6 交錯

 一方、結界の外では文化祭の準備のために合流が遅れた古間彰ふるましょうが1人で竜の姿をした喰らうモノたちと激闘を繰り広げていた。

 その姿は学生服ではなく、勇者としての姿である『空を飛ぶ騎士』であり、槍と盾を駆使して敵を倒していく。


 「なんとか人払いの結界で近くの人は逃がせたけど……!」

 

 ルカから広場にいる事、誰かに尾行されている事、そして待ち伏せして捕まえるとと聞いたショウは猛烈に嫌な予感がした。だからヴァイシュを先行させ、自身も後日ご飯を奢るというお財布に手痛い打撃の条件で友達に準備の代役を頼み、急いで来たのだが時すでに遅し。事態は次のステップに移動していた。


 広場を覆うようにドーム状に展開された結界に大小様々な大きさの竜の姿を模した喰らうモノたちが一心不乱に攻撃を仕掛けていた。体当たり、牙を突き立てる、炎、氷、雷など様々なブレス攻撃。その途中で力尽きる個体もいるが、最前線にいる個体は少しずつ体が大きくなっていく。

 その原因は結界から僅かに漏れる魔力である。

 魔力のない地球において、魔力は極上の獲物、砂漠のオアシスにも等しい。少しでも生き残る確率を上げるため命を捨てることになろうとも攻撃を敢行する喰らうモノたちの執念はすさまじい。

 結界に使われている力は勇者たちの力の源である『輝石』の力、『輝力きりょく』であり、普段は喰らうモノがここまで食いつくことはない。

 だが、内部で行われた戦い、具体的にはゼスカルたちの魔力を喰らうモノたちはどうしてか嗅ぎ付けたようだ。

 そして今まさに飢えた獣が檻を壊そうとするかのように結界を破壊しようとしていた。


 「そんなに地球に居づらいのならどこか別の所に行けばいいだろうが!」


 ショウは少しでも数を減らそうと結界に攻撃を加える喰らうモノたちに槍を突き立て倒していく。一体一体の能力は低くても数が多ければ結界が壊されてしまう。ルカとヴァイシュの能力なら問題ないとは思うが龍見に万が一のことがあっては大変だ。


 「やっぱり別の人に頼めば良かった!」


 紫色の毒々しいブレスを盾で防ぎカウンターで竜の首に突きを入れたショウが嘆く。

 朝に気配を感じた喰らうモノの捜索をヴァイシュに、自分に代わって龍見の護衛をルカに頼んだことを後悔するが既に後の祭りである。性格的には明らかにヴァイシュの方が護衛任務に向いているのだが、もし姿を現わさないといけない場面になった時、その姿を見て龍見がパニックを起こすかもしれないと案じ、ルカに頼んだのが完全に裏目になった。

 ヴァイシュなら速やかに龍見を安全な場所まで連れて逃げる事を選択しただろう。


 「ヴァイシュに応援に行かせたのは正解だったな。にしても、数が多い!周辺の喰らうモノ全部集まって来ているのか?」


 槍の先端から光線を放ち2体まとめて槍で貫くが焼け石に水だった。次第に竜とは違う姿をした喰らうモノも増えてきた。更に結界間近にいる個体が魔力を喰らい体を分裂させ更に数を増やしていく。

 普通なら地球の通常空間で何分も活動できないはずなのだが、竜の姿をした喰らうモノたちは驚異的な生命力を見せている。


 「まずい。あの『ドラゴン』たちの能力が地球で広まったら終わりだぞ……」


 盾に嵌められた5色のオーブが外れ、『ドラゴン』に接触しようとする違う姿の喰らうモノに上空からビームや体当たりを当て倒していく。そしてショウ自身は『ドラゴン』を相手に戦うという2面作戦を展開する。


