6 旅立ち
「おう、随分マシな格好になったな。よし、入れ」
部屋の前でわざわざ待っていてくれたらしい老人は長い白髭に覆われた顎をしゃくってイルマを部屋の中へ入る様に促した。
「お、お邪魔しま~す」
部屋の中は倉庫としては普通だった。
棚には丁寧に梱包された遺物が置かれ、隅には老人の物と思われる様々な機械や道具が並べられた机があった。
「あの~、ここは一体何なのでしょうか?」
「ああっ? おめー、よく知らずにここに来たんか?」
「すみません!」
「べつに嬢ちゃんが謝るこっちゃねぇだろうが。……上でなんかあったのか?」
さすがに何かおかしいと思ったのか老人が部屋の奥にある棚の一つの前で屈みこみながら近況を尋ねてきたのでイルマは簡単に古代遺産管理局の現状を説明した。
「ふん、ここもずいぶんと衰えたものじゃな。新参の帝国なんぞに虎の子を押さえられるとはな」
「おじいさんは、ここに勤めて長いんですか?」
「馬鹿言うな。わしは働いとるわけじゃない。元々あったわしらの家の上に奴らが住み着いただけの話じゃ」
「……家?」
「聞くより見た方が早いじゃろ。ようやく片付いたわい」
棚に入っていた様々な遺物を片付けると老人は右手で何かの印を宙に描く。
やや遅れて、ズズズッという音と埃を舞い上げながら片付けた棚が壁の奥へ引っ込んでいく。そして、その隙間から遺跡特有の建材、カビ、土などのブレンドされた匂いが漂ってきた。
「10秒で自動的に閉じる。早くついて来い」
ちらりとイルマを見て老人はノッシノッシと奥の暗闇に消えていった。
「まっ、まってくださ~い!」
所々足元に落ちている修理工具や遺物を軽やかに飛び越えてイルマも暗い通路に飛び込んだ。そして、きっちり10秒後、音を立てて棚が元の場所にがっちりと収まり、無人の部屋の照明が自然に消えた。
「おじいさ~ん?」
暗い道を腰に紐づいたライトで照らしながらイルマは下に向かって伸びる道を歩いていく。しばらくは人の手が入った通路だったが途中から自然の洞窟に繋がり壁や足場の感触が大きく変わった。そして、なにより奥から感じるのは大きな魔力のうねりをはっきりと感じるようになった。
(生きている遺跡? なんで本部の地下に……。いや、ユグドラシル本部ならそのくらいあっておかしくはないか)
大きな組織なら秘密の一つや二つはあるだろうと自分を納得させて進んでいくと前に明かりが見えた。
「おじいさ~、ん!?」
たどり着いた先は五階建ての建物がすっぽりと収まるほどの空洞、周りにはかまくら型の建物が10戸ほどあり、そしてその中央には天井に届くほどの高さを誇る円筒型の遺跡が所々緑色に発光して、その威容を示していた。
「これ、まさかゲート!?」
ゲート、かつて魔法使いたちが異世界を繋いだ転移門。現在では数えるほどしか起動していない、古代遺産の中でも文句なしの最高ランクの遺物である。
「でも、この世界には聖王国の首都の一つしか動いてなかったはずじゃ……」
貴重な遺物という枠を超え政治、経済。軍事にも大きな影響を与えるゲートは各世界の統治勢力とユグドラシルも厳しく管理しているはず。
なのに、そのユグドラシル本部の地下に秘密裏に存在する非合法のゲートを目の前にして、改めて母やログが心配していた理由をイルマは遅まきながら理解した。
もしこの存在が表に出るようなことになればユグドラシルの権威は失墜することになるだろうことは想像に難くない。
「ちっ、このガラクタ、まぁ~た機嫌が悪くなったな!」
物陰から聞こえた老人の声の方へ行くと、そこには遺跡に備え付けられたコンソールをスパナで殴りつけている衝撃的な姿があった。もし、この光景を考古学者が見たら卒倒する事請け合いの刺激的な場面だった。
「お、おじいさん、駄目ですって、そんな事してもよくなりませんよ~」
一応曲がりなりにも古代遺産を守る部署に勤めているイルマが慌てて止めに入るが老人は聞く耳を持たずにガンガン殴り続ける。
「い~や、こいつは昔からこうしなきゃ動かんのじゃ! え~い、離さんか!」
