2 龍見を捜して

 「ショウくんは女王に勝てるんですか?」

 『外なら勝てるじゃろうが、この中では厳しいじゃろうな』

 「外なら勝てるんだ……」

 『あやつは頼りなさそうに見えて実力はあるんじゃ。本来なら正式に隊長格に任命されてもおかしくないほどなんじゃが……』

 「なにか理由が?」

 『理由は知らぬが自己評価が恐ろしく低いんじゃ。自信がないからと試験を受けようともせん』

 「何か理由でもあるんですかね?」

 『さてな。ワシも部外者じゃから口出しする気はないがの。それよりもお主も大分移動になれてきたようじゃの』

 「自分が思うだけで自動的に動いてくれるので楽ですよ。ただ、どこを目指せばいいのやらと言った感じですけど」


 実際に手足を動かすことなく移動できるのは慣れれば快適である。とくにイルマは飛行魔術を扱う才能がなかったので飛んでいる感覚を味わえるのはなかなかに気分がいい。

 所々に淡く灯る光には、竜の世界ドラゴンズネストや地球の風景が見えるが果たして龍見の精神がどこにいるか判別することは出来ず、ただ闇雲に移動し続けるしかなかった。


 『そういえば良いのか?』

 「何がです?」

 『あの娘を捜す事。これは別にお主がせねばならん事ではない。ここで逃げても誰も文句は言わんぞ?』


 先生の言葉にイルマは盛大にため息をついた。


 「囮になったショウ君や女の子を見捨てて逃げる?そんな事したら私は二度と自分が許せなくなりますよ。勇者ギルドの人たちは私に親切にしてくれた。関わる理由なんてそれで十分でしょ?」

 『一宿一飯の恩というやつか。義理堅い事じゃな』

 「打算がない訳じゃないですけどね。元の世界に帰る方法とか喰らうモノに関する事とか、もっと知らなくちゃならない事がありますし」

 『なるほど。ならこれ以上は言うまい。ではもう少し精神世界の深部へ潜ってみるとしよう。水に潜るようなイメージを持って下へ移動するのじゃ』

 「潜る、潜る……。こんな感じですか?」

 『別に手足を動かす必要はないのじゃが、その方がイメージはし易いしいいのかもしれんの』


 頭を下にして腕は平泳ぎ、足はバタ足でイルマは下へ下へと降りていく。

 ポツンポツンと浮いている光に導かれるように降りていく途中でいくつかの景色が目に止まった。

 1つは家族と楽しそうに過ごしている暖かな風景、もう1つは血と炎に塗れた戦いの光景。

 そんな両極端な記憶の欠片である光が少しずつ増えてきた。


 『深層に入ってきたようじゃな。お主は何か異常はないか?』

 「異常というほどでもないですけど、移動するときに何か引っかかるような、薄い膜にぶつかっているような、そんな感触が出てきましたけど」

 『それは拒絶反応じゃの。誰でも自分の中を見せてくはないからのう。奥へ進むほど移動など更に難しくなってくるはずじゃから覚悟しておくのじゃ』

 「人の秘密を暴いているみたいで申し訳ないですけど仕方ないですよね。段々光が大きくなってきましたけど、これは?」

 『忘れられない大事な記憶、あるいは忘れたくとも忘れられない記憶じゃな。弾きだされた娘さんの精神がどこかに隠れておるかもしれん。よく周りをみておくのじゃぞ』

 「と、言われてもなぁ……」


 慎重に周囲を捜すが、相変わらず人影らしきものは見つからない。いや、そもそもこの世界において龍見の精神がどのような形をしているかも定かでないのだが。


 『言い忘れておったが、あまり光、つまり他人の記憶に触れんようにするんじゃぞ。下手にぶつかればお主の精神が破壊されるぞ』

 「そういうのは先に言いましょうよ!」


 今まで普通に出来ていたことが意識すると出来なくなる経験は誰にもあるが、この時のイルマもまさにそうだった。

 間近にあった光を避けようとして大きく体を移動した先にある光に背中が当たってしまった。

 ぐらりとイルマの視界が揺れ体が光に吸い込まれていく。必死にこらえようとするが、引き込む力は強くイルマは光の中に消えていった。




 いかにも和風といった家の縁側に5歳くらいの髪の短い少女が不貞腐れた顔を見せて足をバタバタと動かしている。夏の夕暮れ時、空を飛び山へ飛び去るカラスの声に紛れるように玄関から男の声が聞こえてきた。


 「帰ったぞ~。なんだ、お前たち予定より早かったじゃないか。ん、龍見はどうした?」


 野太い男の声が家に響く。上着を手にワイシャツを着崩し首にタオルをかけた夏の暑さに負けてだらしない恰好をした体格のいい初老の男が居間にいた妻と息子夫婦に挨拶しているが縁側の少女は露骨にそれを無視している。その様子に気づいた男が妻が冷蔵庫から出してくれた冷えた缶ビールを片手に龍見の横に腰を下ろした。そして缶ビールを開けるとグイッと喉に流し込んだ。


 「どうした、どうした、そんなふくれっ面して。誰かに怒られたのか~?」

 「ちがうもん! わたしはおじいちゃんにおこっているの!!」


 自分譲りの太めの眉を八の字にして怒る孫娘を初めて見た男は驚きとショックで固まってしまう。その後ろではクスクスと家族が笑っている。普段、その強面と体格から周囲から恐れられている大男が幼女にタジタジになっているのが面白くて仕方がないのだろう。


