第4話

 現世から隔絶された煉獄の世界へ行くには、死人でなければ特別な術に頼るほかない。

 火の村ラトルに「ある」、もしくは「いる」、斧が突き刺さった斧寺という名前の不思議な巻き藁に離魂術をかけてもらい、魂だけになったアルドはオリバーの息子を追った。



 大捜索を覚悟し、まずは魂の宿へ走って向かったアルドだったが、運良くそのすぐ近くでオリバーと同じ顔の人物を見つけた。

「あ!なあ、あんたサルーパで俺に声をかけてきた人だよな?」

男は驚きながらも答えた。

「あ、ああ。そうだけど、あんたどうやってこんな所まで……」

「すぐに見つかってよかった。俺のことは、今は置いといてくれ。聞きたいことが色々あるんだ」

 気まずそうに男の目が泳いだ。

「な、なんでしょう……」

「あんたの親父さんの名前は、オリバーじゃないか?」

 宙を泳いでいた目は、はっと見開いてアルドを捉えた。

「そして、娘の名前は、サルビア」

「二人に会ったのか!?」

「ああ。あんたは俺をあの二人に会わせたくて、森の魔物を追い払ってくれって頼んだんじゃないのか?」

「そうだ。今までも何人か腕の立ちそうな旅人に、同じように依頼して森に向かわせていたんだが、二人に会って無事に戻ってきたのはあんたが初めてだ。みんな魔物にやられて逃げ帰って来たり、魔物までは倒せても森に入っていった後で酷くやられてしまって、どうにもならなかったんだ……」

「ってことは、やっぱりあんたもサルビアが今のままじゃいけないってわかってたんだな?」

 男は静かに頷いた。

「それが聞けてよかったよ。だけど、じゃあ、そもそもなんでサルビアを置き去りになんてしようとしたんだ!そのせいであの子は……」

「わかってる。俺が間違っていたんだ」

「……何があったのか教えてくれないか?俺はそれを聞きに来たんだ」

「そうか。その様子だと、親父からも事情は聞いてきたんだよな」

「ああ。オリバーが亡くなる前に、あんたに魔力を授けたってところまでと、それとベガの森でのことも」

「妻のことは?」

「妻……?もしかして、ラトルであんたの面倒を見てたっていう……」

「そういえば、結婚したのは親父が死んだあとだったか……」



 男は寂しそうに昔を思い出しながら語り始めた。

「親父が俺の中に何か力を遺したのには気づくことができたんだ。ぼんやりとだがな。それまでは特に生きる目的もなく、気力もあまりないまま、ただ彼女に生かしてもらっているだけだった俺にも、その力を使えるようになることが目標になったんだ。何の才能もなく、魔法と真剣に向き合う努力もしてこなかったが、あの時だけはな。そうだ、その頃に彼女が言ってくれたんだ。『私がこれからずっとそばで見てるから、協力するから、頑張ってね』って」

 男の目には涙が浮かんでいた。

「それからしばらく自分なりに魔法の勉強や鍛錬を続けていくうちに、段々と親父の遺した力をはっきりと感じ取れるようになっていったんだ。まだそれを使うことはできなかったが、着実に進歩はしていると感じていた。だが、はっきりと感じ取れるようにはなったのに、そこからはずっと変化を起こせないまま長く停滞し続けた。あまりの進歩の無さから、次第に俺は苛立ち、少しずつ魔法の勉強を怠るようになっていった。そんな時でも妻は力強く俺を励まして勇気づけてくれて、決して諦めようとはしなかった。そんな強い彼女に、俺は甘えてしまったんだ……」

「どうしたんだ?」

 男の目からは、涙が一筋溢れていた。

「俺は妻に言ったんだ。『俺には魔法の才能がとことん無いようだから、自分でこの力を使えるようになるのは諦めて、別の方法を探したい』ってな」

「別の方法……?」

「子どもを作って、さらに親父の魔力を継承させることができたら、その子を大魔導士に育てようと提案したんだ。曲がりなりにも魔法の勉強はしていたから、親父の遺した魔力を使うことはできなくても、移動させることならできるかもしれないと考えた。妻は『協力するって言ったから』って、受け入れてくれたよ。それからしばらくして、妻のお腹には俺の移した親父の魔力と一緒に子どもが宿り、どんどん成長していった。だけど、その一方で妻の体調は良くないように見えた。俺は心配だったんだが、彼女にこういうものだからと言われると納得せざるを得なくて、とうとう身の回りのこと以外俺にできることが特にないまま、出産の日を迎えた。そして、その日、妻はあの子を……サルビアを産むと同時に力尽きた……」

