5 死せる世界
その世界はすでに死んでいた。
ひび割れた大地に緑はなく、遠くに見える山も地肌を晒す無残な姿を晒していた。
ユグドラシル本部地下から転移したイルマが現れたのは半壊している遺跡だった。軽く調べてみると
(はぁ、これはこれで大発見なんだけどなぁ。時間があればじっくり調査したいところだけど)
元々は小さな石造りの原始的な建造物だったようだが天井も壁もほとんど崩れ、床の魔法陣が損傷を受けていなかったのが奇跡的な状況であった。
見える範囲の魔法陣をノートに書き写し、イルマは改めて周囲を見渡す。
(酷い有様……。一体何があったの?)
状況が分からない以上慎重に行動する必要がある。
そう判断しイルマは周囲の瓦礫を崩さないようにゆっくりと足を運び廃墟から抜け出した。
(そもそもここはどこなの?私にここで何をしろと?)
転送先に情報をくれる人がいるだろうというイルマの淡い希望は微塵に打ち砕かれたのだが何もしない訳にもいかない。既に遺跡から光は消え去り退路は断たれているのだから。
「いきなり片道切符の任務とかハードだなぁ」
ぼやいて不安を無理やり紛らわせ、イルマは改めて出てきた遺跡を外から詳しく調べて見る。巨石を組み合わせて作られた遺跡は屋根に使われた一枚の石が斜めに崩れ落ちている。長い年月の中、風化に任せていた建物だが造りはしっかりしていたようだ。だが、その頑強な造りの建物が明らかに外部からの圧力で破壊された。それもごく最近に……。
(うん、やっぱり魔法文明前期の物かな。よくある転送装置のごく初期の物だ。それがまだ動くなんてスゴイ発見だよ!)
こういった施設は魔法使いたちが関わった世界にはよく見られ、今でも簡単に手入れすれば使えるほど頑丈に作られているのが特徴だが、それでも今から一万年も前の物が動いたのは本当に奇跡といえる。
もっともそれがイルマにとって幸運だったのかは分からないが。
(そういえば建物自体も焦げているような……。ここにはゴーレムがいなかったのかな?あと建物自体に強力な防護魔術が使われてる事も多いんだけど……。この状況じゃよく分からないなぁ)
もし、この遺跡の防御機能が生きていたとしてら、ここを破壊したモノはそれらを物ともしないほどの強さを持っていたことになる。
(そんなのに遭いたくはないね)
ひとしきり廃墟を見て回って、これ以上の収穫はなさそうと判断するとイルマは魔力をバッテリーにしている通信機をチェックする。一応、周囲に魔力の元となるマナはあるようで稼働に問題は無かったが、どこにも通じない。ということは、ここには中継点がない、即ちユグドラシルの影響下にない世界という事になる。
「こんな所に1人で放り出されてどうしろってのよ~」
思わず弱音が出てしまうが途方に暮れている訳にはいかない。陽はまだ明るいが、やがて夜が来る。こんな訳の分からない世界で野営はしたくない。
もう一度、局長から貰ったカードを調べるが、すでに役目を果たしたためか、もう合言葉を唱えても反応しなくなっていた。
完全に手詰まりになったイルマは腰のポーチから愛用の小型双眼鏡を取り出して目に当てる。
北には禿山、西はひたすらに荒野が続き、南には大きな川が、そして東には――。
「あれは村、の跡かな」
家と思わしき建物が焼け落ち破壊されていた。激しい戦いがあったことは間違いないが、それでも初めて見つけた人の生活の痕跡である。ここがどこか、そして何が起こったのか調べてみる価値はあるはずと判断したイルマはさっそく移動を開始した。
暑さは厳しくなく、むしろ時折山から吹き下ろす風が非常に冷たい。荷物から上着を取り出して羽織ったイルマは周囲を警戒しながら歩く。周囲には身を隠す物がほとんどないが、それでも僅かにある岩陰に隠れながら進んでいく。
(そんなに厳しい環境でもないのになんで自然がないんだろう?)
もともとそういう世界なのか、なにか原因があるのか、道すがらその手がかりがないかと地面をみるが特に何も得られることもなく、ほどなくして目的地がはっきりと見えてきた。
集落から少し離れた場所にちょうどいい大きな岩があったのでイルマはそこに隠れて改めて集落を双眼鏡で観察する。
(もし人がいるなら友好的かどうか見極めないとね)
世界を問わず、閉鎖的な集落では余所者に対して非常に攻撃的な事がある。さきほどは人を見かけなかったが、ここに来るまでの間に戻ってきている可能性もある。
(調査は慎重に、てね)
以前、先輩によく言われた言葉を胸の中で繰り返しイルマが集落の観察を開始する。
(家は木製。残っている建物の大きさ的に私たちと同じような人が住んでいたのかな。建物は7棟で形が残っているのは2つ。文化レベルは低い、あるいはここが貧しいのかな)
周りが荒野しかないのなら貧しいのも納得だが、ではなぜここに住んでいたのかという当然の疑問が出てくる。だが、ひとまずはそれを脇に置いておき比較的形が残っている建物に意識を集中する。
(やっぱり人はいないか。あちこち燃えカスだらけ。戦いがあってここを放棄して逃げ出したって感じかな)
少しずつ陽が落ちてきて周囲は暗くなっている。獣人の血を引いているためそれなりに夜目は利くが、それでも調査は明るいうちに終わらせておきたい。
(慎重に、かつ大胆に!)
意を決してイルマは小走りに比較的被害の少ない家へ近寄る。そっと壁に開いた穴に入ると足で何かを割ってしまった。
「うわっ。これは食器かな」
踏んでしまった物は土器のようだ。一階建ての家には5つの部屋がありイルマが入ったのは台所のような場所だった。
何かココの事が分かる物がないか部屋を1つ1つ調べてみるが本などの類は一切なく、粗末な服や雑貨が僅かに残っている程度だ。
「お金みたいな物が見当たらないし食べ物もない。大急ぎで荷物をまとめて逃げ出したのかな。ん、あれは……」
家の奥まった部屋の窓を見ると、まるで存在を隠すかのように岸壁の窪みに建てられた建物を見つけた。ちょうど、イルマが双眼鏡を覗いていた場所からは死角になっていたため気づけなかったのだ。
「明らかに何かいわくありそうな感じの建物ね。それに見た感じ損傷もほとんどなさそうだし、今日の宿はあそこで決定かな~。ただ注意はしなくちゃね、私より前にここを調べていた人がいるみたいだし」
住人が逃げる途中にひっくり返したのであろう何かの粉の上に僅かに靴跡が残っていた。灰の上に残っていた靴跡は消されていたがイルマの目は床に残った僅かな靴跡の痕跡を見逃さなかった。
(人数は複数人、靴底の跡は明らかにここに住んでいた人のと違う。火事場泥棒が足跡を消すとは思えない。となると私と同じような人がここを調べていた?)
果たして、それは敵か味方か。
その答えは、あの離れた場所にある家にあるかもしれない。
(行ってみるしかないか)
何があってもいいようにイルマは手甲を嵌め直し身を低くして調べていた家を出た。
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