第10話 [種族]③


「遥か昔に突然現れて各地にひっそりと存在していたのですが、人間は瞬く間に絶滅してしまったんです」

「絶滅!?誰も生き残らなかったんですか!?」

「とても脆くて死にやすい種族で、それなのになぜか身を守る力を持っておらず、人間の血肉や魂は一部の種族にとって最高級のアイテムなので……乱獲された結果絶滅に至りました。人間がこの世界で存在できていただけでも奇跡なんです」


……思わず言葉を失った。自分と同じ人達がここに存在していて、でも絶滅していて存在していない。


それはここにいる唯一の人間の僕がとても貴重な存在で、同時にとても危険な状態になったってことになる。


今、この瞬間にでもルルゥさんのためにスチュワードかマグダが僕を殺すこともあり得る話だ。


二人をこっそり盗み見てみたけど、無表情のまま微動だにしていない。


「そこでカル様に提案がございます。この世界で後ろ盾のないカル様を私がお守りする代わりに、私に血や魂を分けていただきたいのです」


今までの言動から考えてルルゥさんは良心的に見える。雑な扱いをせず僕を助けてくれた。この世界の唯一の人間だとしても、無理矢理従わせるんじゃなくてこうしてまず提案してくれる。


それだけで信用してもいいかな、と思うくらい正直僕は精神的に弱っていた。


「血は量によりますけど、魂って……」

「この提案を呑んでいただいたあとに詳しい条件を決めましょう。私はカル様の身の安全を提供します、カル様は私に力の源を提供してください」

「……わ、わかりました」


不安から両手を祈るように握ると、身を乗り出したルルゥさんにその手をそっと握られた。僕を安心させるように微笑むとすぐにその手は離れていく。


「これでカル様はルルゥ=ローゼン=ヴァンブラッドの庇護下に入りました。このあとの詳しい条件は一気に決めてしまわず、カル様が少し休まれてからにしましょう。体は癒せても心はお疲れだと思いますので」


確かに言われた通り頭があまり働かない。『休む』の言葉にもう全身が休みたがっている。


「スチュワード、客室までお願いします」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


ソファーから立ち上がると移動し始めるスチュワードの後ろをついていく。あんまり遅いとまた鷲掴みにされそうなので、なるべく早足で置いていかれないように歩いた。


ルルゥさんが話している間、二人とも機嫌が悪そうにしていたけど……これ二人きりになって大丈夫かな?


「ご心配なさらずとも貴方に手は出しませんよ」

「えっ、なんで……」

「いえ、わかりやすく怯えていらっしゃいますので。姫様にとって貴方が貴重な強化アイテムであり、更に庇護下にあるならば私は貴方をお守りする義務がございます」

「アイテム扱い……」

「私からすれば人間というのは神の気まぐれで世界にばらまかれ、世界情勢を変えた迷惑なアイテムでしかありませんので」


軽く息が上がって来た頃にようやく客室に到着し、丁寧に扉を開けたスチュワードは僕を中に促したあと、扉を閉める前に初めて微笑んだ。


「ですが、このタイミングで貴方が現れたことは心から喜んでおりますよ」


バタンと意味深な言葉を残して閉まった扉を背にして、僕はすぐ近くの広いベッドに倒れ込んだ。考えたところでわからないものはわからない。


いろいろありすぎて頭がパンクしてしまいそうだ。すべて投げ出してしまいたいけど…僕は生きている。


ここは魂の国でなければ夢の世界でもない。僕はあんな目に合いながらちゃんと生きていて、人間だからという理由で美少女吸血鬼の庇護下に入れた。


今はそれだけわかっていればいい。


目を閉じるとすぐ眠気が襲ってきた。起きたら、魂をあげるのは、無理だって伝えなきゃ……。


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