第五章 放課後の遭遇

1 放課後の遭遇

 「ん~、終わった~」


 放課後。夢見の悪さから少々寝不足気味だった龍見は休み時間と昼休みを睡眠にあて、どうにか今日の学業を無事終える事が出来た。その開放感と達成感を胸に昇降口を出た所で大きく伸びをして体に新鮮な空気を送り込む。

 今日は特に用事もなく暇だったので少し友達と話をしていたら16時半を回ってしまっていた。

 龍見の家は特に門限などあるわけではないが、無意味に帰宅を遅らせて母親を心配させる必要もない。

 10月に入り陽が落ちるのが早まっているのを実感しながら龍見は世代交代を経た運動部の活気ある声を背に人通りがまばらな校門に向かう。


 (夕飯は7時だから、その前に数学は終わらせたいな。お風呂は10時ごろに済ませて……、ん?)


 歩きながら今日出された宿題を片付ける算段を頭の中で組み立てて時間配分を考えていた龍見が校門を出たところで足を止めた。


 (また見られてる……。どうするかな~)


 今朝の悪寒を感じた視線と違うが、それでも探るような視線は龍見の背中をムズムズさせる。


 (いや、私にそんな熱烈な視線を浴びせる人なんかいないでしょ)


 寝不足から少々感覚過敏になっているのかもしれない。無理に自分にそう言い聞かせて龍見は努めて平静を保ちつつ足を動かす。

 3分後、やはり視線は離れない。今朝の事がなければ気のせいで済ませていたかもしれないが、同じ日に2度目となると流石に気になる。


 (このままじゃどうにも気持ち悪いしね……)


 そこで龍見はわざといつもの帰り道を外れてお店がいくつか並ぶ通りへと出た。そして、その内の一軒、龍見よりかなり年齢が上の婦人向けの服が展示されているウィンドウを覗き込むふりをして目だけを動かして追跡者を探すと。


 (いた……! でも、あれって、子ども?)


 特に隠れるわけでもなく、身体のサイズにあっていないダブダブの黒いコートを着て、頭をすっぽりと覆うフードで顔を隠した小柄な人が龍見をじっと見ている。

 目が血走っている男とかだったらどうしようと思っていたので相手が子どもだと分かると緊張が和らいだ。だが、そもそもなんで子どもが自分を追ってくるのか理由が分からない。


 (もしかして私が何か落として、それを届けに来てくれた内気な子とか?いや、そんな身元が分かる様な物落とした記憶がないんだけど……)


 何かホラーじみた恐怖がじわじわと龍見の心に忍び寄ってくる。

 背の大きさからして小学生高学年から中学生あたり。その年齢層と接触したり、ましてや追いかけられる覚えはいくら考えても存在しないように思える。


 (なんか見ちゃいけないモノかもしれない……。よし、逃げよう)


 怪談話は嫌いではないが体験するのは御免だった。

 気持ちを落ち着ける為に一拍置いてから龍見が体の向きを変えようとした時。


 「お前、オレの事見えているだろっ?」

 「ひっ!見えてません、何も見えてません!」

 「嘘つけ、見えてんだろ。つーか、何をそんな怯えてんだ?」

 「お、お願いですから憑りつくなら別の霊感が強い人に……」

 「はぁ?オレは幽霊なんかじゃねぇぞ」


 そういってフードを被った子どもは龍見の手を握る。その手には確かに温もりがあった。その感触でようやく落ち着いた龍見は自分を見上げているのが可愛らしい女の子と目があった。


 (なんかエキゾチックな雰囲気の子。外国人かな?でも、なんか雰囲気が他の人と違う気がする)

 

 思わず女の子に見惚れている龍見を他所に手を繋いだままの少女が琥珀色の瞳で龍見の瞳、更にその奥にあるモノを見つめていた。

 

 「ふーん、なるほど。あいつの見立て通りだったか。お前、面倒な事に巻き込まれたな」

 「め、面倒な事?一体何の話?」

 「あ~、簡単に言えば悪いモンに憑りつかれて……ってオレじゃねぇよ。むしろオレはお前を守りに来てやったんだぞ」


 手を振りほどかれた少女は不貞腐れた表情をしているが、いきなり妙な事を言われた龍見の方はそれどころではない。


 「あなた何かの……」

 「宗教でもねぇよ。あ~、だからこういうのはオレじゃなくてアイツが自分でやればいいのに!説明するのがめんどくせぇ!」

 「誰かに頼まれたの?誰なの?それに何のために?」

 「あ~、いっぺんに聞くなって!とりあえず人気のない場所に行こうぜ」

 「ひ、人気のない所に行って何するつもり!?」

 「なんもしねぇよ!人をエロ親父みたいに言うな!ふぅ、別にここで話しててもいいけど困るのはお前だぞ?」


 そういって少女は龍見から視線を外して買い物帰りと思われる中年女性の二人連れの方をみた。

 夕食は何を作るかで盛り上がっているおば様たちが龍見たちの横を通り過ぎようとした瞬間、会話を掻き消すようにパンと乾いた音が周囲に響き渡った。

 音の主は打ち鳴らした手を合わせた少女。

 だが、異音で会話を中断させられたおば様たちたちは周囲をキョロキョロと見回し、なぜか無言の非難が少女ではなく龍見に向けられてしまった。そして音を鳴らした本人は、してやったりとほくそ笑んでいる。

