第3話 [始まりの土地]


そよそよと頬に当たる風がひんやりとしていて心地いい。青く生い茂った草と肥えた土の匂いがする。さっきまでの痛みはなく、意識がなくなる前に僕はあの時に『死んだ』と確信したので、きっとここは魂の国なんだろう。


「ん……」


眠りすぎたみたいにばきばきになっている体を動かして目を開けると、きらきらと星が光る薄暗い夜の下、そこは見たことのない森の中だった。魂の国にしては……すごく質素な場所だなぁ。


手足の感覚はある、頭もはっきりしている。なぜか服も着ている。しかも死ぬ前に僕が着ていた服だ。ポケットに入れていた羊のおやつはなくなっていたけど、必要ないからかもしれない。


これが聖国の信仰している大地の神が住む魂の国ならば、死者の魂を迎えるために盛大な音楽が鳴っていて、白くて柔らかな雲の絨毯の上を導き手の美人に手を引かれているはずなのに。


所詮、信仰はただの信仰で魂の国は想像でしかないってことなんだろうな。


「うーん。村の出身は雲の絨毯じゃなくてけもの道なのかもしれないし、とりあえず歩いてみよう」


ざくざくと粗い道を進みながら、僕は周りに神へと導いてくれる美人がいないか探す。いや、もしかしたら導いてくれる人も村出身なら格が下がって人ではないかもしれない。


僕は別に聖国の信仰者ではないけど、村に伝道師様が来たとき聖国の教典を読んでもらったことがある。死ぬと魂の国に迎えられたのち、魂の転生をするために生きていたときの信仰心を神に捧げて新たな生をいただくらしい。信仰心の高さで待遇が決まるみたいなので信仰心が低いと転生が後回しになる。


信仰心はほとんどないに等しいけど、なにもしないでいるよりはさっさと向かって転生待ちでもなんでもしていよう。死後の体験なんて初めてするんだから、今のところすがれるのが信じてもいない教典しかないのが悲しい。


けもの道をしばらく進むと急に整備された道に繋がり、恐る恐る道に出てみるとその先に大きな城が見えた。村の女の子が持っていた絵本に出てくるお金持ちのお姫様が住む城みたいだ。


「それにしても……村のみんなはどこにいるんだろう?」


ふと脳裏に焼け焦げていた黒い人のようなものが頭に浮かぶ。痛みでパニックになっていたあのときは自分のことしか考えられなかったけど、もしあれが村のみんなだったとしたら……あの熱くて苦しい赤と黒の世界のなかに僕といたのなら……。


魂の国についたタイミングは同じくらいだから、きっとどこかにいるはず。今はとにかく誰かに会いたい。


まだ来てないかもしれないし、とにかくけもの道の先に行かなくちゃ。


不安な気持ちに少し混ざった希望を胸に、粗い道を小走りでざくざくと走った。走っているうちに急に寂しさが込み上げて少し涙が出たけど、それを拭うのも忘れてひたすら走った。


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