2 翼を持つ少女
「とにかくだ、オレは納得できねぇ! 戦闘続行だ、次行くぞ!」
「こっちの戦いも終わったよ~!」
足元には星のように煌めく街の明かりが見える場所で騒いでいた3人の元に純白の翼をもつ少女が千葉方面から飛んできて明るく試合終了を宣言した。
「……あ~、一応聞くが、シロ、お前今回ので何匹仕留めた?」
「ん~、いちいち数えてないからわからないけど……。アダムさんは分かる?」
「今回の第五次首都上空防衛作戦にて風原真白《かざはらましろ》隊長が倒した喰らうモノは、小型87体、中型15体、大型4体です」
「うわ~、結構倒したね~」
ルカの問いに無邪気に、そして他人事のように語る中学3年生の少女は疲れた様子も見せずに翼をはためかせている。
「……この化け物め」
「ルカちゃん、何か言った?」
「なんも言ってね~よ。あ~あ、バカらしい、もう帰ろうぜ~」
純真そのものの真白の目から逃れるようにルカが背を向ける。ルカの呟きを聞き取れなかった真白は首を傾げていたが。
「今回は三人がいてくれて助かったよ~。特にヴァルシュさんとルカちゃんはこっちに呼び出してお手伝いさせてごめんね」
本来今日はヴァイシュとルカは『エデン』という異世界でそれぞれメンテナンスとメディカルチェックを受けて留まる予定だった。それを中断させてしまった事を真白は詫び頭を下げた。
「あの~、俺は?」
「ショウくんは元々暇してたでしょ。空戦適応が高い人は少ないんだから手伝ってくれて当然ですよね」
「うわ~、この隊長笑顔で厳しい事言ってる……」
「でも、真面目な話、空からこんなに敵が湧いてくるのは初めてだから人手はいくらあっても足りないくらいなんだよ」
今から1週間前のことである。
東京上空1000メートル地点で空間を引き裂いて喰らうモノが地球に侵入を開始。その数実に400体以上という過去に類を見ない程の数であった。
ある事情から『喰らうモノ』は地球での活動に大きな制限がかかり力を発揮しにくいはずなのだが、この時はかなりの力を持ったままで活動を開始。
この突然の襲撃は真白率いる空戦隊の奮戦により半数は上空で撃破出来たが残りは関東地方各所に飛散。
その後、数日をかけて地上部隊が追跡、各地で激しい戦闘を繰り広げた。だが今も追跡を逃れた個体が各地に潜伏したり、元々地球に潜んでいた喰らうモノと合流した個体もいると本部は判断。当分の間、厳戒態勢をとってこの事態の沈静化と原因を探ることに忙殺されていた。
その後、断続的に襲撃は続いていたが、空戦部隊を再編制し地上から長距離攻撃できる人員を配備したりと警戒を強めていたため地上への進入は阻止出来ていた。だが前例のない大規模襲撃の原因は未だ掴めておらず予断を許さない状況が続いている。
「本部ではフライトユニットを配備して一時的に空戦戦力を増やす案がでてるそうですけど」
「でも、あれ空に浮かぶ程度だろ。相手がいつもの雑魚なら問題ないけどドラゴンタイプ相手だとちょっとな……」
真白の言葉にショウがかぶりを振ると言った本人も「そうですよね」と同意する。
あらゆる世界を喰らい力を蓄えた喰らうモノだが、地球へはその力をもって転移することができないという制約がある。
基本的に大きな力を持つほど制約の力が大きくかかり、ほとんどの個体は地球に来たと同時に体が崩壊し消滅する。
そのおかげで、外部の協力者を含めて現在300名ほどの戦闘員しかいない勇者ギルドが地球を守ってこられた。
だが、件の上空から現れる喰らうモノは今までと明らかに何かが違う。言ってしまえば今までレベル1から成長を開始していた喰らうモノがいきなりレベル20で現れるといった具合である。更に輪をかけて問題なのがその姿である。
喰らうモノを喰った対象の姿や能力を模倣する能力がある。
そして今回の襲撃を仕掛けてきた喰らうモノたちは全て空を自由に飛べるドラゴンの姿をしていたのだ。
「ドラゴンだぁ?てめぇ、あんな羽トカゲどもを竜だなんて呼ぶんじゃねぇ!」
ショウの言葉がルカの逆鱗に触れる……が、それはいつもの事なので特に気にせずショウたちは新たな脅威についての対策を話し合う。
「いっそメビウスパックの量産をしてはどうでしょう?」
「あんな危険物を量産されてたまるか! 喰らうモノの前に地球が滅びるぞ!」
「そもそも材料も予算もないよ~。でも、3日前の襲撃から数は減ってきているからもう少しの辛抱だよ!」
「確かに3日前にあの大きなドラゴン倒してから流れが変わった気がするな。あれが今回の大元だったのか?」
「だ~か~ら~、あれを竜だなんて呼ぶんじゃ……!」
尚もルカが抗議をしようとしたが、それをアラームが遮った。
「また出たか!?」
「いえ、これは別件ですね。以前から神奈川県に潜伏していた大物がみつかったようです」
「ちょうどいい。こいつでもう一度勝負しようぜ!」
他のメンバーよりいち早く情報を取得したヴァイシュの報告に意気込むルカだったが――。
「却下です」
ルカの提案を真白が一刀両断する。
「その任務は私だけで十分ですから、皆さんは先に戻って休んでください」
「え~」
「や・す・ん・で、くださいね!」
「……ちぇっ、わ~ったよ」
「でも1人で大丈夫なのか?」
ルカを笑顔で説得した真白をショウが心配するが、それをヴァイシュが杞憂だと指摘する。
「既に6チームが向かっていますし、同じ空戦隊の鳩子さんも既に参加しています。マシロ隊長と併せれば十分すぎる戦力です。さらに地上隊にはリョウ百人隊長も……」
「ああ、じゃあ大丈夫だな」
リョウという名前が出た時に一瞬肩が震えたルカに対して笑いを堪えながらショウは納得して真白を送り出すことにした。
「というか、その戦力なら行った時には終わってるんじゃね?」
すでに遠くに飛び去った真白を見送りながら呟くルカに無言で同意しながらショウは空を見上げる。この日は雲が少なく月が静かに天に輝いていた。
「どした? また月見でもしたくなったのか?」
「お前、まだ団子が食い足りないのか?」
「出されたものはしっかり食べるがオレのモットーだからな!」
「あれはお前だけに出した訳じゃないぞ。みんなの分まで食って怒られただろ?」
「二人とも、そろそろ帰らないとマシロ隊長がUターンして戻ってきますよ」
「ああ、わかってる」「へ~い」
ヴァイシュの促がされ3人は東京各所に密かに設置されている勇者ギルド本部へと通じる転移場所を目指して移動を開始した。
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