「そうだったのか……」

「俺が甘えた……俺が娘を大魔導士にしようなんて言わなければ、妻は死ななかったかもしれない……。だけど、妻が命がけで娘を産んだことで、俺はもう絶対に後には引けなくなった。今度こそ途中で諦めてはならない。諦めたら、妻の命が無駄になってしまう。そう思えば思うほど、俺は親父の魔力と娘の力を覚醒させなければならないと固執していった」

 アルドは腕を組み、睨むような厳しい目つきで彼を見ていた。

「……」

「娘の人格や思考力がある程度はっきりとするまでラトルで過ごした。今の年齢になるまではな。そしてある時、空に大穴が開いて村中大騒ぎになったことがあったんだ。結局あの騒ぎはすぐに収まったようだったけど、俺はそのまま村にいるのは危ないと思って、サルビアと遠くへ避難することにした。だけど、宮殿の方へはどうしても戻りたくなくて、ゾル平原から海を渡ってあのサルーパって村まで辿り着いたんだ」

「よく無事だったな……」

「あの時は、ただ妻の遺した子を守らないと、って必死だったんだ。いや、守ろうとしていたっていうのは少し違うか。どちらかと言えば、とにかく大成させたいという一心で守りたかったという方が正しいな……。だから、サルーパで魔女の噂を聞いた時、それに縋るしかないと思ったんだ」

「魔女ってまさか、ベガの森の?」

「ああ。でも、サルーパに渡ってしばらくは、俺なりに娘に魔法を教えようとしてたんだ。その間に魔女の噂を聞いて、すぐにでも願いを叶えてもらおうと思ったんだが、先に若い男女がその魔女のところへ行ったらしくてな、少し様子を見ることにした。その二人が願いを叶えて帰って来るまで待つつもりだった俺は、その間にも娘に魔法を教えていたんだけどな、やはり成功しなかった。俺のやり方ではダメだった。結局その若い男女は一緒に帰って来ることは無く、不安だったが俺も娘を連れて森へ向かった。しかし、あの森で魔物から逃げつつどれだけ探しても、魔女を見つけることはできなかった」

「……」

 アルドは自分と仲間がその魔女を倒したとは言わなかった。

「どうにも手詰まりだった……。俺は何がいけなかったんだとそれまでのことを振り返った。人に甘え、怠けてばかりの自分の人生を振り返って、人はあえて厳しい状況下に置かれないと何もできないのかもしれないと考えた。そしてそこで、握っていたサルビアの手を離した……。魔物のうろつく森でサルビアを一人にし、窮地に立たせれば、眠っている力が発揮されるかもしれないと……」

「違うだろ!子どもに厳しくするってそういうことなのか!?小さい子をあんな危険な森に一人で……普通だったら死んでたっておかしくない……」

 その言葉を遮って彼は言った。

「結果としてあの子の力は覚醒したじゃないか!そんな危険な森で生き延びたんだ!あんただってあの二人と会ったなら戦ったんじゃないのか!?強かっただろう、こんな俺なんかの死体で造ったあの子のゴーレムは、強かっただろう!?」

泣き叫びながら詰め寄ってくる彼に、アルドは上手く言い返すことができなかった。

「あんたは……」

 膨れ上がった感情が破裂して萎むように、彼は肩を落とした。

「わかってるよ……俺は間違ってる……。だから報いを受けたんだ。でも、だったら……これが間違ってるなら、俺はどうしたらよかったんだ……!俺は……!間違った方法でしか、あの子に何も与えてやることができなかったんだ……」

 彼は顔を覆いながら滂沱の涙を流していた。

「……話してくれてありがとう。あんたがサルビアを捨てたくて森に捨てようとしたんじゃないってわかっただけでもよかったよ。俺はまたサルーパに戻って、二人にこのことを伝えなきゃいけない。サルビアの為にもな」

