第2話

 爽やかな風の吹くチャロル草原でひと際禍々しい空気を湛える森がある。そこはベガの森と呼ばれ、サルーパの住民の間では禁足地とされているが、そこに住まうという魔女をかの冒険者が多様な種族の仲間たちと共に打ち倒したとは知られていない。



 アルドがベガの森の入り口に着くと、花の姿の魔物が辺りをうろうろしていた。

「ん?こいつか。確かに森の中で見たことのある魔物だけど、何してるんだ? ……まあいいか。森に帰ってもらうぞ」

 魔物を追い払うべく剣を抜いたその時、森の方から女の子の悲鳴が聞こえた。

「なんだ!?まさか森の中に誰かいるのか!?」

 すると、その悲鳴を聞いた魔物が慌ててアルドの方へ走り出した。

「うわっ!」

 突っ込んでくる魔物に一撃を浴びせ、動きを止めた。アルドは森の方へ向いてしまった意識をもう一度魔物に切り替えて応戦する。

「こっちに行かせるわけにはいかない。悪いけど、向かってくるなら倒すしかないな」

 ついにお互い臨戦態勢となり、魔物は花粉をまき散らしながら突進した。しかし歴戦の剣士はどんな攻撃にも怯まず、体当たりを簡単にいなし、渾身の力を込めて魔物を一刀両断した。

「ふう……。早く森の中を調べないとな。今の魔物も様子がおかしかったけど、ベガの森で一体何があったんだ?」

 アルドは薄暗いベガの森へと足を踏み入れていく。



 そこには小さな女の子と、それを庇うようにして背に隠す中年の男、さらにその向こう側には、大きな口に鋭い牙を持った巨大な植物の魔物が二人と対峙していた。

 すると魔物は空に向かって叫び声を上げた。

「まずい!」

 状況を見たアルドは慌てて剣を構えるが、魔物の叫びはやがてうめき声となり、体は崩れ霧散していった。

「あれ……?もしかして、あんたが倒したのか?」

 魔物が消滅したのを見て剣を収め、少女を守る男に尋ねると、二人は同時に振り向いた。

「む?」

「あ……嫌ぁ……」

 アルドの姿を見た少女は次第に顔を歪め、今にも泣き出しそうになって男の服の後身頃をぎゅっと掴んだ。

 少女とアルドを交互に見て何かに気づいた男が、今度はアルドから隠すように少女を背後に回し、そして猛スピードで突進してきた。

「い、いかん!逃げるんじゃそこの人!」

「えっ?え!?」

 全く状況を飲み込めないまま反射的に身を構え、腕で防御したアルドだったが、その上から男の拳を受けて軽く吹き飛ばされた。

「くっ……!何なんだ一体……うわっ!」

 体勢を立て直したばかりのアルドに追撃を仕掛ける男は、なおも立て続けに攻撃を畳みかけながら、しかし口ではアルドへの助言を叫んでいた。

「剣が得意なら抜け!手加減する必要はない!全力でわしを倒して止めてくれ!」

 アルドは猛攻を躱しながらも何が起こっているのか整理するため、必死に会話を続けた。

「あんた、自分の意志で戦ってるんじゃないのか!?」

「そうじゃ!あの子の魔法で操られ、とてつもなく強化されておる。生半可な攻撃では止まらん!全力で頼む!」

 その視線の先には男の背中に隠れていた少女が立っており、少女はアルドを睨みつけていた。

「そうは言われても、丸腰の人を相手に剣を振るのは……とか言ってる場合じゃないな」

 迷っている間にも無数の攻撃が襲い掛かり、もはや彼の言葉に従うしか切り抜けられそうになかった。

「ごめん。怪我させるかもしれないけど、こっちも危ないから全力でいくぞ!」

 アルドが剣を抜いた瞬間にも重い蹴りの一撃が襲い掛かった。

「ぐっ!」

 ようやく構えた剣で衝撃を受け止め、反撃に出る。蹴りを放った男が着地する瞬間を狙い、まるで無防備なその頭上から「ごめん……!」と呟きながら振り下ろした。しかしその時、「ガキンッ!」と、まるで金属同士がぶつかったような、斬撃を同じ鉄の剣で受け止めたかのような硬い音が響いた。

「う、嘘だろ……」

 男は両腕を頭上で交差させて盾にし、アルドの斬撃をその素手で受け止めていた。

「今、躊躇したじゃろう。だから全力で頼むと言ったんじゃ」

 両腕で剣を押しのけて男は続けた。

「この体はまともではない。斬ることに罪悪感を持たなくてよい。人と思わんでくれ」

 アルドは一度深く息を吸った。やらなければ本当に自分がやられると、覚悟を決めた。そして息を吐き出し、再び向き直った。

「わかった」


 剣と素手の激しい攻防は数時間に及び、森の魔物ですらそこに近づく者は一匹としていなかった。そして、ついにアルドが膝をついた。

「はぁ、はぁ……なあ、なんとか、その子を説得することはできないのか?」

 体力の限界も近く、アルドはどうにか戦いを終わらせる方法を探す。

 一方、中年の男は全く疲れた様子がない。ところが、ただ立っているだけに見えた少女はこの場にいる誰よりも息を切らし、疲弊しているようだった。

「はぁ……はぁ……」

 見かねた男が説得を試みる。

「サルビア、もう限界じゃ。これ以上わしを戦わせると君が危ない。もうやめるんじゃ」

「君、サルビアっていうのか。なあ、俺からも頼むよ。俺たちは戦うべきじゃない」

 アルドがそう言うと、サルビアという少女はキッと強く睨み返し、小さな体に大量の魔力を溜め始めた。それは周囲の大気だけでなく、ベガの森全体の木々を揺るがすほどの巨大な力だった。

「うわっ!?なんだこの力……!」

「よせ!無理じゃ、そんな体力は残っておらん!」

 男の言葉通り、すぐにサルビアの暴走と辺り一帯の揺れはおさまり、同時に彼女は気を失った。すると、すぐに男が駆け寄り、倒れ込んだサルビアを抱き上げた。

「サルビア!」

 少女を抱え、心配そうに見つめながら今度はアルドに言った。

「感謝しますぞ、旅の方。この子をここまで消耗させられたのはあなたが初めてじゃ」

「ふう……やっとか……。でも、その子は大丈夫なのか?」

「どこかでゆっくり休ませられれば良いのですが、実はこの辺りには詳しくありませんで……」

「だったら、ここから一番近いサルーパの宿屋に連れて行こう。案内するよ」

「宿屋ですか……。人のいる所に連れて行くのは不安ですが、致し方ありませんな。いやしかし、これほどの仕打ちをしておいて案内までさせてしまうとは、本当に申し訳ない……」

「いや、結局その子も俺もなんとか無事だから良かったよ。それに、何か訳ありみたいだしな」

「それについては、宿屋に着いてから詳しくお話します」

「そうだな……俺もさすがに休みたいよ……って、ん?」

ようやく落ち着きを得たアルドは改めて男の顔を見た時、ある事に気が付いた。

「ずっと動き回っててわからなかったけど、よく見たらあんた、さっきサルーパで俺に魔物を追い払ってくれって頼んできた人じゃないか?」

「何のことですかな?」

「あれ、人違いか?でもそっくりというか、俺の目にはほとんど同じ人に見えたんだけど、いやでも、あの人だったら俺より先に森にいたのはおかしいか。話し方も違うし、気のせいか……?」

「わしと同じ見た目……まさか、いや、しかし……そうですな、それについては確かなことは言えません。とにかく今はそのサルーパという所に向かいましょう」

「そうだな。人違いなら、またあの人にも会えるかもしれないし」



 そう言いつつも、サルビアという少女を守る謎の男には気になる点が多く、アルドは足を止めてしまう。

「それにしても、戦ってる時とはずいぶん変わって丁寧な爺さんになったな……あれ?いや爺さんじゃないよな……?あの二人、一体何なんだ?」

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