間章
2人の男
〇月×日
あの覇龍戦争を生き残って故郷に華々しく凱旋した後だ。
君も知っての通り、尊敬する先輩の頼みで、かの有名な特務隊『黒鳥隊』に配属、初任務に挑むことになった。
だが、その任務は想像以上に過酷であり、5人いた仲間も今では隊長であるゼスカル・ロウ大尉と僕マルフォート・レイノスのみとなってしまった。
だけど僕は諦めない!
必ず戦果を挙げて親衛隊に入り、そして愛する君の元へ……。
はっ! いけない、いけない。脱線してしまった。
僕らの小隊はある情報を確かめる為に覇龍戦争を引き起こした憎き竜どもの世界へと潜入した。
敵地への潜入。まさに命がけだ!
そんな任務を受けたゼスカル大尉殿の隊に配属されたのはきっと僕の能力を買ってのことだろう。
総員50名の黒鳥隊、その中でも選りすぐりの10人が偵察隊として出発。現地に到着後、そこから更に5人ずつ2隊に別れ覇龍の世界『龍の
龍の巣へと行ける転移ゲートはユグドラシルの連中が見張っていたが、さすがは黒鳥隊!
あっさりと奴らを出し抜きゲートに飛び込んだ!いや~、今でもアイツらのバカみたいな顔を思い出すと笑えてくる。そして君にも見せたかったよ、僕の華麗な活躍を!
だが、僕たちはその先でなぜユグドラシルがゲートを封鎖していた理由を嫌というほど知ることになった。
いけ好かないユグドラシルだが、それでも今回の言動は君も言っていたけど本当に意味不明だった。
その理由を知れば君もきっと驚くだろう。なぜなら
「おい、さっきから何をしている?」
先ほどから小さな鍋に火を通していた髭面の30代半ばくらいの男が、よくいえば美形、悪く言えば軽薄な印象を与える若い男に静かに、しかし威圧的に問いかけると若い男は動じることなくへらへらと笑いながら。
「いえ、我々に何かあった時の為に遺書でも書いておこうかと思いまして……」
「アホか。こんな所で遺書を書いた所で回収される可能性なんてある訳ないだろう。……あまりくだらん真似はするな。俺以外の奴にみつかったらスパイと疑われてその場で殺されているかもしれんぞ」
「は、はは、気を付けます……」
特務隊。その存在は知られているが具体的な活動内容を知っている者は魔導帝国上層部でもごく僅かの皇帝直轄の部隊である。
当然、任務内容はもちろん任務の過程で見知った事を迂闊に吹聴すれば粛清待ったなし、即消されることになる。
当然任務内容を書き記すなどもってのほかであり、髭面の男、ゼスカル・ロウは新入りであるマルフォート・レイノスに注意を促したのである。
もっともそんな事は当然マルフォートも知っているはずであるのだが、しかし今置かれている状況を考えれば常ならざる行動を取りたくなるのも分からなくはない。
なぜなら、この2人は今見も知らない異世界を漂流している異常事態に見舞われているのだから。
「しかし、大尉殿。これから我々はどうすればいいのでしょうか?」
何も考えていなさそうな能天気なマルフォートの問いに、視線を鍋に戻したゼスカルはしかめっ面で(俺の方が聞きたいくらいだ)と毒づいた。だが、新入りの前で泣き言を言っても仕方がない。15歳から戦場を渡り歩いてきたベテランの自負がゼスカルの精神を支えていた。
「どんなことがあろうと我々の任務は変わらん」
「それはつまり引き続き『女王』を捜すということでありますか?」
「当然だ」
「それはつまり、またあの世界に戻るという事ですか?」
「当然だ」
「そもそもどうやって戻るかも分からないのにでありますか?」
「帰る方法は必ず見つけ出す。俺たちは任務を果たす。例えどんな障害があろうともだ」
ゼスカルの強い意思にマルフォートは小さく肩を竦めた。
頼りない印象はあるが彼もまた修羅場を経験した軍人である。上官がそう言うのであれば従わなければならない。その程度の分別はある。もっとも命の投げ売りをするつもりはないが。
この件で話をしてもあまり意味はないと判断してかマルフォートは話を今置かれている状況にシフトさせることにした
「しかし、ここはおかしな世界ですね。自分もいくつか異世界を見てきましたが全く魔力が存在しない世界なんて初めて見ましたよ」
「俺もだ。魔術が存在しない世界など本当にあるとは思わなかった。しかもちゃんとした文明を築いているとはな。学者どもが知ったらどう反応するだろうな」
彼らの生まれた世界では魔力、そしてそれを用いた魔術は当たり前に存在する。むしろ魔術が使えない人間、種族は同じ人とみなされない魔術至上主義の国である。
そんな彼らにしてみれば魔力が存在しない世界など想像外の物であり、あり得ない物であるはずだった。
「しかも随分治安がいいみたいですしね。魔獣や夜盗に神経を使わないですむのはありがたいですよ」
「しかも水道も設備もしっかりしている。そこの栓を捻れば水がいくらでも出てくる。とりあえず喉の渇きを気にする必要がないのはありがたい」
「しかも親切な人も多いです。そういえば大尉殿は自分が女の子から貰ってきた物は食べないのでありますか?」
そういってマルフォートはビスケット菓子を差し出すがゼスカルは頭を振って断り、鍋で煮込んだ物を皿に移す。
「……俺はこの携帯食でいい」
「わざわざ一手間加えないと食べられた物じゃありませんからね、その携帯食。もう少し食べやすい物にしてほしいでありますね」
「俺に言うな。どうせ利権に塗れた奴らが適当に作った物なんだ。つべこべ言わずに飲み込んでしまえ。どうせ腹に入れば同じだ」
「うへぇ。これ完全に兵士への嫌がらせですよね」
差し出された皿に入った紫色の携帯食のスープをマルフォートは息を止めて一気に飲み干すと、すぐに口直しにビスケットを口に放り込む。
「おまえはよく見知らぬ世界の物を躊躇なく口に入れられるな……」
「見てくれは僕らの世界の菓子とそう変わりませんよ。味もなかなかです。大尉殿も食べてみては?」
「いらん」
取り出したビスケットの受け取りを断られたマルフォートは、それを自分の口に放り込み至福の表情を浮かべる。
なんとも幸せそうな部下を見てゼスカルはこの新入りの評価を下しかねていた。
(貴族のお坊ちゃんなんて役に立たんと思っていたが、なかなかどうして図太い奴だ。一体何の目的で黒鳥隊に入ったんだ?)