「迷惑をかけてすまない……本当に申し訳ない……。できればサルビアにも、そう謝っていたと伝えてくれないか……」

「ああ、やってみるよ。だけど最後に確認したい」

「……?」

 男は泣き腫らした顔のままアルドを見上げた。

「サルビアはあんたが手を離した時、すごく嫌がったんじゃないか?離れたくないって」

「ああ、そうだった……」

「本当は、それがすべてだったんじゃないか?」

 そう言い残してアルドは煉獄界から現世へと戻ろうとしたが、男に呼び止められて振り返った。

「俺も、言い残したことがあるんだ。あんたには言い訳のようにしか聞こえないかもしれないけど、あの子の名前……サルビアっていうのは、俺と妻の、思い出の花の名前なんだ。ラトルの近くでよく見られる花で、俺が生きる気力もなかった時、彼女が毎日俺に見せてくれた……。それをあの子の名前にしようって、二人で決めてたんだ。俺はあの子にちゃんと接してやれなかった。魔法のことばかりに固執して酷いこともした。無責任なことはわかってる。だけど、俺にとって愛した人との間にできた、本当に愛すべき大切な子なんだ……この思いだけは、信じてほしい……」



 一方、その頃サルーパの宿屋では、すでにサルビアが目を覚ましていた。

「サルビア、ここは安全な場所じゃ。ここに魔物はおらんからな、安心して眠るといい」

「ううん、もう大丈夫。平気だよ。お父さんは大丈夫?けがしてない?」

「あ、ああ。平気じゃ。しかし、せっかくこれだけ安らげる場所に来たんじゃ。ゆっくりたっぷり休んだらいい」

「……お父さん……ここ、どこ?」

「あー……えーと……そうじゃな……」

 人の集まる村の中とは言い出せず、オリバーがどう誤魔化すべきかと答えあぐねていると、不意に部屋の扉をノックする音がした。

「失礼します。お嬢さんの体調いかがですか?お食事を……」

 扉の向こうから宿屋の主人の声が聞こえると、サルビアはすぐに反応した。

「誰……?」

 次第にサルビアの魔力が高まり、部屋中に張り詰めた空気が満ち、それはすぐに部屋の外にまで溢れていった。

「え……な、なに……?」

 宿屋の主人がその異様な空気に戸惑っているのを察し、オリバーは大声で指示を出した。

「我々のことは構わず、離れていてください!」

 指示通りに外に出て、宿屋の主人は助けを求めた。宿屋の中に満ちていた空気はすでに村の中でも広まり始めていた。

「だ、誰か……!」

 その時、ちょうどサルーパへ帰ってきたアルドは異変を察知して急ぎ宿屋に向かった。

「これは……まずい!」

 宿屋の前ではその主人が混乱した様子で、ただオロオロとするばかりでいた。

「大丈夫か!何があったんだ!」

「わかりません!さっきあなたと一緒に来た人達の部屋に声をかけたら、なんだか急に……」

「もしかして、サルビアが目を覚ましていたのか……とにかくここは危ない!あんたはどこか別の家に隠れていてくれ!ここは俺がなんとかする!」

「お願いします!」

 離れていく宿屋の主人とは逆に、アルドは宿屋の中へ入っていった。



 部屋の中では無力にもオリバーがサルビアを制止しようと、自らの体を動かないように抵抗していた。

「サルビア……落ち着いてくれ……頼む……!」

「嫌……何……?どこ……?」

 はち切れんばかりの圧力によって部屋の扉が勢いよく開いた瞬間、同時に外からアルドが駆け込んできた。

「オリバー!大丈夫か!?」

 アルドが声を上げた瞬間、オリバーが部屋から飛び出し、両者は宿屋の受付で衝突した。

「うわっ!?」

 オリバーの一撃を受け、反射的に剣を抜くアルド。