 「ショウサン マモナク エングンガ トウチャクシマス」

 「助かる!イブ、結界内部の状況は分かるか?誰も出てくる様子がないんだけど」

 「ヴァイシュサンノ ホウコクデハ ホゴタイショウシャガ ヒトジチニ トラレタトノコトデシタ」

 「……はぁ!?あの2人が揃って何やってんだ!」

 「セイカクニハ キノウ ホゴサレタ イルマサント センセイモ イルノデ 4ニンデス」

 「イルマさんはともかく先生までいて、ホントに何やってんだ……。ちょっと待て、結界が!?」


 突然、結界の中から金色の光が結界を破壊して空に伸びていく。

 その空からその異変の発生元を見てショウは目を丸くした。

 ヴァイシュにルカ、イルマとその手にいる先生、そして見たことにない男2人が円状に誰かを囲んでいる。その中心にいるのは……。


 「幸原さん?おい、なにがどうなっている、だれか説明してくれ!」

 『簡単に言うと、あのお嬢さんの中にいたナニカが目を覚ましたらしい』

 「先生、なんでそんなとこに居るんですか……って、そんな事はどうでもいいや。で、その何かって何です?」

 「竜の女王、です。少し前にいくつもの世界で破壊の限りを尽くした竜の女王の魂があの女の子に憑りついていたみたいなんです!」


 先生とショウの通信にイルマの声も混ざる。どうやらイルマも通信機を持たされていてイブが繋いでくれたらしい。


 「魂が乗り移るってどういう事です?」


 喰らうモノという怪物と日夜戦っているし魔法や魔術という物の存在は知っているが、それでもその方面の知識は地球人は不足している。ましてや精神やら魂云々という話は元々オカルト知識に疎いショウにはピンとこない。


 「えっと、つまりね……」


 ショウの問いにイルマが先ほど見た光景を出来るだけ分かりやすくかつ丁寧に話しだした。




 時を少し遡る。


 先生と呼ばれる知性を持つ杖に連れられてイルマが立っているのは、少し後に戦いが始まる事になる広場のすぐそば、とある高層ビルの屋上にいた。

 勇者ギルドから出るときに借り受けた一見スマホに見える万能ツール『ヤオヨロズ』に搭載されているステルス機能を使って街を散策した後に、風が気持ちよさそうな高い所に移動して本部を出る前に貰ったおにぎりを食べ、先ほどまで歩いていた街を眺めていた。

 

 「なんというか、すごいですね。魔力がなくても人間ってここまで出来ちゃうんですね」

 『そうじゃな。なにせ星の世界を渡り、あの月まで到達したのじゃから大したものじゃよ』

 「月ってあのお空に見える月ですか!? へぇ~、すごいなぁ!」


 未知な物が大好きなイルマは目を輝かせて夕方の空に静かに浮かぶ月を見あげる。


 『この世界では異世界なぞ空想上の戯言で星の海、地球で言う所の宇宙を渡る事の方が現実的なんじゃよ。ワシも色々な世界を見てきたがそんな考えを持ち実現までしてみせた人類を見たのは初めてじゃ。じゃが、この世界の者が知らぬうちに異世界から侵略を受けているのもまた事実なのじゃ』

 「喰らうモノ……。あらゆるモノを喰らい増殖する怪物。私も最初は信じられませんでしたけど……」


 ここで食事をしている最中に受けた説明を思い返しイルマは頭を振る。


 『じゃが、信じるしかなかろう? お前さんがここに来る前に見た竜の姿をした怪物こそが喰らうモノなのじゃから。おぬしは自分の直感に感謝した方が良いぞ。もし逃げずに抗おうなどと少しでも考えていたなら今この場にはおらんかったじゃろうからな』

 「物理攻撃も魔術も効かない怪物ですか。まるでおとぎ話に登場する終末の使徒みたいですね」


 終末の使徒とは様々な地方に伝わる世界の終わりを告げる者とされる。地方によって姿形、名前は違えど伝わっている伝承の内容は大体同じだ。

 ある日突然現れ、全ての命に死をばら撒く。抗う術は無く現れれば終わり。だから清く正しく生きましょうという教訓めいた御伽噺である。

 イルマも昔母から聞かされ怖くて眠れなかった思い出があった。


 『それはそうじゃ。なにせ同じ存在じゃからな。かつて魔法使マギウスいたちはこの死そのものと言える怪物から数多の世界を守るために異世界転移技術を封印し、更に隔離処理を施して、そして最期は自らが囮になったのじゃからな』

 「へぇ……は!?今すごく大変な事言いませんでしたか!?」


 先生から衝撃的な歴史的事実を聞かされてイルマは取り乱すが、杖の老人は別段大したことではないとばかりの口調である。


 『この話は少なくともユグドラシルの幹部連中なら知っとるはずじゃ』

 「いやいやいや、それって私が知っていいような話なんですか!?」

 『さあのう。上手く使えば出世のネタに使えるかもしれんぞ?』

 「それ、君は余計なことを知りすぎた、って消されるパターンですよね!?」

 『なあに、喰らうモノを見てしまったんじゃから大して変わらんじゃろうて。あれこそがユグドラシルにとって最大の禁忌じゃからな』

 「あああ、私はただ遺跡調査とかしたかっただけなのに~!」


 絶望の未来に悲嘆して屋上の手すりに額をつけてイルマはむせび泣くが、近くに浮いている先生はカカカと笑っている。


 『まぁアレを見てしまった以上諦めるんじゃな。時に、何故ユグドラシルが厳重に遺跡を管理していると思う?』

 「そ、それは古代の貴重な遺産が荒らされないようにでは?」


 これ以上、この老人の話を聞くのは危険だと分かってはいるが、それでも一度火がついた好奇心を抑える事がイルマには出来ずついつい会話に乗ってしまう。


 『それもあるじゃろうが、それ以上に恐れているのは、かつて魔法使いたちでもどうにも出来なかった怪物に自分たちの存在を隠すためなんじゃよ』

 

