つが、その兆しは見られない。

 そうしている間にも徐々に戦いの均衡は崩れつつあった。

 鋭さを増す攻撃はイルマの肌に切り傷を増やしていき力が徐々に抜けていく。そして動きが鈍くなったイルマの背中に衝撃が走る。龍見モドキが横を通りすぎようとした瞬間に振るわれた尻尾がイルマの背中に直撃した。


 「はぁはぁ。何というか痛いと言うより眠くなってきましたよ」

 『精神へのダメージが大きすぎて意識が閉じかけているんじゃ。このまま踏みとどまってダメージを受け続けるとマズイ事になるぞ』

 「でしょうね。そうなる前になんとか龍見さんに目を覚ましてもらわないと。龍見さ~ん、起きてくださ~い!」


 追いかけてくる龍見モドキをマタドールのように華麗にかわしイルマが呼びかけるが硬く目を閉じた龍見に何の反応もない。

 向きを変えた龍見モドキが急制動をかけ再び迫ってくる。イルマは逃げようとするが、しかし先ほどの一撃で精神力を大きく削がれた影響か僅かに反応が遅れてた。

 そして、鋭い爪がイルマの体を引き裂こうとしたが――。


 「えっ?」

 『なに?』


 あと少しでイルマの体に爪が届こうとした瞬間、今まで人形のように動かなかった龍見が腕を伸ばし龍見モドキの攻撃を受け止めた。

 素手と爪、本来なら引き裂かれるはずの龍見の手が光りモドキの爪、そして腕が砕けて龍見に吸収されていく。そして片腕を失ったモドキはまるで火を恐れる獣のように無表情のまま距離を取り、グルグルと2人の周りを旋回しはじめた。

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