「アルドさん、まずい状況になってしまいましたが、息子には会えましたか……ぐ……」

「ああ……やっぱりそうだった。ちゃんと話も聞けたよ。でも、今はそれよりこっちをなんとかしないと……うおっ!」

 必死に自分の体を抑え込みながらアルドに問いかけるオリバーだったが、ついに抑えが効かず、アルドに飛び掛かってしまう。

「サルビア!止まってくれ!この人は敵ではないんじゃ!」

 しかし、彼女は聞く耳を持たない。

「嫌……お父さん……」

「……!もしかして、オリバーを父親だと思ってるのか!?」

「実は、この子はずっとわしのことを父と呼んできたのです……気づいていないのか……あるいは……危ないっ!」

 言葉を交わしながらも、狭い宿屋の中で激しい攻防は続いていた。

「お父さん……やだ……いかないで……」

 オリバーの猛攻を躱しながらも、アルドはその言葉を聞き逃さなかった。

「違う!この子はちゃんとわかってる!お父さんが自分を置いていこうとしたのも、もういないことも……!その時のことを覚えてるんだ!」

「やはり……今でも父が傍にいると思い込もうとしていたんじゃな……」

「そうだ……」

 アルドはサルビアの父から聞いた話を思い出す。


  『結果としてあの子の力は覚醒したじゃないか!』


「違う……大切なのは……」


  『わかってるよ……俺は間違ってる……。だから報いを受けたんだ』


「大切なのは……正しいとか、間違ってるとか、そんなことじゃなかったんだ……!」

 オリバーの重い蹴りを受け切って弾くと、彼の体は翻り、着地の瞬間に隙が生まれる。森での一戦の再現となり、オリバーは声を上げた。

「アルドさん!今度こそ……」

 全力で、と言いかけたその時、アルドは剣を収めた。

「ああ。今度こそ、俺は戦わない」

「アルドさん……何を……」

「俺達が戦う理由なんてない。戦うべきじゃないんだ」

 その時、オリバーは自分が宿っている息子の体の、その両足に力が込められているのを感じた。

「いかん!!アルドさん!!」

 地面を踏み込み、溜め込まれた力を一気に解放した足は全身を爆発的に加速させ、一直線にアルドの元へと突っ込んでいく。

 しかし、アルドは一歩も動くことなく、静かに、そして優しくサルビアに語りかけていた。

「俺は敵じゃない」

「!!……待って……」

 サルビアがオリバーを止めようとした直後、彼の高速の突進から繰り出された拳がアルドを捉えた。その体はまるで重みの無い人形のように簡単に吹き飛ばされ、壁に激しく叩きつけられた。

「がっ……は……」

 吐き出された大量の血と共に力なく地に伏したアルドは、そのまま動かなくなった。

「なんということじゃ……」

「あ……あ……」

 呆然とするサルビアを見て、オリバーは戦いに縛られていた体を自ら動かせるようになっていたことに気がつき、即座にアルドの容態を診た。

「アルドさん!しっかり……アルドさん!」

「ぐふっ……がはっ」

「出血が多すぎる……これでは……!」

 アルドの体に刻まれたダメージの大きさを見て、オリバーはすぐに自分の核となっている魔力の全てを集中させた。

「頼む……足りてくれ……!」



 オリバーはその様子を背後から見ていたサルビアに声をかけた。

「……サルビア、来なさい」

 そこには、少し前までの魔力による主従関係はもはや無く、ただ祖父の言葉に従う孫の姿があった。

「わしはこの残り少ない魔力と精神の全てを捧げてこの方を、アルドさんを治療する。故に、それが終わればわしはもう逝く。わしがこれから言うことをよく聞きなさい。よいな?」