 

 「これで分かったか?」

 「……まさかとは思うけど、あなたの事見えていなかった?やっぱり幽霊……!」

 「それはもういいっての!オレのはただの隠形術だ。ただし普通の人間に見破られるモンじゃねぇけどな。……だけど、お前は見破った」

 「えっと何の話をしているか分からないんだけど……」

 「いいからさっさと歩けって。一人でブツブツ言っているおかしい奴って思われるぞ?」

 「わ、分かったわよ」

 

 仕方なく龍見が歩き出すと当然のように少女が隣について歩いて――いなかった。


 「ちょっ、飛んで……」

 「今更こんな事で驚くなよな。ほれ、気にせず歩け」


 問いただしたいことが山ほどあるが、それをグッと飲み込み、ニヤニヤ笑う少女の視線を感じながら龍見は商店街を抜け出した。



 「それで結局あなたは何なの?」


 人気のない路地に入ったのを見計らって龍見はフワフワと横で浮いている少女に問いかける。


 「だからお前の護衛だよ。簡単に言えば今のお前は普通じゃないんだよ」

 「普通じゃないって、具体的にどういう事?」

 「さっき言ったとおりだよ。お前、なんか妙なモノに憑りつかれているんだよ。で、どうもその憑りついたモノに興味津々な奴らがいるみたいでな。そういった奴らからお前を守るのがオレの仕事って訳だ。詳しい話は後から来る奴に聞け。お前の知り合いだからな」

 「私の、知り合い?」

 「おう。つーことで小難しい話は終わり!ま、オレがいる以上問題はないぜ。大船に乗ったつもりでいな」

 「は、はぁ……」


 何一つ龍見の疑問は解消されていないが、なんとなくこれ以上聞いても無駄な気がしたので諦めて、後から来る人がマトモな人である事を祈った。


 「なんだよ、ノリがわりぃな。まぁ、いいや。それでこれからどこへ行くんだ?」

 「ちょっ、ちょっと待って。そういえば、どこまでついてくる気なの?」

 「見守ってくれって言われたからな。頼んだ奴が来るまでついてくぞ。なあに、どうせオレの姿は普通の奴には見えないから気にするな」

 「いや、私が気になるんだけど……」

 「細かい事は気にすんな。ほれ、また変な目で見られてるぞ?」

 「う……」


 ちょうど自転車に乗った男の子に怪訝な目を向けられて龍見は顔が熱くなった。そんな龍見に少女は愉快そうに一つアドバイスを贈る。


 「ちなみにオレと話しがしたい時は携帯電話を持つとあまり怪しまれないぜ」

 「それを先に教えてよ!というか、姿が見えないだけで声は周りの人に聞こえているんでしょ?」

 「はは、人間ってのは自分の都合の良い方に物を考えるからな。例えオレの声を聞いてもお前が一人二役演じて喋っているって思うんだぜ」

 「り、理不尽……」

 「それが夜の中ってやつだ」

 「はぁ、もういい。文句はあなたに頼んだ人にたっぷり言うから。でも、一つだけ聞いてもいい?」

 「何だ?」

 「あなたの名前は?」

 「ああ、そういや名乗ってなかったな。オレはルカだ。お前はタツミだろ。ま、しばらくよろしく頼むぜ」

 「ルカ、ね。じゃあ、家に帰るからついてきて」


 決して全面的にルカを信用したわけではない。

 ただ誰かが常に一緒にいてくれるのは正直心強い。朝に感じた不気味な視線に対する不安が、この珍妙な護衛に対する不信を上回った結果とも言える。


 (なんで私にこんなわけの分からない事が立て続けに起きるんだろう。やっぱりあの夢、というか事故のせいなのかな)


 だが、多分それを聞いても、護衛の少女は答えてくれ無さそうな気がして龍見は家路を急いだ。



 一方、隣から少し後ろに移動したルカは笑いながら龍見の中にいるモノについて考えていた。


 (ふ~ん。退屈な依頼かと思ったけどなかなか楽しめそうじゃねぇか。だけど、コイツなんで中にも飼っているんだ?1匹はまだ寝ているようだが。それに早速なんか食いついてきたみだいだしな)


 思わぬ騒動の予感にルカの心が躍る。


 (さてと、どう料理してやっかな~)


 これが後々余計な面倒を起こす原因になることを舌なめずりしているルカは知る由もなかった。

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