「いやいや、そんな無茶な……あっ!」
老人と揉み合っているうちに勢い余ってイルマの拳がコンソールを叩いてしまった。その途端、遺跡の発光色が緑から青に変わりブィィーンと腹に響く重低音が洞窟を震わせ始めた。
「どうじゃ、無駄じゃなかったじゃろ? さてと、カードを寄こせ」
「カードですか? はい、どうぞ」
イルマから例のカードを受け取るとコンソールの溝に差し込み老人はいくつかの握りこぶし大のボタンを押す、というより叩いて操作していく。
「あの~、ところで、これはゲートですよね?」
「そうだ。わしらの先祖は遥か昔に
「それが、なんでまたユグドラシルの地下に?」
「さっき言ったじゃろうが。元々ここに在ったコレを隠すために出来たのが上の建物じゃよ。昔、わしの爺さんがつるんでいた連中がコイツを調べて、そこから魔法使い様の知識を得てユグドラシルという組織を作ったという話じゃ」
それが本当なら今イルマがいる場所こそユグドラシル発祥の地ということになる。かつてユグドラシルを作った魔法使いの後継たちがどこで知識を学んだかは不明とされていたが、老人の話が本当ならば思いがけずとんでもない話を聞いたことになる。
(これ、任務終わったら私消されるパターンじゃないかな?)
額から嫌な汗が流れるが、覆水盆に返らずである。最早覚悟を決めて進むしかないのだが、その前に今更な疑問を老人にぶつけた。
「これがゲートなら私はこれから違う世界に行くんですか?」
「当然じゃろ。このカードには座標が入っとる。設定が終わればいつでも飛べるぞ」
「あの~、私は一体飛んだ先で何をすればいいのでしょう?」
「そんなのわしが知る訳なかろうに」
「ですよね」
なんとなく予想はしていたがこの老人はあくまでゲートの管理人でそれ以上でも以下でもないようだ。
「わしゃ、よくわからんがカードに書いてあるもんじゃないのか?」
「いえ、ここの地図しか表示されていませんでしたけど……」
「ふ~む。まぁ、行けばなんかあるじゃろ。そろそろ設定が終わるぞ」
ガチャガチャとボタンを押し続けていた老人が最後にコンソール中央にあるレバーを手前に引くとゲートの内部へ続く階段が地面からせり上がり、その先にあるゲートの外壁が上にあがり内部へ入れるようになった。
「私の故郷のゲートとは大分違いますね、これ」
イルマの世界では円状に設置され石柱の中心に魔法陣が描かれそこに入ると転移できるという代物で、こんな大がかりな仕掛けはなかったし、イルマの拙い知識でも他の世界のゲートも似たり寄ったりのはずだった。
「ほれ、考え事は向こうでやれ。コイツの機嫌が悪くなる前にさっさと行け!」
「ひゃう!」
お尻をバシンと叩かれたイルマは恥ずかしさよりも痛さに顔をしかめながら階段を駆け上がっていった。
「それじゃ、行ってきます!」
ゲートに入る前に老人に手をふって別れを告げるとイルマはそのままためらいなく青い光に包まれた内部へと入っていった。
それを見届けた老人がレバーを元に戻すと壁が閉じ振動が激しく洞窟を揺らす。
「むぅ、いつもより機嫌が悪いのう。いや、違う、むしろ機嫌が良いのか?」
青い光が内部から洩れゲート全体が包まれ、まるで巨大な火柱があがっているようにも見える。こんな現象は老人が守り人になってから初めて見る現象だった。
やがて青い光が次第に薄れるとともに振動も弱まり、やがて遺跡から全ての光がきえさり元通りの静寂が洞窟を支配した。
「……はて、完全に光が消えてしもうたな。こんなのは初めて見るぞ」
普段は転移が終わると階段も自動で元に戻るはずなのだが、まるで力を使い果たしたかのように遺跡は完全に沈黙してしまっていた。
「あの嬢ちゃん、ちゃんと帰ってこれるのかのお」
しばしその場で佇んだ後、考えても仕方ないと思った老人は貯まっている仕事を片付ける為に作業部屋に帰っていくのだった。
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