4 父を知るモノ

 (う~ん、好きに行動していいって言われたけどどうしようかな?そういえば昨日から何も食べてないや。どこかで食べ物売っていないかな)


 イブに聞いてみようかと歩きながら考えていると、強い魔力を感じてイルマは立ち止まった。


 (何、今の?……こっちの方から感じたけど)


 塵一つない廊下を進んでいくと、行き止まりにある一つのドアに行き当たった。

 扉越しにナニカの気配、いや存在を感じる。敵意は無いが、しかし明らかに向こうもイルマの存在を感じ取っているはずだ。


 (勝手に開けて入っていいのかな。もし問題があればイブさんが何か言ってくると思うけど……)

 『ほっほっほ、ワシを感じ取るか。さすがは、といったところかのう』

 「だ、誰ですか!?」


 突然、頭の中に響いた声に驚いたイルマが壁を背にして周囲に視線を走らせるが相変わらず人の気配はない。


 (という事は……)

 『そう警戒することもなかろうに。ワシは目の前の扉の中におる。気にせず入ってくるがよい』

 「は、はぁ」


 敵意はなさそうだが油断はできない。なぜなら相手はイブと違ってイルマの脳内に直接話しかけてきた。ユグドラシルで使われている精神系の魔術を防ぐ防御魔術を使っていたのに関わらずである。


 (簡単にこっちの魔術を無効化できる魔術師?でも、危険な相手ならイブさんが止めてくれるはずだし、信用してもいいのかな?)


 何しろ今日初めて顔を合わせて会話できそうな相手である。情報を集めるために会っておくのも悪くはない。そう思いイルマは漢字で倉庫と書いてある部屋に近づくと扉が勝手に開いた。


 「おお~、これはすごい!」


 室内に入ると同時に部屋の照明がつき、そこに広がる光景にイルマは感嘆の声をあげる。

 部屋の中には様々な物が陳列されていた。片手剣、戦闘用の斧、弓に短剣といった武器は透明なケースに入れられ、鎧兜の防具もマネキンが身に付けている。壁には大小様々な盾が掛けられ、大きな武具屋のようだ。

 しかも、である。その武具の一つ一つからからかなり大きな魔力、あるいはそれに似た力を秘めているのを鋭敏なイルマの感覚は察知していた。


 「うわ~、どれも1つだけで豪邸が建てられそうな代物ばかり。ここは倉庫かな」


 倉庫という言葉でユグドラシルの地下で会った老人の事を思い出す。まだ別れて3日も経っていないのだがひどく懐かしく感じる。もっともあの部屋に比べてここは綺麗に掃除され、照明も明るく快適さには雲泥の差があるが。


 「さてと、私を呼んだ人は……」


 キョロキョロと部屋を見渡し自分を呼んだ声の主の登場を待つが一向に現れる気配がない。だが、確かに視線は感じる。敵意はないが値踏みするような不愉快な視線、あるいは気配というべきか。その気配の元にイルマはゆっくりと歩いていく。


 「……あなたですよね、私を呼んだのは?」


 話しかけたのは見事な装飾を施された刀剣の間に置かれた1本のみすぼらしい杖。2本の木を絡みつかせ1本としその頭長には不思議な光沢を放つ石が嵌め込まれている。

 その石を見て思わずイルマは服の上からペンダントに触れた。


 (似ている。父さんから貰ったペンダントの石と)


 イルマの問いに答えるように、杖に嵌められた石が明滅し愉快そうな老人の声がイルマの脳内に響く。


 『見事、見事! かなり力を絞って隠れたつもりじゃったが見破られたか。いや~、愉快愉快!』

 「魔力はともかく、あんな不躾な視線を送られれば誰でもわかると思いますけど?」


 服を着ていてもわかるほどボリューム豊かな胸を隠しながら冷たい声でイルマが告げるが杖の老人は意に介した様子もなく。


 『いや、この部屋に並ぶマジックアイテムの数々が見えるじゃろう。これらの目くらましに惑わされずにすぐにワシを見つけた。さすがは……ヒヒロの娘じゃな』

 「またお母さんの知り合い!?」


 世界を股にかけて活躍していたと話には聞いていたが、全く知られていない異世界で、しかも人ですらない存在とも知り合いとは改めて母に対する畏敬の念を強くする。そんなイルマの反応に気を良くしたのか更に杖は驚くことを口?にする。


 『もちろんじゃ。もっと言えばワシはおぬしとも会った事があるのじゃぞ? まぁ、その時はまだヒヒロのお腹の中じゃから会ったと言えるかは微妙じゃが』

 「……あの、じゃあ、あなたは父さんとも知り合いなのですか?」

 『無論じゃ。ある時は敵であり、ある時は味方でありと一言では言い表せん間柄じゃったな。おっと、いかんな、つい話し過ぎた。すまんな、おぬしの父の話はワシがすべきことではなかった。どうか忘れておくれ』

 「……はい、わかりました」


 本当は何一つ納得していないが、父に関しては何か隠しておかなかければならない重大な秘密がある。それくらいのことは昔から察しがついていたイルマはそれ以上のことを聞くのは止めた。


 (少なくとも父さんのことを知っている人を見つけた。今はそれで良しとしよう)


 それにまだこの人?が分かっていない状況で情報を鵜呑みにするのは危険かもしれない。そう思いイルマは老人の本来の目的を尋ねることにした。


 「あの、それで私を呼んだ理由は?」

 『それを話す前にまずは自己紹介をしよう。ワシの名は……。はて、ここでは何と名乗っておったかな。まぁ名前などどうでも良い。ここの者はワシのことを先生とよんでおるからお前さんもそう呼んでおくれ』

 「はぁ」

 

 臆面もなく偽名を使いまくっていたという点で怪しさ倍増なのだが、とりあえずイルマは口を挟まず老人に話の続きを促した。


 『それでここに理由じゃが、特に大した理由はない』

 「はぁ?」

 『待て、待て、拳を構えるな。なに、懐かしい気配がしたので思わず声をかけてしまっただけじゃ。しかし、なるほどのう。その防御魔術はユグドラシルのか。よくヒヒロがあそこに行く事を許したものじゃな』


 1人で勝手に何かを納得している老人にそろそろイルマもイラっとしてきたが、老人の方もその気配をかんじとったようだ。


 『スマンスマン。長く1人でいたからな。どうにも相手がおる事を忘れて語ってしまう悪癖が治らなくての。ふむ、お前さんはなんでまた地球に来たのじゃ?ユグドラシルがここに目をつけたのかな? なら帰ってふんぞり返っている若造どもに伝えた方が良いぞ。ここに首を突っ込むなとな』

 「いえ、私がここに来たのは事故みたいなものでして……」

 『ほう、なにやら色々事情がありそうじゃな。どれ、この暇な老人にお主の体験談を聞かせてくれんかね?』

 「こっちの質問に答えてくれるのならいいですよ?」

 『しっかりしとるのぅ。よいぞ、ワシが答えられる範囲の事なら教えてしんぜよう』

 「それって、答えをはぐらかすフラグじゃないですか?」

 『ワシもここに置いてもらっている身じゃからな。あまりここの機密に関する事をペラペラしゃべる訳にはいかんのじゃよ。また体を真っ二つにへし折られたくないしのう』

 「……まぁ別にいいですよ。それじゃまずはですね」


 この老人は何をやらかしたんだろうと思いつつ、イルマは近くに置いてあったパイプ椅子に腰を下ろし自分の身に起きたことを話し始めた。

 

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