3 風が吹く
『……マ、…ルマ、目を覚ますのじゃ、イルマ!』
「……ぷはっ!はぁ、はぁ。え、あれ、私は……」
まるで何分も無呼吸で潜水していたかのような息苦しさから解放されたイルマは何度も深い呼吸を繰り返す。そこにいつもより少し慌てた口調で先生が問いかけてきた。
『落ち着け。まずは自分の名前を言ってみるのじゃ』
「名前?私の名前は……イルマ、イルマ・レイヤード?」
自分の名前を呼ぶと不思議と靄がかかっていたような頭の中がすっきり晴れ渡っていく感覚がし、同時に息苦しさもスッと無くなり自分が龍見の記憶に呑み込まれた事を思い出した。
「私、どれくらい意識が飛んでいました?」
『安心せい、ほんの5秒くらいじゃ。接触時間が短かったからこの程度で済んだが危ない所じゃったぞ。時にどんな記憶を見たのじゃ?』
イルマは簡単に自分の見た龍見の記憶を伝えると先生は驚いた。
『名前の由来か。それは幸運と言えるかもしれんぞ』
「幸運ってどういう意味ですか?」
『深層を目指しておったのは龍見という娘の根幹に関わる記憶を捜すためだったのじゃよ』
「根幹の記憶……。ああ、なるほど、確かに名前は重要な要素ですもんね。でもそれを見つけてどうするんですか?」
『イルマ、お主のペンダントを先ほどぶつかった記憶に近づけるんじゃ』
「こうですか……おお、なんか光の線が伸びていきますよ!」
『記憶と精神は強く結びついておる。一時的にお主と龍見の精神を同調させる事でその繋がりが視えるようになったのじゃ)
「つまりこの線を追えば龍見さんを見つけられる?」
『うむ。じゃが、いつまでも視える訳ではないぞ。今こうしている間にも龍見の精神は女王に侵食されておる。線を見てみい』
先生に促され視線を向けると1つの記憶が線にぶつかって跳ね返された。だが同時にイルマの目には線が少し細くなったように見えた。自分が見た物を先生に伝えると。
『女王の記憶に徐々に記憶と精神が壊されておるんじゃ。精神と記憶の繋がりが薄くなり断たれてしまえば己の存在を確立することが出来なるなる。つまり精神の死というわけじゃ』
「じゃあ、急がないと!ああ、でも光がうじゃうじゃと集まってきましたよ!」
『ショウと戦いながらこちらにも妨害を仕掛けてきておるようじゃ。当たり前じゃが向こうも生きるか死ぬかの瀬戸際じゃからな。言わずもがなじゃが、迂闊に触れるでないぞ』
「分かってますけど、この数は多すぎますって。ああ、もう、私は龍見さんを助けなくちゃならないのに!」
イルマが叫びが周囲に響き消えていく。叫んだ本人もそれは意味のない事だと分かっていた。
だが動き回る光を見極めようとしているイルマの後ろから不意に強風が吹き光の線に群がる邪魔な記憶を吹き飛ばした。
「今の先生がやったんですか?」
『いや、違うぞ。今のワシは人格と記憶をコピーしただけの存在で魔力なぞほとんど持っておらん』
「ですよね。でも何か一瞬スゴイ魔力みたいな物を感じたような……」
『詮索は後にせい。今は……』
「あっ、そうですね!よし、一気に駆け抜けますよ~!」
スピードを上げ線をなぞる様に飛翔するイルマの背にあって先生は先ほどの風について考えていた。
(女王は気づいておらんかもしれんが、何かがおるのお。どうやらワシらに敵意はないようじゃが。女王が見出したのはただの人間ではなかったということかの。やはりこの世界、人間は本当に面白い。じゃからこそ守り抜かんとな。ワシの好奇心を満たしてくれるこの素晴らしき世界を!)
一度は全てを捨てた老賢者は地球を守ることを改めて決意するのであった。ただ、その思いに根ざしている物は勇者たちとは違う物であるのだが。
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