3 エンカウント!
いつもの帰り道に戻るために商店街の細い路地を抜けていく。この辺りはほぼ地元の人しかこない少し寂しい道だ。龍見が子どもの頃は、この辺りにも、まだいくつかお店があったのだが今ではほとんどなくなり入居者を待ち望む新築の家に置き換わっている。
そんな道を歩いていると、龍見の鼻を芳醇なソースの匂いがくすぐる。匂いの発生源はただ一軒だけ営業しているたこ焼き屋からだった。
(うう、いい匂いだな~。でも、もうすぐ夕飯だし我慢我慢)
グッと欲望を堪え、そのまま通過しようとした時、後ろにいたルカが服の裾を強く掴んだため龍見の体が前のめりになってしまう。
(何?)
目だけでそう尋ねると、きゅ~とルカのお腹が返事をした。
「…………腹減った。買ってくれ」
ぼそりと端的かつ直球で自分の要求を告げるルカに龍見はおもむろにスマホを取り出し通話している風を装って。
「なんで私があなたに奢らないといけないの?」
「護衛してやってるんだからいいじゃねぇか」
「そもそも何から守ってくれているかの説明もないのにそんな事言われても困るんだけど」
「買ってくれねぇなら今ここでその無駄にでかい胸を揉み倒すぞ」
「なっ!?」
「おや、お客さんかい?おや、幸原さん家の龍見ちゃんかい。夕飯の買い物かい?」
ルカのセクハラ発言に思わず大きな声を出してしまった龍見に店主である老人がニコニコと笑いながら龍見に声をかけてきた。
「あっ、お久しぶりです。いえ、今日は通りがかっただけでしてぇ」
言葉を濁しながらルカの方を見ると龍見に向けてしきりにvサイン、つまり2つ買えとしきりに要求している。
「……この8個入りのを2つ下さい」
無言の圧力に負け、がっくりと肩を落とした龍見はお財布から、なけなしのお金を取り出すのであった。
「ここで食おうぜ」
少し歩いたところでルカが指さしたのは野球などが出来る少し大きめな広場だった。学校帰りだろうか、ランドセルを地面に放り出して近所の子どもたちが3人ほど楽しそうに走り回っている。
ルカに促されてグラウンドの近くに観戦者の為に作られたベンチに龍見は腰を下ろした。だが、肝心のルカは「ちょっと待っててくれ」と言ってどこかへふらっと行ってしまった。
(トイレかな?でも私を放っておくって護衛としてはどうなんだろう?)
「待たせたな。んじゃ、いただきま~す」
「うわっ、びっくりした!」
ひょっこりと背後から姿を現わしたルカは龍見からひったくるようにビニール袋に入ったたこ焼きを奪い取ると、今まで顔を隠していたフードをとって美味しそうに戦利品を口に運ぶ。
先ほどまで、かなり不信感と苛立ちを持っていた龍見だったがルカの日本人とは全く違う容姿に心を奪われた様に見入ってしまう。特に夕陽に照らされ輝く金色の髪の美しさに心奪われてしまう。
「おお、結構うめぇな、これ」
が、そんな美貌を台無しにして余りある事を言いながら歯に青のりをつけた褐色肌の少女は様々な含みを持たせた龍見の視線に気づくことなくご満悦の笑顔である。
「ああ、そうだ。ほれ、これ飲んでいいぞ」
そういってルカは何処からか取り出した冷えたフルーツジュースの缶を龍見の手に押し付けた。
「さっきどこかに行っていたのってこれを買っていたの?」
「ん~、さぁ、どうだろうな~」
おどけた様子ではぐらかすルカに龍見はこの機会に色々聞き出そうと思い質問をぶつけてみる。
「ルカは私の護衛を頼まれたんでしょ?」
「ああ、そうだぜ」
「そもそも一体何から私を守るっていうの? 家はそれほどお金持ちでもないし私も有名人じゃないけど」
「別に金目当てじゃないしな。さっきも言ったけどな、お前は何か妙なモンに憑りつかれている。んで、お前に憑りついているモンを狙っている奴らがいる。オレはそんな奴らからお前を守る様に頼まれた。そんだけの話だ。うん、結構イケるな、このたこ焼き」
1パック食べ終わったルカが2つ目に取り掛かる。いつの間にか遊んでいた子どもたちは帰ってしまったらしくすっかり静かになった広場に少しずつ夕闇が染み込み始めていた。
「その憑りついている妙な物って何なの?」
ルカがたこ焼きを口に放り込むのを見ながら龍見は、そもそもの原因についてあまり答えに期待せずに尋ねてみた。
「ん~、なんて言えばいいんだろうな。どっちも大きな力の残滓って感じだが、片方は意識みたいな物がある気がするんだよな」
「ごめん、さっぱり分からない。それって良い物なの、悪い物なの?」
「お前にとっては良くないモノだろうな。現に妙な事に巻き込まれているんだから」
「それはそうね」
今までの人生の中で、一番奇妙な存在を前にして龍見は深く頷いた。
「はぁ、それで何で私にその変な物が憑りついたの?」
「さぁ?多分なんか波長が合ったんだろうな」
「私は霊感なんて全然ないんだけど?」
「そうだろうな。お前相手じゃ地球の悪霊なんて手も足も出ないだろ。お前は悪い物を呼び込むんじゃなくて逆に追い払う体質なんだよ。しかも恐ろしく強力な」
言われて龍見はご先祖様がどこかの巫女様だったという話を祖父から聞いたことを思い出した。もっとも、その事と今の事態が関係するかは分からないが。
「ちょっと待って。それじゃ私が憑りつかれたのっておかしくない?」
「だから今お前に憑りついているのは厄介なんだよ。……そんな不安そうな顔すんなよ。ウチにはその手の相手が得意な奴らがいるから安心しろ」
「そう言われてもねぇ。はぁ、じゃあ、私いつ憑りつかれたの?」
「それはむしろお前の方が知っているだろ」
「どういう意味?」
「ここ最近、記憶があやふやな所があるんじゃねえか?その時だよ」
「な、なんであなたがその事を知っているの?」
「やっぱりあるんだな。そういやあの時アイツ妙に慌ててたな。なるほど、その時に……」
「何の話?」
「いや、こっちの話だ。んで何か体に異常はないのか?特別にオレが話を聞いてやるぞ?」
「何か誤魔化していない?……別に体に異常はないけど」
果たして、この謎の少女にどこまで話すべきか?
少し考え、口は悪いが悪意はなさそうな少女を信用して龍見はかいつまんで自分が見た夢の概要を話した。
「ほーん、自分が竜になった夢ねぇ。なるほどねぇ」
「……え、感想それだけ?」
たこ焼きを食べ終えたルカからアドバイスが聞けると思った龍見が詰め寄るが、ルカは涼しい顔をしている。
「いや、役立つ情報だったぜ。今の話で話が繋がった気がするぜ」
「私には、さっぱり!全然!意味わからないんだけど!」
「そう怒んなよ。説明は後でするさ。それより立て。お客さんが到着だ」
ルカが立ち上がり飲み終わったジュースのボトルをゴミ箱に投げ入れ、龍見を庇うように前に立った。
ルカの真剣な表情に圧されて龍見も立ち上がると、ルカの肩越しに夕焼けを背にして2つの人影がゆっくりとこちらに歩いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます