第3話
サルーパの宿屋で木漏れ日の中の布団にサルビアを寝かせ、謎の男は部屋から出てきた。
「さて、説明してもらうぞ。どうしてベガの森にいたのか、あんた達二人は何者なのか」
「そうですなあ、何からお話すればよいかと思いましたが、まだ名乗ってすらいませんでしたな。私はオリバーと申します」
「俺はアルド。サルーパには旅の途中で寄ったんだ。そしたら、さっき話したあんたにそっくりのおじさんに、森から出てきた魔物を追い払ってくれって頼まれて……」
「いやはや、アルドさん、重ね重ね申し訳ありません。魔物が森の外へ出てしまったというのも原因は私達でしょう。あそこの魔物を倒し続けている内に、我々の姿に怯え逃げ出す者も出始めておりましたので」
「そうだったのか。でも、そんなに謝らなくてもいいよ。それと、あまりかしこまらないで、戦ってた時みたいに普通に接してくれないか」
「アルドさんがそう仰るなら善処しますが……しかし、先ほど森で言ったように、あの子を初めて止めてくれたあなたは恩人なのです。サルビアはあの森に捨てられてから他人を全く信じなかった。人にひどく怯え、人里に近づこうともせず、稀に人と遭えば敵と見なして追い払い、ずっと森の中でわしと過ごしていました」
「森に……」
アルドの頭には幼い頃の記憶がよぎった。
「……それで俺にも攻撃してきたのか」
「はい。わしはあの子の意志に反してまで強引に行動はできませんので、この時をただ待つしかなかったのです」
「……あんたは一体何者なんだ?まともな体じゃないとも言ってたけど」
「わしのことについては少々長い説明をしなければなりませんが、あえて一言で言い表すなら、そうですな……この存在は『人体のゴーレム』と言えるかもしれません」
「人体のゴーレム?」
「ええ、パルシファル宮殿のゴーレムを知っていますか」
「ああ。でも、あれは土とか岩でできたやつだろ?」
「そうです。あのゴーレムと全く同じではありませんが、結果としてあの技術を応用してできてしまったのが今のわしなのです」
その意味をまだ飲み込めないアルドはやや首をかしげた。
「いちからお話ししましょう」
コホン、とひとつ咳をして、さながら老人の昔話のように彼は話し始めた。
「わしは生前、パルシファル宮殿の魔工士としてゴーレムの製造に携わっておりました」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!今、『生前』って言ったのか?」
「ええ、わしはすでに死んでおるのです」
思わず口が開いたまま、アルドには返す言葉が見つからなかった。
「続けましょう。わしには息子がおりましてな、それは不出来な息子でした。やつは幼い頃から大人になるまで魔法の鍛錬をろくにせず、怠けて過ごしておりました。それでいて本人は、魔法を扱うのも魔工士としてゴーレムを造るのも容易いことだと思い込んでおった。今思えば、悪い意味でわしの背中を見て育ってしまったのでしょうな。こう見えてわしはそこそこ技量のある魔法使いだったのです。わしが若い頃、如何に鍛錬を積んで来たか、それを知らずにやつは魔法の道を甘く見た。結果として我が息子は魔工士になど当然なれず、早々に魔導を諦め、そして、しばらくは宮殿の兵士として仕えておりました。しかし、広い宮殿といえども人の話というのはすぐに広まってしまうもので、息子はわしと比べて随分出来の悪い親不孝者だと噂されるようになりました」
「兵士として宮殿を守ってる人にそんな言わなくても……」
「アルドさんは優しいですな……。しかしその兵士としての仕事にも不真面目だったようで、門番の時間に度々遅れたりもしていたようでした」
「そうなのか……」
「わしも初めのうちは自業自得じゃと、あるいはその考えや態度を改めるきっかけになればと思っていましたが、息子は思っていた以上に追い詰められていました。ある日、突然宮殿を飛び出して行ったのです。思い返してみれば、気付くのがあまりに遅すぎた……わしが鈍すぎたのかもしれません。あの時息子を孤立させてしまわなければ……」
うなだれる彼にアルドは問う。
「それで、息子さんはどうなったんだ?」
「幸い、お互い生きて再会することはできました。息子が飛び出して行ってからしばらく後のことになりますが、息子を探しに出たのです。その頃、わしは病に侵されていて自らの死期を悟っておりましたので、最後に息子の様子を確認しておきたいと思い宮殿を出ました。わしは呑気にも、それまで息子はどこかで一人別の生活を始めているだろうとしか考えておりませんでしたが、ラトルの村で再会した時、息子はある女性に助けられながら、なんとか人として生き繋いでいるような状態でした」
「どういうことだ……?」
「彼女によれば、ゾル平原でふらふらと恐竜のいる所へ近づき、逃げもせず呆けていたと……」
まるで知人か友人の話を聞いているかのように悲し気な表情を浮かべるアルドを見ながら、オリバーは続けた。
「ただ、その女性が傍にいてくれたおかげで息子は無事に生き延び、その後も彼女が面倒を見てくれていたようです。わしも助力したかったのですが、その頃はすでに虫の息で……最期に息子へ我が魔力の種を授けて事切れました」
「魔力の種?」
「アルドさん、ゴーレムには核となる魔力に指令呪文を込めて動かしているのをご存じですか」
「うーん、前に聞いたことがあるような気もするな……」
「まあ、そう難しい話ではありません。要はそうした魔工士の技術の応用です。ゴーレムに込めるほどの強さではありませんが、それに似た、小さく弱いものを息子に授けました」
「それがあるとどうなるんだ?」
「あるだけではあまり意味はありません。ただし、その小さな魔力の中にはわしの意識というか、精神とでも言いますか、わしと会話ができる仕組みを込めました。そして微弱な指令呪文として、宿主の魔力を半強制的に呼び覚まし、的確な魔法の扱い方を感覚的に覚えさせる仕組みもありました」
「えーと、仕組みについてはよくわからないけど、つまり、魔法の使い方を学べるってことなのか?」
「そういうことです。ただし、あくまでもこれは小さなきっかけに過ぎません。わしの授けた魔力の種は宿主が自らの魔力で開花させなければならず、また、わしの血に呼応してのみ発現するものです。つまり、息子が自分で努力してそこに辿り着けた時にこそ出してやれる助け舟、ということです」
「なるほど……あ!じゃあ、俺が今こうしてオリバーと話していられるのは、息子さんがそれに成功したからってことなのか?」
オリバーはどこか悔しそうに俯いて首を横に振った。
「……死後、わしの意識が再び目覚めたのはあの森の中でした。当時の状況から察するに、我が息子が孫を、サルビアを森へ置き去りにするまさにその時でした」
「そういえば捨てられたって言ってたけど、なんでそんな……」
「その時に目覚めたので、わしにも詳しいことはわかりません。ただ、確かなことは、あの時わしの魔力はサルビアの中にあり、サルビアがわしの魔力と意識を発現させたということです。そして、先ほど言ったように、わしの力はあくまでも宿主の力を呼び覚まし、それを使いこなすために助けるものでしかありません。その者が本来持つ力以上のものを引き出せはしないのです」
「じゃあ、あの凄まじい力はサルビアが元々持ってた力なのか……」
「あの子はわしをも優に超える紛れもない天才です。あの時……」
天才と称する孫の話をする祖父の顔とは思えないほどに、彼は恐れおののいていた。
「……何があったんだ?」
「あの時……わしの力を借りて魔力を開花させたサルビアは、その力でわしの息子を……自らの父親を殺したのです」
思わず顔を歪めるアルドだったが、その表情は次第にひきつっていく。
「それだけではありません。サルビアは、発現させたわしの小さな意識と魔力を自らの魔力と共に核とし、我が息子の亡骸に定着させたのです」
「それが、『人体のゴーレム』……」
「ですが、この体は土や岩のゴーレムとは違い人間の、それも死体です。放っておけばいずれ腐敗し、骨ばかりになってしまう。それを知ってか知らずかサルビアは、今のように眠っている時ですらも自分の魔力を介して生命力を分け与えながらこの肉体を保ち続けているのです」
「生命力をって、そんなことしていて大丈夫なのか?」
「いえ……いずれ必ず限界が来ます。だから、その前に何としてもあの子を人の道に戻してやらねばならんのです。アルドさん、どうか、力を貸してください……!」
森の中で対峙した少女の顔と、かつて自分たちが家族とはぐれた森の中で二人きりだった妹の顔が重なった。
「ああ、協力するよ。……でも、具体的にはどうすればいいんだ?」
「ありがとうございます」
オリバーは息子の体で深く深く頭を下げた。
「実は、わしが魔工ギルドをやめて宮殿を出て行く時、もしも入れ違いで息子が戻ってきたら面倒を見てやってほしいと頼んでいた者がおりまして、その者が今も宮殿に残っていてくれれば、孫であってもきっと助けになってくれるはずです」
「じゃあ、最終的にはサルビアをパルシファルまで送り届ければいいんだな。でも、そこに連れて行くまでが問題だな」
「ええ、あの子は自分の手で造り変えた今のわし以外誰も信用できなくなっております。何か、人が敵ではないと理解させてやれるだけの何かがあればよいのですが……」
不意にアルドが声を上げた。
「あ!そうだ!あの人……ほら、森で話した、その姿にそっくりなおじさんだよ。あの人ってもしかしてオリバーの息子さんなんじゃないか?」
「おお、すっかり忘れておりました。確かに、アルドさんの見間違いか他人の空似でもなければそうも考えられますが、アルドさん……息子はこの通り確実に死んでいるのです。死んだ人間が辺りをうろつくなど……いや、わしも人のことを言えたものではありませんが……」
「あ、そうか……でも実は俺、煉獄界って所にも行ったことがあって、亡くなって魂だけの人と実際に何度か会ったことがあるんだ」
「なんと!只者でないと思ってはいましたが、煉獄界とは……いよいよ常人ではありませんな。すでに死んでおるわしもまだ行ったことがありませんぞ……」
「え、そうなのか。もしかして意識がこっちにあるから……って、そんなことよりあの人を探そう!オリバーが魔力を託してから息子さんに何があったのかわかれば、サルビアの為になる情報もあるかもしれない」
「……望みは薄そうですが、四の五の言うよりも、とにかくできることに賭けてみるしかありませんな」
「さっきまでこの村にいたんだ。きっとまだいるだろうから、村の中を探そう」
オリバーは頷き、アルドと二人で宿屋を出た。
二人は村中を駆け回り、今のオリバーと同じ姿をした、おそらくは魂だけの状態であろう男を探し回った。ところがアルドが村の入り口で再び顔を合わせたのは、標的と同じ顔をしたその父親だった。
「くそっ!どこにもいない……」
「こちらも見つかりません」
「確かにここで声をかけられたんだけど、話してる間にどこか行っちゃったのか……ん?」
サルーパから草原の方へ少し出て行った所にアルドが見つけたのは、真っ赤なマントを着た小柄な人物の後ろ姿だった。
「あっ」
その背中に見覚えのあったアルドの脳裏に嫌な予感がよぎった瞬間、その人物は身の丈ほど大きく禍々しい鎌を頭上に掲げて空を見上げた。すると、キラキラと神秘的な光と共に、人影のような何かが天へと昇っていくようだった。
「あーっ!!!!」
「ど、どうされましたアルドさん」
オリバーがアルドの視線の方向へ振り返ると、その視線の先には、赤いマントの子どもがスキップをしながら村から離れて行くのが見えた。
「なんて間の悪い……どうしてこういう時に限って仕事が早いんだ……!」
「あの子どもがどうかしましたか?」
「ごめん、オリバー。たぶん、予想通りあんたの息子は魂だけの状態でこの辺りにいたんだけど、たった今煉獄界に送られちゃったみたいだ……」
「なんと……!」
しかしすぐにアルドは前を向いた。
「こうなったら煉獄界に行って確かめるしかない!なんとか探し出して……」
「となれば、ここから先はアルドさんにお任せするしかなさそうです。わしは指令であの子から遠く離れることはできません。せいぜいこの村の中を動き回るのが限度かと思われますので」
「わかった。任せてくれ」
「アルドさん、わしは、僅かながら希望を感じています。もし本当にアルドさんに声をかけたのが息子だったなら、やつはサルビアが森に居続けていることを知っていて、アルドさんに見つけさせたかったのかもしれません。もし、やつがサルビアの為に我々を会わせたのだとすれば、その真意を聞き出す価値は十分にあると思うのです」
「ああ、そうだな。行ってくるよ」
アルドは力強く頷き、再びサルーパを後にする。
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