7 蘇る女王

 「大丈夫、その鎖は僕が命令しなければ危害は加えないから。さて、じゃあ……」


 龍見の体に手をかざしマルフォードがルカたちに顔を向け、いつでも鎖を操作して龍見に危害を加えられる態勢をとる。だが、突然その端正な顔を歪め、信じられないものを見るような目を囚われた少女に向けた。


 「僕の魔力が、減っている……、いや、違う、吸われている!?」


 瞬間、マルフォートの体がくの字に折れ曲がる。

 鎖の拘束を引き千切った龍見の裏拳が腹に突き刺さりマルフォートは苦悶の声を漏らす。完全な不意打ちになんの防衛策も講ずることも出来ずにいるマルフォートの腰からポーチを引きちぎると地面に落としそれを思いっきり足でふみつけた。中からバキンと何かが割れる音が響く。


 「マナパックを破壊した!?」


 マナパックとは魔力の源であるマナを内部に保存しておく容器である。

 ゼスカルたちが地球で強力な魔術を使えたのはこのマナパックがあったからだ。その命綱の1つであるマルフォートの軍用のパックが破壊されたことはゼスカルたちにとって致命的とも言える。

 だが、問題は、なぜなんの戦闘能力を持っていないはずの少女がこんな行動を取れたのか、そしてその目的は何かであったが情報が少ないゼスカルが答えに辿り着くことはなかった。



 「ちっ、アイツの中にいた亡霊が目を覚ましたみたいだぜ」

 「周囲の魔力反応低下に伴い幸原さんの内部に高エネルギー反応が発生しています。どうやら周囲の魔力を吸収しているようですね」

 

 龍見の体に絡みついていた鎖は術者が倒れた事で形を保てず崩れ、残った魔力の残滓が先ほど溢れ出たマナとゼスカルが使った魔術の名残も含めてその全てが龍見の体に吸い込まれていく。

 そして龍見は次の獲物ゼスカルへ向け腕を振り上げ――。


 「オイ、他人の体使って暴れてんじゃねぇよ」


 その腕を一瞬で距離を詰めたルカに掴まれ龍見、いや龍見の体を操っている者が口角を上げる。

 その隙にヴァイシュがゼスカルの襟首とマルフォートの腰を強引に掴みイルマたちの所へ移動させた。

 

 「くくくっ、もう少し力を蓄えたかったが致し方なしか」


 ルカの手を払いのけて龍見が人間離れした跳躍力でルカたちから距離をとった。


 「先生、彼らをお願いします」


 ゼスカルたちを地面に降ろすとヴァイシュはルカの斜め後ろに移動し先ほどまで守る対象だった少女に向かい立つ。


 「なるほど。喰らうモノはお前に目をつけていたって訳だ」

 「喰らうモノ。それがあの忌々しい物の怪どもの名か。ああ、口惜しい!あ奴らさえ現れなければ、このような脆弱な存在に我が高貴な魂を移す真似なぞせずに済んだのに!」

 「文句があるならさっさっと龍見の体から出てけよ、寄生虫」

 「貴様……!」

 

 直球の暴言に、龍見の体から一気に吸収した魔力が放出され広場内にあったベンチが根元から破壊され、サッカーゴールが音を立てて倒れ転がっていく。


 「ルカ、いきなり喧嘩を売らないでください。失礼、あなたは相当に位が高い方とお見受けいたします。できれば名前とその少女に憑依した理由をお聞かせ願えませんか?」

 「ふん、本来ならば貴様らのような下賤な者どもに名乗ることなぞせんのだが、新たな支配者の名も知らず土に還るのも不憫。ならば、心して聞くが良い」


 「我が名はラー・ル・リュシオーフュ。偉大なる龍王の血族にして五つの世界を治める龍帝なり!さぁ、我の帰還を喜べ!あの身を焦がすほどの昂りを!闘争を我に与えよ!」


 「……なんか面倒なのがでてきたな」

 「確かあなたも地球に来た時に似たような事を言ってませんでしたか?」

 「さあな、憶えてねえよ」

 

 吹き荒れる魔力の嵐の中で平然と軽口を叩きあう2人を無視して龍見、いや龍帝ラー・ル・リュシオーフュが右腕を天に突き上げ叫ぶ!


