2 絶望は世界を越えて
『なにやら戦争をしていたそうじゃが、急に引き上げたのは本拠地が喰らうモノに襲われたと聞いたからじゃろう。そして、戻ったところをパクリとやられたんじゃろうなぁ』
「あの覇龍たちですらどうにもならなかったのか……」
『普通の力ではどうにもならんよ。だから先人たちは空間を隔離して逃れたのじゃ。倒すことが出来なのなら逃げるしかないからのう』
「あの~、ならなんでこの世界は滅びてないんですかね?」
痛みに顔をしかめつつ体を起こしたマルフォートが手を挙げて質問する。
『喰らうモノは多くの世界を喰らってきた。じゃが、そのせいで1つ大きな弱点も抱えてしまったのじゃよ』
「弱点があるのか。ならそこを突けば……!」
『だがそれはハードルが高いぞ?なにせ完全にマナを断つことが必要じゃからな」
「完全にマナを絶つ?ああ、だからこの世界では喰らうモノは生きていけないんですね!」
「待て、どういうことだ?分かる様に説明しろ」
先生の講義に納得顔のイルマにまだ内容が呑み込めないゼスカルが苛立ちを言葉に滲ませる。
『喰らうモノが襲ってきた世界には常にマナ、まあ呼び名は色々あるが、そういった力が常に存在していた。故に奴らはそうした世界に適応した進化を遂げてきた。しかし、じゃ。ここに来て奴らは今までの進化が足枷になる世界に来てしまった』
「それが、
『奴らにとってマナは空気のような物じゃ。ところが、いきなりその空気がない世界に来たんじゃ。ワシもじゃが奴らもたまげたじゃろうなぁ』
「なるほど。魔力を完全に遮断すれば奴らは死ぬのか」
『大半は、な。じゃが見ての通りその環境を作れたとしても完全には防げんのが現実じゃがな』
「なぜだ? 奴らはマナが無ければ生きられないのだろう?」
『マナが無ければ生きられないのなら、無くても生きていけるようになればいい。例えその為に何万、何十万の犠牲を払おうともな。喰らうモノは未だに進化、いや変化を続けておる。見た目だけでなく中身もじゃ』
「ただ1つの世界を滅ぼすためにそこまでやるのか……。そんな狂った生物がいてたまるか!」
裂け目から続々と『ドラゴン』が出てくるが、その内の3割ほどは先生の言葉を裏付けるように出てきた瞬間に爆ぜていく。
帝国の兵士も時に無謀な作戦に従事し命を落とすことがある。ただそれは命令であったり個人の信条、事情など已むに已まれぬ理由がある物だ。
なら喰らうモノがここまで駆り立てるモノは何なのか?
『お主は間違っておる。いや、ワシらもかつては同じ間違いをしていた。奴らは生物などではない。ただひたすらに破壊と殺戮を繰り返すためだけに動くシステムにすぎん。奴らにとって喰らう事は生きるためではない。より効率的に生命を冒涜するための手段に過ぎんのじゃ。そしてその手段を得るためなら何万、何億を犠牲にしても構わんと思っておる。喰らうモノとはそういう存在じゃ』
淡々と話しているように聞こえるがイルマには、この杖の老人が努めて感情を押さえているように感じられた。憤怒、憎悪、あるいは後悔か、今のイルマにはその正体をしる術はなかった。
「……奴らは兵器、なのか?」
『正確な所は分からんが、その認識で間違いはないぞ。ただ、誰が、何のために作ったのかは今の所は不明じゃがな』
「龍の
「そうじゃ。そして、それは――」
『交渉など一切通用しないということか』
『うむ。だから、先人たちは隠れることを選んだのじゃよ。戦う事も命乞いさえできん相手にはそれしかないからのう。
付呪師とは大昔に様々なマジックアイテムを作り出した異能集団の事であり、魔導帝国が使っている
「龍の女王は喰われたはずなのにどうして復活した?」
『7日ほど前の話じゃ。このあたりに一際大きな竜の姿をした喰らうモノが落ちてきてな、この周辺にある物を全て吸い込んでしまったのじゃ。そして、吸い込まれた中にはあの娘もいたのじゃ。恐らく、喰らうモノの胃袋の中で魂だけ生き残っていた女王があの娘の中に入り込んだのじゃろう』
「そして、俺たちがばら撒いた魔力を吸って目が覚めたということか」
『その通りじゃ。あくまで推測じゃがな』
続々と現れる『ドラゴン』をルカとヴァイシュが叩き落としていくが、次第に数に押され始めている。撃ち漏らした『ドラゴン』が女王への接近を阻むオーブやゼスカルたちへも牙を剥き始めた。
「ちょっと待て。女王の魂を抱えた喰らうモノはどうなった?」
2体。ルカとヴァイシュを見ながらゼスカルが尋ねる。
『むろん倒されたぞ。あの竜の姿を模した喰らうモノは、どうもマナの枯渇に少しばかり耐性があるし妙な力は使うしで厄介な相手だったみたいじゃが』
「つまりあの2体はあの化け物を殺す特殊な力を持っているということか?」
『別にあの2人が特別という訳ではないぞ。時にお主らは、この地球に住む者を無能者と考えているのではないか?』
無能者とは、帝国内に置いて魔術を扱う能力を持たない者を蔑む言葉である。
「当然だろう。もっともその分機械文明が進んでいるようだが」
『ならば、その認識を改めることになるじゃろうな。そろそろ外も始まることじゃろう』
「始まる?……うぉ!?」
凄まじい力の奔流が空間の裂け目を一気に押し広げ、その向こうに浮かぶモノがイルマたちは目を剥いた。
虚空に浮かぶのは荒廃した大地。その大地がまるで船のように地球へと接弦しようと進んでくる。そのあまりに現実離れした光景に拍車をかけるのは進み来る大地から植物の様に生えてくる黒い『ドラゴン』の姿をした喰らうモノたちである。
「な、なんですか、あれ!?」
『どうやら奪い取った世界の一部を切り取って前線基地にして強引に地球を侵食するつもりじゃな。あれなら地球にマナが無くても元の世界から供給が可能じゃ。じゃが、あんな事を可能にするのは……だから女王を、『支配の力』を執拗に狙っておるのか』
先生の言葉に気を止める者は、この場に一人もいなかった。全員が口を開き破滅をもたらす軍勢から目を離すことができない。
大地の上に立つ竜たちは「その時」が来るまで彫像のように動かない。だがひとたび動き出せば……。
「数匹ですらどうにもならなかったヤツらだぞ……。それが、あの数はなんだ!?」
「ハハハ、あれだけ多いとむしろ壮観ですらありますね~」
小型の双眼鏡を除いて呻くゼスカルに渇いた笑いをあげるマルフォート。
異世界から来た3人は終わりの時が来たことを疑わなかった。
だが彼らは知らない。
もうすぐそこまで希望の担い手たちが来ている事を。
そして彼らは想像を絶する戦いを目にすることになる。
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