特務隊といえば聞こえはいいが、実際はほとんど使い捨て上等の特攻部隊である。その為部隊員もほとんどが叩き上げや傭兵上がりといった非エリートで構成され将来が嘱望される貴族の御曹司が来るような部隊ではない。
(大隊長も納得している様子もなかったし、どこからか捻じ込まれてきたんだろうが、なぜだ?反皇帝派のスパイにしても怪しすぎるだろう)
地方貴族とはいえエリート街道を歩いていたマルフォートは隊の中でも異質、当然その入隊に疑いの目を向ける者も多かった。
若き魔導皇帝には敵が多い。
帝位継承から脱落した元帝位継承者、先帝の時代に利益を享受していた者、長い帝国の歴史の中で葬られた亡国の残党。そういった者たちからしてみれば皇帝肝いりの部隊の動向は是が非でも掴んでおきたいだろう。
だが現皇帝に盲目的な忠誠を誓う者が多い黒鳥隊、そこに入隊するには皇帝の腹心である『黒騎士』の審査をパスする必要があるはずだが……。
(こいつに二心があれば、あの怪物が気が付かないはずはないだろうが……)
初めて黒騎士と会った時の心臓を掴まれたかのような感覚を思い出すとスープを飲んで温かくなったゼスカルの体が急に冷えた。
現地人に貰ったという食べ物を無邪気に頬張る若い兵士を見ると、スパイなどとは思えない。だが、得てしてそういう人物こそが、という事もよくある話である。
(まぁ、いい。今度また妙な動きをしたのならその時に始末すればいいだけだ。そうならないことを祈るがな)
短い期間ではあるが生死を共にした仲間を殺すことに何の痛痒も感じない程ゼスカルは熱狂的な忠誠心は持ってはいない。異質と言う点ではゼスカルもマルフォートと大して変わらないのかもしれない。だから先ほどの何かを書いているのも見逃したのだが、情に絆されれば我が身が危ない。だから次はないとゼスカルは心の中で宣告するが能天気な若い兵士はそんな上官の心情など知らずに。
「それで、大尉殿。今後我々はどうするのでありますか?」
と、気楽に聞いてくる。
「おまえは適当に街をぶらついて情報収集をしろ。この世界に関することを出来るだけ集めておけ」
「言葉が通じないですけど、身振り手振りでやってみます。それで大尉殿は?」
「俺は妙な反応があった地点を見てくる」
「ああ。時々あちこちで魔力とも違う反応が出てるアレですか。なんなんでしょうね、あれ?」
「それを調べると言っているんだ」
ゼスカルは手早く鍋や寝袋を片付け近くの茂みに隠して空を見る。見知らぬ世界であっても青空は気持ちがいいものだ。特にあの不気味な紅い空を見た後では。
「何かあれば連絡する。なければ6時間後にここに集合だ。あと分かっていると思うが無暗に魔術は使うな」
「余計な騒動を起こさないためにですね。了解です」
「……そういえば、この国の名前はなんて言った?」
「え~と、多分ですけど、ニッポオン、もしくはトウキョーだと思います。ここの人は僕の事をアメリィカジンとかガイコージンと呼んでましたけど」
「もしかしたら、こちらも情報収集するかもしれんからな。ニッポオンにトウキョーか」
「あとニコニコ笑っていれば大抵何かくれるでありますよ」
「先に行く。抜かるなよ」
それはお前が美形だからだ、と心に中で吐き捨てゼスカルは潜伏していた公園に隣接する林から人目に触れないように慎重に行動を開始する。どこに『敵』の目があるか分からない以上用心にこしたことはない。
(あの黒い怪物、滅んでいた龍の世界、そして龍の女王の行方に帰る方法。どれか一つでも手がかりが見つかればいいがな)
監視や追跡がないのを確認してからゼスカルは藍色の目を隠すようにサングラスをかけ歩き始めた。
だが190メートルの身長に鍛えられた肉体は非常に目立つ。更に迷彩柄のズボンにやや季節外れの黒の半そでのシャツという姿は明らかに周囲から悪目立ちしている。
(何が、大尉殿は黒髪だから目立たない、だ。まぁいい。多少視線は気になるが敵意はない。なんとも呑気な国だ)
魔導帝国でこんな目立ち方をすれば衛兵が飛んできて尋問されるものだが、今の所はその心配はなさそうだ。
だが、いつまでもここにいる訳にはいかない。
(俺は帰る。必ずだ)
止めろと何度も説得したにも関わらず士官学校へ入学した息子の写真が入ったペンダントを握りしめゼスカルは目的の場所を目指し歩き始めた。
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