5 激突、そして……
「詠唱も無しで魔術を使うだと!?」
「ヒィッ、あんなのに当たったら死ぬ~!」
「へぇ、良く避けたな。なかなかやるじゃねぇか!おい、龍見、オレから離れんじゃねぇぞ!」
「きゃっ!」
離れるなと言われてもルカの体から発せられる雷光が龍見の接近を阻む。
「安心しろ。この力はお前に対しては何もしないさ。ただあの2人は別だがな!」
「そんな事言われても……って、その角は何!?」
はだけたフードの下、露わになったルカの頭に見える捻じれた二本の角を見て龍見は絶句する。
同時にゼスカルが舌打ちをして魔法の様に銃を手の中に出現させルカに狙いを定めた。
「なるほど、亜人だったのか」
人の姿をした人でない存在。故に人を凌駕する能力を持つ危険な存在。目の前の少女の姿をしたモノに対して最早ゼスカルは捕らえるという選択肢を捨てた。
後ろに逃げたマルフォートにハンドサインを送り、流れるように腰に差した3本の大型ナイフをルカに投げつける。
「フェイントのつもりかよ!」
ナイフの攻撃に驚く様子もなくルカが右手を伸ばし、純粋な魔力の塊を放ちナイフを迎撃しようとした。だが――。
「何!?」
「きゃあ!」
魔力弾に当たるよりも一瞬早くゼスカルはナイフに、正確にはナイフに刻まれた2つの
「オレに目くらましが効くと思うなよ!」
前方から吹きつける凶暴な風を受けてもルカは意に介さず伸ばしままの右手から雷撃をゼスカルに向けて撃つ。
「だろうな。だが……!」
雷撃を走って避けたゼスカルが空いた手にもう一丁の拳銃を召喚し躊躇いなくルカの頭を狙って銃弾を続けざまに放つ。
「しゃらくせぇぜ!」
銃弾が頭に到達するよりも早くルカの体から伸びた雷の鞭が銃弾を蒸発させた。そしてルカが次の攻撃に移ろうとした時。
「ちょっ、きゃあああ!」
「あっ、こら、離れるな!」
「そんな事言われても!」
ルカ自身は暴風に耐えられる。しかし、後ろにいた龍見は宙を浮くルカの足元から襲い来る風に足を取られて前のめりに倒れ、そのまま後ろに転がって行ってしまった。そして、その終着点には。
「よしよし、こっちにおいで~」
大回りでルカたちの背後に回っていたマルフォートが待ち構える。
「ちっ!」
「させんよ!」
後ろを振り向こうとするルカにゼスカルが追撃の銃弾を連射する。魔力で構成された銃弾は直線ではなく様々に軌道を変えて反応が遅れたルカに突き刺さり爆発する。
「ごめんね~。僕も女の子に酷い事はしたくないんだ。だから大人しく……ぶぉ!」
風が収まり倒れたままの龍見に近づこうとしたマルフォートの顔に空から飛んできた鋼鉄の拳が顔面にめり込み面白いほど後ろにぶっ飛ばした。
「ルカ、あなたが優先すべきは幸原龍見さんの保護でしょう。何を余裕ぶって、あっさり出し抜かれているのですか?」
「余計なことすんじゃねぇよ、木偶人形! ここからオレの見せ場だったんだよ!」
爆発の影響を全く受けていないルカが言い返すがヴァイシュはそれを無視して。
「それは失礼。大丈夫ですか、幸原さん」
「今度はロボット?本当に何なの、一体……」
上空から降りてきた白いロボット、ヴァイシュが龍見の傍に静かに降りたつ。そして自動的に戻ってきた右腕を接続し、優しく丁寧に龍見の胴体を両手で掴み立たせると。
「肘と膝に擦り傷。制服も少し破れていますね。傷の手当などは少々お待ちください。先に片付けておかねばならないことがありますので」
「まさか、ゴーレムか!?」
ルカの後ろに立つ機械仕掛けの巨人の姿にゼスカルは戦慄する。半壊しているゴーレムですら厄介な相手なのに五体満足のゴーレムなどとても2人で相手をできるはずもない。
(いや、冷静に考えろ。あれが俺たちの知るゴーレムと同じとは限らない。まずは能力を……)
「オレを無視して考え事とはいい度胸じゃねぇか、なぁ、おい!」
ルカの体から放たれた雷の奔流は天に昇り、そしてゼスカルに雨のように稲妻が降り注ぐ!