 「さぁ、支配の力よ。この脆弱な体と魔力を糧に我が体を作り上げよ!」


 ラーの体から放たれた眩い光がルカの張った結界を破り、雲を払って天に刺さる。

 そして……。




 「で、あれがその復活した龍の女王だと?」


 隔離結界の中、空に浮かぶ金色の鱗を持つ20メートル級のドラゴンを見てショウは嘆息する。


 「それで先生、幸原さんはどうなったんです?生きているんですよね?」

 『簡単に言えば、あの少女の肉体をベースに肉体を再構成したようじゃ。故に肉体に関しては生きていると言えるのう。ただ精神に関しては何とも言えん。にしても『支配の力』か。まさかアレを使える者が現れるとはのう』

 「幸原さんを元に戻すことは出来るんですか!?」

 『肉体に関してはそれほど問題なかろう。あれは強力な魔術で無理やり変身しておる様なものじゃから解除は簡単じゃ。精神に関しては恐らく死んではおらぬと思うぞ。肉体と精神、魂は深く結びついておる。迂闊に少女の魂を殺しては肉体も一緒に滅びる可能性がある。そうなればあの高慢な女王も一緒に消滅することになるからの。故に完全に肉体を掌握できたと判断できるまでは魂を滅することはせんじゃろ』

 「けど、いつまでも無事ってわけじゃないでしょう?」

 『無論じゃ。仮初めの肉体に女王の魂が馴染み始めた段階で元の持ち主を潰しにいくじゃろうな』


 話をしている間にも既に女王、ルカとヴァイシュ、そして女王を狙う喰らうモノの3つ巴の戦いが始まっていた。

 だがルカの雷撃やヴァイシュのエネルギー砲の攻撃と違い女王の使うブレスや魔術は喰らうモノに対して全く効果が無い。それどころかむしろ喰らうモノに活力を与えている有様だった。


 「どのみちこれ以上放置出来ないか」

 『じゃな。喰われてしまっては状況は大きく悪化するじゃろう。危険はあるが輝石の共鳴現象を利用するしかるまいて』

 『あまり本人の許可なく使いたい手ではないですけど、そうも言ってられないですからね。話は聞いていたな、ルカ、ヴァイシュ!」

 「了解です。速やかに幸原さんを救い出しましょう」

 「けどよ、傷つけていいのか、あれ?元はタツミの体だろ」


 今までにも何度か雷を見舞っておいて今更な事をルカが言う。


 『今の体はドラゴンじゃからな。多少やり過ぎても問題あるまい』

 「なら思いっきりやっても大丈夫だな!」

 「いや、お前は少しセーブしろ!よし、それじゃあまずは……」


 作戦が定まったショウが動き出そうとした時、ビビビッとヤオヨロズから鋭い警告音が響き、自動でスピーカーモードに切り替わりイブではなく女の子の声で事態の更なる急変を告げてきた。


 ≪警告、警告です!○○町の周囲に大規模次元振動を確認!当該地域で活動中の勇者たちは至急近くの仲間と合流を急いでください!繰り返します……≫

 「な、何事ですか!?」

 「喰らうモノが押し寄せてくるということだよ。すぐにイルマさんたちはそこの2人を連れて本部に戻ってくれ」


 竜の姿をした喰らうモノを見て呆然としているゼスカルの横でマルフォートの介抱をしていたイルマの質問にショウが答えると先生が。


 「残念じゃが、もう遅い。次元揺れが激しくて転移はできん。どうにかここでやり過ごすしかあるまいて」

 「了解です。本部へ、至急○○広場へ応援を寄こしてください。昨日保護された女性とその他2名の救助をお願いします」

 ≪分かりした。すぐに向かってもらいます!≫

 「それじゃ俺は行きます」

 『うむ、気をつけてな』

 「よく分からないですけど、頑張ってください!」


 先生とイルマの声援を受けショウは白いマントははためかせ宙を舞う。

 

 「オーブ展開、行け!」


 ショウの意志を受け盾から放たれた5色のオーブが喰らうモノに無駄な攻撃を繰り返す竜の女王の周囲に展開。それぞれが発生した力場を繋ぎ合わせ女王の周囲を覆って外部との接触を断つ。


 「この程度で我を拘束したつもりか!」


 怒号と共に炎のブレスを吐くが、その攻撃は外に届かず逆に跳ね返って女王の体を焦がすだけに終わった。


 「残念だけど、その程度のブレスで破れやしないぞ」

 「小癪な!」

 「あんたの攻撃は黒い竜には通用しない。もう分かってるだろ!?」

 「黙れっ!我の肉体を奪った者たちを許しはせん!邪魔をするな!」

 「だからって他人の体を奪っていい理由になるか!ルカ、ヴァイシュ、援護してくれ!」

 「あいよ!」「了解です」


 まるで光に集まる虫の様に女王の周りに集まってくる喰らうモノの群れにルカとヴァイシュの同時攻撃が炸裂し間隙が生まれる。

 その隙を逃さず女王と捕らえている力場に人一人が通れるスペースを作りショウが中に飛び込み、ついて来ようとした喰らうモノは元に戻った力場に触れて体が崩壊し消滅した。

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