5 秘密指令

 「このカードは、まぁ言ってみれば秘密指令書といったもんだ」

 「秘密……指令書?」

 「ああ。お前、このカードに描かれている模様の意味は分かるか?」

 「一つはユグドラシルの紋章ですよね。もう一つは見たことないですけど」

 「これはな、ユグドラシル総長の紋だ。つまり一番のお偉いさんからの直々の指令って意味だ」


 魔法使いの遺産はユグドラシルが管理する。これは異世界間条約で定められた基本中の基本、誰もが知っている事である。

 しかし、全ての勢力がそれに大人しく従っている訳はない。

 遺跡の機能を解析し、その技術を得れば他の世界に一歩先んじることが出来る。

 なによりユグドラシルという常に上から押さえつけてくる存在を排除したいと願う権力者はいつの時代もいる。

 そういった勢力とユグドラシルは今までも、そしてこれからも暗闘を繰り広げていく。このカードはユグドラシルの暗部への有り難くない招待状なのである。


 「と、まぁ、そんな訳でこいつに書かれている任務は恐らく相当ヤバイ任務だ。成功しようが失敗しようが、お前さんはもう後戻りはできなくなるぜ。だから、選ばせてやる」


 戦士から先輩の顔になったログはカードを机に置いてイルマに視線を合わせて。


 「全てを捨てる覚悟で受けるか、それとも今すぐ故郷に帰るか。どっちでも好きな方を選べ。そもそもうちの状況は見ての通りだ。勝手に辞めても誰も文句は言わねぇよ」


 イルマがどんな思い、理想を持ってここに来たのかはログには分からない。だが、イルマが真に有能な人物なら再びここに返り咲くこともできるだろう。

 ログも監視されておりバックアップできる人間は誰も居ない。孤立無援の状況で右も左も分からないルーキーを1人で危険な任務に送り出すほどログも感情が枯れているわけではない。


 (こんな時にこんなモン寄こすなんて……。いや、初めから今この状況を想定してコイツをスカウトしていたのか?)


 内外に敵が多いユグドラシルの幹部ともなればその位はやるだろう。むしろ、今の外部圧力に屈して活動を制限されている状況こそログからしてみたらおかしな事に思える。


 (ココを囮にして本命を動かすってことか)


 ユグドラシルがそこまで警戒する相手は魔導帝国以外にはないだろう。


 (相手は帝国。それをコイツ1人にやらせるってのか?)


 ログはイルマの経歴をもう一度思い出す。

 両親ともに元ユグドラシルの地方組織協力員。イルマ本人は15歳で協力員に登録。わずかな訓練期間を経て、故郷の研究院が行った遺跡調査に参加。そこで成果を上げたのを機に本部へ移動という運びになったそうだが……。


 (そういや肝心な部分が書いてなかったな。だが新人を捨て駒にするってのは趣味が悪すぎるぜ、あのおっさん)


 一方、ログの忠告を聞いていたイルマは、特に悩む様子も見せずに机に置かれたカードを拾い上げる。


 「もしかしてと思っていたが、お前バカだろう?」

 「酷いですよ! まぁ、確かに勉強は得意じゃありませんでしたけども」

 「はぁ。もう一度確認するが、これはヤバイ任務だぞ?」

 「古代遺産管理局に関しては母から色々聞いていましたから大丈夫です!」

 「おまえのおっかさんも大概酷い目にあったんだな……」


  呆れた様子のログがポケットから指輪を取り出すと、それをイルマに投げて渡した。


 「リィ・バール・オージって唱えてから指輪をカードにかざせ」

 「古代語で、偉大なる始祖のために、という意味ですよね。始祖って……?」

 「さぁな、俺も意味は知らん。その指輪は貸してやる。カードの内容を見たらすぐに行動に移せ。そんで全て終わったら返しにこい」


  そう言ってイルマの脇を通り抜けてログは振り返らずに部屋を出ていった。


 「なんかいきなりハードな展開になっちゃいましたね。さってと~、では早速やってみましょうか。リィ・バール・オージ!」


 左手にカードをもち右手の指輪を近づけるとカードが発光して地図が表示された。


 「私、まだこのあたりの地理に詳しくないんですけど……。お、あれ、ここって」

 

 地図はある高層ビル、その地下にある一室が赤く点滅している、その場所は――。




 「というわけで、到着しましたけれども……。何もないし誰もいないね」


 とりあえず階段を降りて印のつけられていたと思しきユグドラシル本部ビル、その最下層である地下五階まで来たところでイルマは途方に暮れていた。なぜなら地図にあった部屋が見つからないのだ。


 「一応曲がりなりにも遺跡調査員なんだから、このくらいの謎はパパッと……」


 拳を握りしめて力説するイルマの目の前でブシューと空気が抜ける音がして壁に切れ目が入りスライドし、中からイルマの身長の半分ほどの大きさの人影が顔を覗かせた。


 「部屋の前で何をごちゃごちゃわめいとる。ほれ、早く……。ん、おめぇ、見ねぇ顔だな。新人か?」

 「え、は、はい、新人ですけど……」

 「ふ~ん、おめぇ、そんなナリで行く気か?」

 「は? ナリ?」

 「どういう教育受けてんだがな。待っててやっからとっとと準備を整えてこい!」

 「は、はい~!」


 男の怒鳴り声に背中を押されるようにして階段を駆け上がり女子更衣室に飛び込むとロッカーに置いてある故郷から持ってきた愛用の装備品を手早く身に付けていく。


 (準備ってコレでいいのかな?そもそもあそこ何なんだろう?)


 着替えながら地下の部屋について今更ながら考える。

 本部に招集される前に貰った資料には地下は全て資料や遺跡で発見された物などを保管する倉庫だと書いてあったはず。地上30階に多くの部署が存在するユグドラシル本部なのだから地下に大きな倉庫がある事には大して疑問も覚えていなかったのだが……。


 (でも、あの扉の向こうの匂い。少し遺跡に似た匂いがしていた気がする)


 緑色のポケット多めのジャケットの下に短パン、ハイソックス、腰にポシェット、そして母から譲られたナックルガードとレッグガード、そして以前に貰ったペンダントを付け直し準備完了。髪を簡単に後ろにまとめて帽子をかぶったイルマは全力ダッシュで来た道を戻っていった。

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