 かつて喰らうモノは次元を超えて現れ、いくつもの『魔法使いの世界』に属する世界が滅亡した。

 この侵略を防ぐために魔法使いたちがとった手段が次元隔離。一つ一つの世界を強力な結界で多い喰らうモノの目から隠したのである。そして同時に強力な魔法、魔術の封印を施し、そして魔法使いたちは統治者としての責を果たすべく絶望的な戦いへ身を投じた。

 だがそれは同時に文明の崩壊を招き、それが長い暗黒時代の始まりとなった。


 「でも、少なくとも今は脅威にさらされていませんよ?」

 『転移装置を復元するまでは、じゃな。本来ならあれは喰らうモノの脅威を完全に取り除いてから再起動するはずじゃったのじゃがな。転移装置を使うほど隔離結界の効力が落ちていく上にユグドラシルの若造どもが強大な魔力を秘めた『大宝珠エクステル』まで目覚めさせてしまったからのう』

 「『大宝珠』も危険なんですか?」

 「喰らうモノは強大な力を持つモノに惹かれる性質があるのじゃ。つまりじゃ、今まで自分たちを守ってくれていた壁を壊した挙句、敵の大好物を準備して待っておる。これはもう攻め込んでくださいと言っておるようなものじゃろ?』

 「あの~、その話、先生の作り話でしょ?いえ、むしろ作り話であって欲しいんですが!」

 『さて、どうじゃろうな。ただお主はもう喰らうモノとの戦いに巻き込まれておる。その立ち振る舞い一つで歴史が変わることは自覚しておいたほうがよいぞ?』

 「ううう……。でも、この世界も喰らうモノに襲われているですよね。でも昨日私を追ってきた喰らうモノはあっさり倒されましたけど?」

 『そう、絶望があれば希望もある。この世界こそ希望の種子が芽吹く地なのじゃ。彼ら、勇者たちの力なくばあらゆる世界は滅亡へ向かう事になるじゃろう』

 「『輝石』が力の源って聞きましたけど、それがあれば喰らうモノに勝てるのでは?」

 『そうなのじゃが、今の所まだ輝石の力の解明は終わってはおらん。だからこそ余計な面倒事をここに持ち込んでほしくはないのじゃよ』


 先生の言葉を聞きイルマはこの世界を知ったらどうするかを考えた。

 基本的に『魔法使いの世界』以外の未開地には接触しないように規定されている。だが、輝石という大宝珠に匹敵するような物を放置するとは思えない。それどころか、ユグドラシルを出し抜こうとする様々な組織が目をつけたら……。


 そこまで考えた時だった。

 すぐ近くで魔力とは違う力をイルマは感じ取って、そちらの方へ視線を向けた。


 「あれは結界?」

 『この感じはルカか。相手は……。はぁ、今はあまり派手に動くべきではないというのに。すまんのう、イルマ。ワシを持ってあの結界の中に入ってくれ』

 「結界の中にどうやって入るんですか?」

 『安心せい。入るのはワシがどうにかしてやるわい。あのまま放っておくと面倒事が更に重なりそうな気がするのでな』

 「でも部外者の私が介入していいんですか?」

 『部外者とは言えんぞ?なんせ揉め事の原因はそっちの世界のイザコザじゃからな。仮にも調停機関ユグドラシルの人間なら止めねばならないじゃろ』

 「こっちが原因って、中に何が……。わかりました、覚悟を決めていきますよ!」


 杖を手に持つとイルマは10階建てのビルから飛び降りる。

 落下途中に先生が『浮遊』の魔術を使いイルマの落下速度を調整し着地。そのまま結界が張られた方へ全力で走っていく。


 先生の手引きで結界内に侵入したイルマはそこで魔導帝国の軍人と対峙するルカとヴァイシュを見つけた。

 そしてあれよあれよという間に状況は変化、捕らわれたタツミという少女は何故か呆けたようにひび割れた空を見ている。そんな少女に若い兵士がヘラヘラと愛想笑いを浮かべ近づいていく。

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