 「お、俺に怒っているのか!?どうしてだ?ああ、あれか、前に来た時見送るって約束すっぽかして酒飲んで寝ていた事に怒っているのか?」


 どうもこの男、悪意はないが他人を振り回すタイプの人間らしい。

 だが、幼女の怒りの原因はそれではないらしく、男はしばらく自分の思い当たる事を並べ立てて謝罪をするが、その行為は後ろに控える妻の怒りのボルテージをマックスにしただけで孫の怒りを解くことは出来なかった。


 「降参、降参だ。頼むから爺ちゃんに理由を教えてくれ」

 「なまえ」

 「え?」

 「わたしのなまえ! どうして、たつみ、なんてつけたの!」


 思わぬ怒りの原因に思わず後ろを見た男が、引きつった笑顔を浮かべる妻に視線を合わせないようにしつつ息子夫婦に目で助けを求める。すると息子が男子から名前が男っぽいと馬鹿にされたと事情を説明してくれた。


 「ハハハ、なるほど。男みたいな名前って言われたのか」

 「わらいごとじゃないもん!」


 詳しく聞いてみると、最近子どもたちに人気のアニメにタツミという男の子がいて、そのせいでタツミ=男の名前というのが子どもたちに定着してしまったらしい。そのせいで同じ名前の孫娘は名付け親の祖父に対してご立腹というわけだった。


 「ああ、スマンスマン。そうだな、名前を馬鹿にされるのは悔しいものだからな。俺もガキの頃に馬鹿にされたモンだ。もっとも、馬鹿にした奴らは全員ぶちのめ……ああ、いや、なんでもない」


 後ろから聞こえた細君の咳払いに男は調教された動物の様に居住まいを正すと、おもむろに半分ほど残っている缶ビールを置いて龍見の顔を見つめて語りだした。


 「俺の名前は龍石(りゅうごく)、お前の父さんは龍二ってな。うちは代々名前に龍の字を入れるのが習わしになっていてな。その理由ってのが……」



 時は戦国。野望を胸に秘めた男たちが天下を統べんと争っていた時代。

 とある地方に、ちょうど2つの有力大名領地に挟まれていた村があったそうな。

 そして、その2者が争いを始めると要衝となった村に2つの軍が押し寄せてきた。しかも2つの軍はまるで村を囲むように布陣し睨み合う事態になった。逃げる事も出来ない村人に両軍から使者が送られ恭順するように催促されるが今までどちらに対しても煮え切らない態度をとって利益を得ていた村長むらおさは決断できない。

 そんな村長の態度に腹を立てた両軍の大将は村を戦場にし村人たちを全滅させることを決意した。

 そしてにらみ合いから数刻、両軍の大将が突撃を命じようとした、その時だった。


 曇天を引き裂き、1匹の『龍』が巫女の祈りを受け現れたのだ。


 そのあまりの神々しさに両軍の兵たちは恐れおののき、特別な訓練を受け恐れを無くしたはずの軍馬たちも我先にと逃げ惑い両軍は戦わずして撤退していった。


 「あの村に仇なす者は龍神に祟られる」


 それ以来、その村に手を出す者はいなくなり村人たちは、無事戦国乱世を生き延びたのだと言う。




 「それで、その村の生まれた子どもは村を助けてくれた龍神様にあやかって名前に龍の字を頂くのが決まりになったんだとよ」


 まぁ、これは俺の婆さんから聞いた話で本当かどうかは分からないがな、と龍石はがははと豪快に笑う。


 「そのむらって、ここなの?」


 最初はつまらなそうに聞いていたが龍神が現れたくだりから目を輝かせて関心を示していた龍見の問いに龍石は首を横に振った。


 「俺も昔同じことを婆さんに聞いたんだよ。その村はどこにあるんだってな。けど、婆さんも知らないらしくてな」


 江戸時代中期には、すでに龍見たちの先祖はなんらかの理由で村を出たらしい。しかし、子どもに龍の字を贈ることだけは、その後もずっと続けられていた。


 「ただ、俺が龍見っていう名前を付けた理由はそれだけじゃない。お前が生まれる直前にな、俺は龍の夢を見たんだよ」


 龍石が見た夢はごくシンプルだった。平屋建ての家が並ぶ小さな村の真ん中に立っていた自分を空に浮かぶ龍がじっと見ていたのだという。ただ、その龍は光に包まれ姿はよく分からなかったが、優し気な3つの瞳だけが印象に残っていた。


 「こわくなかったの?」

 「いや、それが変な話なんだが、初めて見た気がしなかったんだよ。それに村の方もな。なんだか故郷に帰ってきたみたいな変な感じだったぜ。俺は夢なんか起きたら憶えてないんだが、その夢だけははっきりと覚えてたんだ。妙に朝早く目が覚めちまったと思っていたら電話でお前が生まれたって聞いてな。それでピンと来たんだ。龍を見た日に生まれた子だから龍見、これしかないってな」

 「ねぇ、おじいちゃん、そのりゅうって……」



 突然視界がぼやけ、当たり前のようにその光景を見ていたイルマの意識が遠くに引っ張れられていき、そして―――。

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