幕間 巻き込まれた者たち

1 呉越同舟

 「くそ、よりにもよってユグドラシルと一緒に行動する羽目になるとはな」

 「むっ。嫌なら出て行ってくれても構わないんですよ?そもそも、あなた方はここで何をしていたんですか。他文明との接触は条約で禁止されているでしょう」

 「ふん、貴様だって接触しているだろうが。お前らはいつもそうだ。他者には血と金を流させ自分たちは当たり前のような顔をして上前をはねる。覇龍との戦いの時だってそうだ。普段は盟主面しておいて裏でコソコソと……!」

 「た、大尉殿、落ち着い……いてて」

 『まぁ、それぞれ思う所はあるじゃろうが、今は大人しくしておれ。イルマも精神を集中せよ。もしワシの結界に綻びが生まれれば全員即昇天するぞ』

 「分かってます!……あの先生、とりあえず何がどうなっているのか説明をお願いできますか?」


 裂け目からの一斉攻撃の直前、先生を手に取って結界の補強をしたのが功を奏し、犬猿の仲とも言える者たちが呉越同舟で乗り切った。

 だが、それぞれに思う所があり仲良くとはならず言い争いが続いていた。もっともそれは不安を紛らわす手段でもあったのだろうが。


 『説明か。推測の域を出んがそれでよいか?』

 「構いません!というか、何か話をしてくれないと気がおかしくなりそうですなんですよ~!」


 イルマの泣き言を掻き消すように、空を舞う巨大な龍の咆哮が空気を激震させる。それに併せて降り注ぐ雷が容赦なくイルマたちのいる結界に叩きつけられる。それだけでなく黒い『ドラゴン』たちも手ごろなエサを求めて結界に攻撃を加えてきていた。まだまだ結界が破られそうな気配はないが、気が気でなく人間3人は全員顔色がすこぶる悪くなっていた。


 『ルカの奴、綺麗にワシらの事忘れとるみたいじゃな。いや、余裕がないと見るべきか。あの暴れん坊でもこの数は辛そうじゃの』

 「話を逸らすな。女王も死んだのか?なら殺したのはあの黒い『ドラゴン』たちか?」


 シップの様な物をマルフォートの腹に貼り、ゼスカルが鋭い視線をイルマの手元に向ける。


 『そうじゃ。もっともあの姿は喰らってから変身したのじゃろうから元の姿は違っておったのじゃろうがな。お主らも恐らくイルマと同じところから地球に来たんじゃろう。どうじゃ、そちらの情報もくれればより正確な事が分かるかもしれんぞ?』

 「情報交換という事か。いいだろう。だがそっちの娘は」

 『ワシの話はイルマから聞いた話が土台になっておる。ならばイルマにも聞く権利はあろう。嫌というのなら念話でイルマとだけ話してもよいが?』

 「ちっ、分かった」


 このまま訳も分からない状況で放置されては帝国に情報を持って帰れない可能性もあると踏んだゼスカルは不承不承ながら同意した。


 『賢明な判断じゃ。何、情報には色をつけてやるから皇帝の怒りに触れることもあるまいて』

 「まるで陛下の事を知っているような口ぶりだな」

 『直接の面識はないぞ。ただ先祖の跳ねっ返り娘とはちと因縁があっただけじゃ』

 「因縁、だと」

 『なに、少々魔術を教えてやっただけじゃよ。ホッホッホ』


 何気ない老人の言葉にゼスカルとマルフォートは驚愕した。


 (まさかコイツがドミクラク帝の『失われたロストグローリー』か……!?)


 ドミクラク帝。帝国の長い歴史の中でも数少ない女帝で、その性格は苛烈そのもの。当時敵対していた国や内部に巣くう反乱分子をことごとく蹴散らし魔導帝国中興の祖と言われる女傑だ。

 王位継承権上位にいた惰弱な兄たちを蹴落とし若干16歳で皇位を継承。その後、78歳で陣没するまであらゆる困難と戦い続けた、伝説的な人物である。

 その彼女の手には常に1本の杖が握られていたが、彼女の死と共に何処かへ消え去ったという。

 持つ者に神秘の力をもたらすと言われた、その杖は今もって行方は分からないとされてきたが――。


 (……ドミクラク帝は幼少の頃から誰も知らなかった魔術を多数生み出したというが、もしやこの杖が?)


 魔導帝国の上位の術者であっても、これほど強固な結界を張る事は不可能だろう。底知れない老人の力に今更ながらゼスカルたちは戦慄する。


 『さて、話を戻そうか。では、まずは今起こっている事を説明しようかの。そもそもの原因は、あのラーとかいう女王が転送ゲートを開き他の世界に侵略を始めた事じゃな。あまりに派手に動きすぎたせいで奴らに目を付けられたのじゃ。そしてなんの防御策も講じなかった為に奴らの侵入を許してしまったのじゃろうな』

 「奴ら、とは何だ」

 『喰らうモノ。数多の世界を渡り歩き、あらゆるモノを喰らいつくす怪物。あらゆる物理攻撃、魔術も通用せず、全ての生命を飲み込む悪魔よりも質の悪い存在じゃよ』

 「下らん!そんなおとぎ話に出てくる怪物がいるわけが……!」

 『帝国人の人間なら『ギルタミンの怪物』の伝承をしっておるじゃろう?」

 「悪食の怪物の話か。それがどうした?」

 『あの話の元になったのがアレじゃ。なにも帝国だけではない。どんな世界にもあるんじゃよ。あらゆるモノを喰らう黒い体に紅い瞳をもつ怪物の話は。そして、その元は全て同じなのじゃよ』

 「そんなバカな……!」

 『じゃが、お主らは実際に戦ったのではないか?そして歯が立たなかったから、ここに落ち延びてきた。違うかの?』


 その通りだった。帝国の精鋭『黒鳥隊』の偵察隊は、女王捜索の為にイルマも辿り着いたあの廃村に行きつき、異様な黒い『ドラゴン』の奇行の謎を探ろうとした。

 しかし、突然、地中から現れた『ドラゴン』の奇襲を受けた。

 その後、乱戦になるも鉄の規律をもつ隊員たちは果敢に応戦したが、結果は先生の言うとおりだった。剣で切りつければ、その剣が喰われ、銃弾も、魔術も触れるモノ全てを吸収しパワーアップする有様だった。

 歯が立たないと判断したゼスカルたちは撤退を開始しようとしたが、その判断を下すのは遅すぎた。空から地中から次々と現れた『ドラゴン』の姿に隊員たちの強靭な精神をもってしても限界に達した。


 (そう、アレはあまりにも歪で、あまりにも冒涜的で、あまりにも恐ろしすぎた)


 黒鳥隊だからこそ、最初の接敵で崩れずにすんだとゼスカルは思う。普通の部隊なら見た瞬間正気を失っていただろう。それほどまでに、あの『ドラゴン』の姿をしたナニカは違っていた。

 次々と仲間が生きたまま喰われていく恐怖に侵され完全に統制を失った部下たちを叱咤しゼスカルたちは逃げた。

 それから、どう逃げたかはよく覚えていない。逃げている途中で空間の裂け目を見つけたゼスカルは「飛び込め!」と命令し自身も身を投げるように飛び込んだ。

 そして、気づいた時には、その後数日間隠れ家にすることになる林にマルフォート共々倒れていたのだった。

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