 サルビアはポロポロと涙をこぼしながら、静かに頷いた。

「良い子じゃ。そして君は賢い子じゃ。本当はずっと、父からされたことも、父にしたことも、わしが誰なのかも全てきちんとわかっておったな?」

 サルビアはもう一度頷き、しゃくり上げながらも言葉を絞り出した。

「ご……ごめんなざい……」

「わかっておる。あの森で起きたことはあまりに酷かった。何がいけなかったのか、どうすればよかったのか、わしが君の立場だったとしても答えを出すのは容易ではなかったじゃろう。しかしサルビアよ、それらは決して君からは離れてくれん事じゃ。これからもずっと君が逃れることはできんじゃろう。だからこそ人が大事なんじゃ。一人でいては得られない人との繋がりが、そうした苦しい過去と付き合い、生きていくための力になる。すぐにとは言わん。君の一番近くにいた父は良い父ではなかったからの。この世の中、良い人ばかりではない。たとえ良い人でも、良いところばかりではないものじゃ。だが、悪いものばかりでもない。アルドさんの姿を見たじゃろう。親でもなく、兄弟でもない彼が君の為に体を張ってくださったんじゃ。あの勇姿と御恩を決して忘れてはならんぞ。わしが逝った後は、アルドさんの言うことをよく聞くんじゃ。この人はもう、わしらの事情をよく知っておる。もしそのあとで世話になる人がいたら、その人達の言うこともよく聞くんじゃ」

「はい……はい……!」

 サルビアはか細い声で祖父の言葉ひとつひとつに返事をした。


 少しずつ薄れていくオリバーの気配と反比例するように、アルドの顔には生気が蘇ってくる。

「そろそろじゃな……」

「げほっ……ごほっ……!」

 目を覚ますアルドの様子を見て安堵したオリバーは、徐々に息子の体から離れていく。

「お……オリバー……助けてくれたのか……」

「何を言いますか。助けられたのは我々の方です」

「行っちゃうのか……」

「ええ、大変、お世話になりました」

「サルビアのことは、俺が送り届ける……安心してくれ……」

「おじいちゃん……!」

 サルビアは薄れゆく祖父の意識に向けて言った。

「今まで……いっぱい……ごめんなさい!!」

「ほっほっほ。いいんじゃ。孫が人にちゃんと謝れる子になってくれて、わしは誇らしいよ……サルビア……」

 にっこりと微笑みながら、オリバーは天へと昇って行った。

 隣に座る少女の泣き喚く声を聞きながら、一度瀕死となったアルドはそのまましばらく眠りについた。



 朝日に包まれて目を覚ますと、アルドは宿屋の布団の中にいた。そして、その傍らには小さな寝息を立てるサルビアが寄り添っていた。

「なんだか、さっきまでのことが嘘みたいだな……」

 アルドの動きを感じてか、サルビアも目を覚ました。

「あ……」

 気まずそうにしているサルビアを見て、アルドは優しく声をかけた。

「俺はアルド。ちゃんと話すのは初めてだな。改めてよろしく、サルビア」

「あ……アルドさん……あの……ご、ごめんなさい……!」

「ああ。オリバーが言ってた通り、ちゃんと謝れるのは大事なことだって、俺もそう思うよ」

 すると、コン……コン……と小さく部屋の扉をノックする音がした。

「あのぉ……」

 宿屋の主人の声を聞き、アルドは室内で大立ち回りを演じた挙句、その場で気絶したことを思い出した。状況から察するに、誰かがここまで運んで休ませてくれたことは間違いない。

「あ!もう大丈夫だから、すぐそっちに行くよ!……サルビア、平気か?」

「……はい」

 アルドとの戦い、そして祖父との別れを経て、内に溜め込んでいた苦しい過去の記憶を滝のような涙と共に流し出したサルビアは、戸惑いこそあれ、人と接するだけでパニックに陥ることはもうなかった。



 二人が受付へ戻ると、机や椅子の位置は元に戻っていたものの、壁や床があちこち戦いの跡で傷だらけになっていた。

「うわ……!すいません、こんなにめちゃくちゃにして……修理するの、手伝います……」

「そ、そうしてもらえると助かります……」

「わ、私も……!」

 サルビアはアルドの後ろに隠れながらも、申し訳なさそうに名乗り出た。

「ああ、一緒に直そうな……」

「それで、もう一人の男の人なんですけど……」

「あっ……それについてはちょっと、というか、かなり複雑な事情があって……」

「そうですか。詳しくは聞きませんが、ここには置いておけないので、昨日村のみんなに手伝ってもらって、チャロル草原の道から少し外れた所に、勝手に埋葬させてもらいました」