「ぐぅぅ!」
攻撃に反応し
「ルカ、やりすぎは駄目ですよ」
「オレに喧嘩売ったんだ。この程度で済むかよ!」
自らの油断が原因で龍見が奪われそうになったのを逆恨みしているルカが更に雷を発生させる。
「これで、とどめだ!」
『殺しはご法度。散々言われとるじゃろうが。
どこからか老人の声が響くとゼスカルの頭上に巨大な魔術で作られた盾が出現し、雷を弾き返す。
「う、うるせーぞ、クソジジイ!あの人の事を持ち出すんじゃねぇ!」
「おや、先生にイルマさん。お散歩ですか?」
獣という言葉になぜかひどく怯えた様子を見せるルカを無視してヴァイシュが新たな乱入者2人に戦いの最中とは思えない程のんびりとした挨拶をする。
『楽しいデートのつもりだったのじゃが、何やら騒ぎが起こっておるから様子を見に来たのじゃよ』
「うう、なんで私まで……」
ルカの馬鹿火力を見て怖気づいてしまうイルマだったが、片膝をついて息を荒くしているゼスカルを見て目を丸くする。
「その装備……、まさか魔導帝国!?」
『ほう、あの跳ねっ返りが興した国の者か。これはまた面倒な……』
その時だった。
「きゃあああああ!」
突然の悲鳴に全員の視線がその発生元である龍見に集まる。そして、離れた場所からマルフォートが殴られた頬を抑えながら歩いてくる。
「イテテ、まったく酷い目にあった。けど、これで主導権はこちらに来ましたよ、大尉殿」
「ふん、抜け目のない奴だ」
龍見の足元から伸びる魔力で構成された鎖が彼女の体を拘束していた。
「なるほど。吹っ飛ぶ直前に術を仕込んでいた、という訳ですか。大きく吹っ飛んで見せたのもこちらの油断を誘うためでしたか。少々手加減しすぎましたね」
「か、感心していないで助けてください~!」
助けを求める龍見に応じてヴァイシュが体を動かそうとしたが、マルフォートの言葉がそれを制した。
「おっと、皆さん下手な動きは見せないでくださいよ。なにせこの魔術は……」
『相手を拘束すると同時に魔力を放出しダメージを与える。元は捕虜を拷問するために作った魔術じゃろう?顔の割にエグい術を使うのう』
「よくご存じで。さて、大尉殿?」
「ああ、全員その娘から離れてもらおうか。それから交渉開始といこうか」
優位な立場になったゼスカルが宣言するが、当然ルカがそれに納得するはずもなく。
「んだと、こら。調子に……」
「ルカ、ここは言う通りに」
『そうじゃぞ。護衛対象を自分のミスで傷つけたとあっては本当に折檻されかねんぞ?』
「……ちっ」
龍見の傍からルカとヴァイシュが離れ、ゼスカルとマルフォートが入れ替わる。そして交渉が始まろうとした時、再び事態が急変することになる。
「うわっ!」
「ぐぇ!」
「貴様ら……!」
「オレたちじゃねぇよ!くそ、このタイミングで本命が来やがったか」
突然激しく地面が揺れた。その衝撃に驚くイルマと態勢を崩して地面にキスするマルフォート。そしてゼスカルは当然敵対者に疑いを向けるが、それは間違いだとすぐに知ることになった。
断続的に地面、というより空間そのものが激しく揺れ動き、そして、モノクロの空に亀裂が入る。
そこに更に新たな人物が声がヴァイシュに内蔵された通信機から周囲に響き渡る。
「お前ら、何やってんだ!」
「ショウ、状況の説明をお願いします」
「そっちで派手に魔力を放出したから周辺の喰らうモノ、しかもドラゴンタイプが一斉に結界に取りついてる!追い散らそうにも数が多すぎる!いいか、よく聞け。今の結界はもう持たない。だから、改めて広域隔離結界を張るから、幸原さんを連れて逃げろ。以上、通信終わり!」
「いえ、そうしたいのは山々なのですが……。駄目です、切れてしまいました」
戦闘中のショウの通信が終わると奇妙な沈黙が訪れた。
その沈黙を断ち切ったのはどこまでも冷静なヴァイシュだった。
「魔導帝国と言いましたか。とにかく一旦幸原さんを解放してくれませんか?間もなく、ここにとてつもなく面倒な敵が現れます。敵の狙いは幸原さんです」
「悪いが、そう簡単に信用する訳にはいかんな。忘れるなよ、今主導権を握っているのはこちらだ」
振動が激しくなり、間もなく決定的な何かが起ころうとしている。だが、それでもゼスカルとしては敵の狂言という可能性を捨てきれずにいた。
「おい、こいつらぶっ飛ばしていいか?」
「あなたは私を守るためにきたんでしょ!?っていうか空が割れて……」
全く堪え性のないルカへツッコミを入れた龍見の言葉が止まる。
唯一動く首を動かして亀裂が大きくなっていく空を見ていた龍見の心臓が大きく跳ねた。いや、正確には龍見の中にいる何かがその光景に激しい反応を示したのだ。
(この光景……どこかで……)
黒い、どこまでも黒い塊が木を、虫を、動物を、人間も、そして竜も全てを飲み込んでいく。
(あれは、夢……。いや、夢ではない。そう、私、我は……)
そして、ソレは目覚めの時を迎えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます