2 夢の中 (地上)

 先ほどまでは上空を舞台にした空中戦だったが、今度は地上に足を下ろしての地上戦に戦いは移っていた。

 時間は先ほどの空中戦からさほど経っていない。そう思えるのは周囲には落ちた船の残骸、そして人とドラゴンの屍が散乱し、未だにあちこちで爆発が起こっている。


 そんな乱戦の最中、私は1人の人間と向き合っていた。

 見た目30代ほどの男の姿は体にフィットした黒い服に同じ色のマントを羽織り、両手には黒い光で刀身を形成している短剣を握りしめている。周囲に似たような格好の人が4人倒れている。それぞれあまり描写したくない無残な姿だけど多分私がやったんだろうと思う。


 (5人組の暗殺者?それとも工作員?)

 

 どういう経緯で私と戦っているのかは分からないが相手はかなりの手練れのようで私の体もあちこち傷つき血が流れている。しかもただ傷じゃない。斬られた場所が黒く変色し腐っていくのだ。

 しかし男の方も酷い怪我を負っていた。

 あちこちに裂傷、火傷を負っているが一番酷いのが顔面。左側が焼け爛れ片目を失っていた。だが、それでも男の残った瞳は闘志、いや殺意に溢れ私を睨みつけている。


 『この……化け物め!』

 『貴様は他とは違うな。ふふふ、いいぞ。それでこそ外の世界に出た甲斐があるというものだ!』

 『こちらは貴様の道楽に付き合うつもりはない!』


 しばしの睨み合いの後、このままファンタジーの王道である一騎打ちにもつれ込むかと思いきや、男は意外にも身をひるがえして逃げ出してしまう。


 (最初は唖然としたけど、でも……)


 あの男の目的が私の倒す事なのだとしたら、その行動は納得できる。というのも、未だに生き残っていた船がいる上空、そして四方から無数の攻撃が飛んできた。

 男の狙いは私をここに引き付けて一斉に攻撃を加えることだったのだろう。


 『ふん、これで私を倒せると思っているのか?だとすれば舐められたものだ。ようやく生を感じられる戦いが出来るのだ。興が覚める事をしてくれるな、英雄よ!』


 けれど、そんな攻撃で倒される私じゃない。咆哮と共に張られたバリアで攻撃を弾き傷ついた翼を広げて逃げた男を追いかける。

 けれど、その行動を敵が見逃すはずもなく更に激しい攻撃を仕掛けてくる。


 『邪魔をするな、虫けらどもが!』

 

 男を追う事が出来ず、イラつきがマックスに達した私は天に向かって吼えた。


 (昔読んだファンタジー小説だと竜の咆哮は精神にダメージを与える、とかあったけど……)


 その咆哮の効果かは分からないけど、突然攻撃が止まった。


 『虫けらは虫けら同士で殺し合うがいい』


 私の言葉を合図として周囲から再び攻撃の手があがる。でもそれは私に対してでない。離れた場所で悲鳴と怒号が爆風に掻き消され、空では味方であるはずの船が同士討ちを始めていた。

 だがそんな周囲の惨状を気にすることもなく私は再び空に舞い上がる。

 

 『これで邪魔はなくなった。存分に戦いを楽しもうではないか、英雄!』


 速度を上げた私は高度を下げ、背を向けて走っていた男の背中に勢いにのった尻尾の一撃を叩き込んだ。

 衝撃で吹っ飛んだ男が近くの岩に激突した。岩に手を突きゆっくりと立ち上がった男が叫んだ。


 『貴様、一体何をした!?』

 『小うるさい羽虫を払ったまでの事だ。そういきり立つことはあるまい?』

 『貴様ぁっ!』


 離れた場所に同士討ちの果てに炎上した船が地上に落ち大爆発を起こす。乗っていた人も地上にいた人たちも、周囲を飛んでいた竜も巻き込む業火が地上を赤く染める。更にそこに別の船が落ち命があっけなく失われていく。


 『良い覇気だ。さぁ、来い!私を楽しませてくれ!』

 『くたばれ、化け物がぁっ!』 


 

 男が姿勢を低くし、眼にも止まらぬ速さで私の前に現れた。とても重傷をおっているとは思えない動きで私の爪を避け脇腹を切り裂りさいた。


 『そうだ、そうこなくてはな!』


 傷つけらているにも関わらず私は歓喜しつつ鋭利な爪の生えた左腕を振るう。だが、男は冷静に爪をギリギリで避けカウンターで左手の短剣を私の左肩へ投げつける。刃が鱗を貫通し肉を腐らせていく。


 『トドメだ!』


 私の片腕を封じた男がさらに詰め寄ってくる。狙いは私の首。相打ちを覚悟しての一撃は確実に私の命を奪おうとしていた。だけど、私もまたその一瞬を待っていた。


 『この攻撃、受けきれるか?』


 開いた私の口から光が溢れ、男を飲み込み大地を切り裂き射線上にいる全てを破壊しつくしていく。

 

 (これがドラゴンのブレス……)


 何度見ても常識外れの威力だ。だが、そのままでは終わらず私は首を振って地上や空にいる敵も薙ぎ払っていく。

 完全に混乱に陥った敵が逃げようとするが、そこに生き残っていた竜たちが襲い殺戮を繰り広げていく。


 『……あるいはと思ったが、やはりこんな物か。つまらんな』


 勝利の余韻などはなく、本当に心の底からガッカリしている私だけど、しかし破滅の時は近づいて来ていた。




 ここでふたたび舞台は変わり、いよいよ夢の終わりが近づいてきた。

 時間は恐らくあの戦いの後。まだ体の傷が治っていはいないからそんなに時間が経っている訳じゃない。

 ただ舞台となっている場所の風景は先ほどまでと大きく変わっていた。荒涼とした大地に空には心をざわつかせる紅い太陽が輝いている。

そして私を取り囲むように紅い瞳を持つ黒いドラゴンが何重にも展開している。そのどれもが黒い鱗、血のように紅い双眸はギラギラと輝きこちらを見ている。その様子は明らかにおかしく、さきほどまで一緒に戦っていたドラゴンとは違う。


 『滅ぼした、貴様らが!』


 私は吠えた。それに呼応して黒いドラゴンに次々と火球が降り注ぐ。この魔法のような力を黒いドラゴンたちは避けるそぶりも見せずに受け止め爆発する。


 (だけどこの攻撃は……)


 私は結末を知っている。

 この攻撃で全くダメージを受けていなかった黒いドラゴンたちが一斉に私に襲い掛かってくる。触れられるだけで力を奪われ、翼をもぎ取られ地面に押さえつけられる。


 『貴様ら下郎に……!』


 だがその言葉を最後まで言い切る事は出来なかった。まるで飢えた獣のように黒いドラゴンが私の体に殺到し、そして……。

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