「昨日ってことは、俺もしかして一晩寝てたのか?」

「はい」

「本当に、色々とありがとう……一度、墓を見てきてもいいかな?それからまた戻って来るからさ」

「わかりました」

「じゃあ、またあとで。行こう、サルビア」



 サルビアの父の亡骸は、サルーパからそう遠くない場所に埋葬されていた。アルドとサルビアはそれぞれ花を手向け、オリバーとその息子へ静かに祈りを捧げた。

「……なあ、お父さんのこと、どう思う?」

「……よく、わかりません」

「もし、お父さんが君のことを嫌ってたわけじゃないって言ったら、信じられるか?」

「え……お父さんに会ったんですか……?」

「うん。でも、もう魂だけの状態だから、一緒にはいられない……だけど、もしかしたら、今からでも会える可能性はあるかもしれない……」

「……わからないんです。お父さんが私をどうしたかったのか、私はどうしたらよかったのか、私がお父さんをどう思ってるのかも……」

「自分が……?」

「お父さんのことはひどいと思ったけど、お父さんはずっと何かにすごく一生懸命で、魔法のこととか、難しいことをたくさん私に教えるのに必死で、少し怖くて……あの時、森で、お父さんに遠くに行ってほしくないってすごく強く思った時、お父さんは苦しそうだった。私のせいだって思ってすごく怖くなって、だけど、その時のお父さんは少し嬉しそうな顔もしてて、わからないんです……。だから私、お父さんに会いたいけど、怖くて会いたくなくて、わからなくて……」

「ご、ごめん。そうだよな。悪かった。今はサルビアが落ち着けるまで、ゆっくり自分のペースで過ごそう」

「……はい」

「そうだ、パルシファルでもサルビアのこと、ちゃんと話してからじゃないと不安だよな」

「パルシファル……?」

「君のおじいさんの知り合いで、面倒を見てくれるだろうって人がいるらしいんだ。宿屋の修理が終わったら向かうつもりだけど、大丈夫そうか?」

「……」

 サルビアは不安そうに地面を見つめていた。

「俺も旅があるから、ずっとは一緒にいてやれないけど、その人のところまでは一緒についていくし、サルビアがそうして欲しかったら、旅の途中に様子を見に行ったりもするからさ」

「……が、がんばります。人との繋がりを大切にしなさいって、おじいちゃん言ってたから」

「……そっか。そうだな」

 二人はもう一度墓に祈りを捧げ、サルーパへと戻っていった。



 一方、煉獄界では、ゴーレムの一部となっていた意識と共に魂が生前の姿を成したオリバーと、その息子の魂が再会を果たしていた。

「親父……」

「この大バカ息子が……実の娘を森に捨てるとは何たることじゃ……!」

「ああそうだよ……俺が悪いんだ……だからこうして報いを受けたんだ」

「報いを受けたじゃと!?貴様、自分の娘に父親を殺させるような真似をしておいてよくもそんな……!」

「だからそれも俺が悪いんだ……。だが結果として賭けには勝ったんだ!魔法の才能も何もなかった俺が、あんたの力とあの子の魔力を覚醒させられた。成功はしたんだ!俺なんかの体で造ったゴーレムが誰にも負けないほど強かった!俺にもできたんだ!」

 その声は震え、醜いほどの必死さを帯びた表情は、ただ認められたい一心で父の目を見つめていた。

「……あの子のゴーレムがなぜあれほど強く、敵をなぎ倒し続けたかわかるか」

「あの子の実力だ。それだけ強いゴーレムを造れる子なんだ」

「確かにそれはそうじゃ。しかし、わしが聞いているのはそんなことではない。あれはあくまでも結果として付随したものにすぎん。あのゴーレムがいつ何時も強く敵を倒し続けられたのは、どちらかが倒れてしまえば一緒にいられないからじゃ!あの子がお前の亡骸に願ったのは、強くあることでも、敵を倒すことなどでもない!ただ、『ずっと一緒にいてほしい』それだけじゃ……」

「……!!」

「ただそれだけのことが、なぜわからん……!なぜ、あの子の純粋な思いに、親のお前が気づいてやれん……。なぜ……なぜ……わしは……」

 オリバーは体を震わせ、頭を抱えた。

「わしはお前にもっと寄り添ってやれなかったんじゃ……」

「親父……」

「わしらは、揃いも揃ってダメ親父じゃ……」

 オリバーはがっくりと地に膝をついて息子に頭を下げた。

「すまん……!」

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