第四章 勇者ギルド本部にて
1 勇者ギルド本部にて
キャラクターシールがベタベタと張られた子ども向けの学習机、簡素な1人用ベッド、棚に何冊か本が入っているが、残念ながら今この部屋にいる人物にはあまり意味がない代物である。
部屋には窓はなく代わりに壁に取り付けられたディプレイにはどこかの綺麗な風景が延々とループ再生されている。
「さてと、これからどうしたものかな」
目が覚めて軽く体操をしていたイルマ・レイヤードは誰にともなく呟いた。
現在イルマはショウたちが所属する『勇者ギルド』に客人として迎えられ寝泊まりできる一室を借り受けていた。
昨夜、自分を助けてくれた少年と仲間たちに連れて来られた後に軽い事情聴取と怪我の治療が行われ、そしてこの部屋に案内された。その時には疲労困憊だったこともありベッドに倒れ込みそのまま泥の様に眠りこみ、そして今に至る。
部屋にも時計があるが字が読めないので自分の腕時計で確認すると、たっぷり8時間は眠っていた。
(我ながら図太いなぁ。とりあえずここの人たちは私に敵意をもっているわけではないけども……。どうしたものかな。そもそも何でこんな事になっちゃったのやら)
老人に見送られて転送された場所は見知らぬ荒野だった。近くに連絡員でもいるかと思ったが、まるで人の気配は感じられなかった。帰ろうにも出てきた転移装置は何の反応も示さず、仕方なくイルマは付近を調査していたのだが、そこに黒いドラゴンに襲われ一目散に逃げだしたのだ。
(多分、あそこは魔導帝国と戦争をした覇竜の世界だったんだ。となると私の任務は覇竜が使っていたっていう高性能な転送装置の調査?それとも『女王』が使った『魔法』の調査だったのかな)
魔法、それは世の理を覆す奇跡の力。かの
そして数多の世界に残る魔法使いたちの遺跡には時に魔法に関する資料や発動を促す道具が発見される事がある。
ユグドラシルが厳しく遺跡を管理している理由は、この使い方次第で神にも悪魔にもなれる力を悪用される訳にはいかないからだ。
しかし当然、中にはユグドラシルのそういった姿勢を疑問視する向きもある。『知識を独占しようとしている』『既にいくつかの魔法を復元し裏で世界を操っている』。そういった陰謀論はいつの時代も無くなることはない。
そして今また新たな問題が現れた。
竜の女王ラーが使った同盟軍数万人の意識と魔力を一度に奪った力。それが魔法なのかは分かってはいないが、それでもユグドラシルとしは放置できないのは確かだろう。ましてや、ユグドラシルの干渉を由としない魔導帝国の手に渡れば力の均衡が崩れかねない。
(だけど、あの黒い竜はなんだったんだろう?)
覇竜に関してはイルマも多少の知識はある。だが、あの時に追いかけられたアレは姿こそ竜だったが本質は全く別の存在に感じられた。
(上手く言えないけどアンデッドとか機械兵に似ている気がする。なんていうか生きているって感じがまるでしない所とか。凶悪さは比較にならないほどだったけど。でもあの人たちはアレと戦っているみたいだったけど……)
「オハヨウゴザイマス」
「お、おはようございます!?」
物思いに耽っていたイルマが女性的な機械音声が聞こえた方へ振り向く。今まで気づかなかったが、よく見るとドアの傍にあるパネルがありそこから声がしたようだ。
「ワタシハ ギルドホンブノ カンリヲ マカサレテオリマス 『イブ』ト モウシマス」
「えっと、イルマです。どうもお世話になっております」
思わずパネルへ頭を下げてしまったのは、このイブというAIの喋り方にどことなく人間的な温かさを感じたからだ。とはいえ誰もいないのに一人で頭を下げている姿は滑稽以外の何物でもないのだが。
「ヨロシケレバ シャワールーム マデ ゴアンナイ イタシマスガ?」
「それはありがたいです。お願いします」
「ワカリマシタ。ソレト モウシワケアリマセンガ サクヤノ ハナシノ ツヅキハ スコシ マッテホシイ トノコトデス」
「こっちは時間があるときで構いませんよ」
どうせ今の段階ではイルマができる事もする事もないのだから向こうの出方を待つしかない。
「アリガトウゴザイマス。タオル ヤ キガエハ オモチデスカ?ナケレバ コチラデ ヨウイ デキマスガ?」
「あ、ちゃんと持っているので大丈夫です!」
「ワカリマシタ。デハ ジュンビガ デキマシタラ ヘヤヲ デテクダサイ。シャワールームマデ ゴアンナイシマス」
(当たり前だけど、やっぱり監視はされているってことだよね。問題はどの程度私を警戒してるかだけど……)
人ではなく人工知能に対応を任せている事から無暗な接触を控えているのかもしれないとイルマは考えていたが、実際にはただ単に人手不足なだけで深い考えはなかった。加えてこの時点でギルド側はイルマに対してさして警戒心を抱いてはいなかったのだが、その理由を彼女が知るのはもう少し後の事である。
部屋に入った時に机の上に放り投げたポシェットから手のひらサイズの塊を2つ取り出しベッドの上に置く。
(圧縮、解除)
そう念じると塊がそれぞれ3日分の着替えとタオルになりベッドを占領した。
その中から必要な物を選び、再び荷物を圧縮する魔術を使い机の上に塊を置いて部屋を出た。
(昨日も思ったけど無機質な作りよね、ここ。前にちょっと乗った軍船に似ている気もするけど)
「ソレデハ ゴアンナイ イタシマス。カベノ アオイ ラインニ ソッテ イドウ シテクダサイ」
白い金属質な壁にスーッと青いラインが点灯した。どういう仕掛けなのかは分からないがこれに沿って行けばいいらしい。
歩きながら細かに周囲を観察するが、壁も床も飾り気はなく無機質。廊下の幅も人が4人並べるくらいの広さだ。
(周囲からほとんど魔力を感じない。魔力を抑制している?そういえば昨日、外にいた時も魔力を全然感じなかった気がするけど、そんな事あり得る?)
イルマの知る限り、魔力はどの世界にも存在するはずである。無論、場所によって希薄な所もあるし、意図的に魔力を減じ不測の事態が起きないようにしている場合もある。だが、どうもここはそういった感じがしないのだ。
(まぁ、私はそんなに魔術が得意って訳じゃないから別に困りはしないけど。ただ魔術に制限がある事は忘れないようにしとこう)
今の所は客として扱われているが、この先どうなるかは分からない。最悪を想定して抜かりなく情報を集める。生き残るための本能がイルマにそうした行動を取らせていた。
(んしても、私の部屋だけかと思ったけど廊下にも窓が一つもないか。う~ん、外はどうなっているのかな)
昨日はどこかの家、その裏手にある小さな倉庫らしき所に入ったと思ったらココに来ていた。恐らく転移装置の類なのだろうが、それにも魔力のような物を感じなかった。
(魔導帝国みたいに技術力が優れているのかな。そうなると勝手が違いすぎるから脱出も難しいか)
魔力を伴う仕掛けの解除に関してはそれなりにスキルがあるが、ここではそれが役に立ちそうにない。
「トウチャク シマシタ。ゲンザイハ スベテノ コシツガ アイテオリマスノデ オスキナ バショヲ オツカイクダサイ」
案内されるまま大きなドアの先にある大部屋に通されると、右側に青と赤の暖簾が掛かっているガラス戸が2つ。左側にはドアが並んでいる。そのドアの表面には今までイルマを導いてきた青い光が点灯しており、この中から好きなのを選べということだろう。
とりあえず手近なドアを開けて中に入ると小さな脱衣所があり奥がシャワールームになっていた。脱衣所には小さな鏡やドライヤーも置いてあり荷物を置くためのカゴも3つある。カゴに持ってきた着替えと抜いた服を入れイルマはシャワールームへと突入した。
「ふ~ん、使い方はあまり変わらない感じかな。赤いボタンでお湯、青いボタンで水ね。温度はこれかな、熱っ!」
その他にも紫でミストシャワーになり、!マークがついた黒のボタンではアームが壁から伸び周囲から一斉にお湯が噴射され壁から出てきたアームでゴシゴシ体をこすられ苦しいやら痛いやら大変な目にあったが、おかげでしっかり体の汚れは取れたし気分もさっぱりした。
一通りシャワーの機能を体験し終えて満足したイルマが身支度を整えてドアを開けると、見慣れない物体がウロウロしているのが目に入った。
「機械と動物?」
丸く平べったい機械が床を這うようにしてゆっくりと進んでくる。その上には僅かな振動と熱が心地よいのか猫が丸くなって惰眠を貪っている。
そのまま機械はイルマの前を静かに通り過ぎイルマが使っていたシャワールームへ入っていった。
「なんなの、あれ?」
「アレハ ソウジロボット デス」
「へぇ~、自動で掃除してくれているんだ。で、あの上に載っていたのは?」
「アーサーサマ デス。キヒンアル オウジャノ フウカクヲ マトッテイラッシャッタデショウ?」
「そう……なのかな?」
「ハイ。コノ ホンブニ オラレル ドウブツハ トテモダイジニサレテイマス。ナノデ キズツケルヨウナコトハ ケッシテサレマセンヨウニ」
「いやいや、私はいじめたりしませんよ!」
「ナラ ケッコウデス。ソレデ コレカラ ドウサレマスカ?シセツナイノ ケンガクヲナサイマスカ?」
「じゃあ、せっかくだから見学してみようかな」
「ワカリマシタ。デハ、ショウショウオマチクダサイ」
それからすぐに部屋に新たなロボットが現れた。足の代わりに車輪、胴体は四角形で頭には人と同じ二つのカメラアイ、がっしりとした三本指のアームはカゴを持っていた。
「キチョウヒン イガイハ ソノロボットニ オアズケクダサイ。ナニカ ワカラナイコトガ アリマシタラ イツデモ オヨビツケクダサイ。ソレデハ」
ロボットは荷物を受け取ると、そのまま後ろ向きに移動して部屋を出ていく。その後を追うように掃除ロボットも猫を載せたまま部屋を出ていった。
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