30話 石窟群にて
自分の足音が、暗く長い岩の道を進む。
足が一歩一歩進むたびに重厚な鎖で施錠された扉が私の魔力によって簡単に暴く。
暗い暗い岩だらけの場所に私は呼ばれた。
昨日、雨が降ったのか湿気っていて気分が悪い。相変わらずここを拠点にするあのお方は少しというより随分と変わっている。
絶対に本人には言わないが…。
光の御子の最強の一角、雷電との戦闘になり撤退した日から数日たっての呼び出しだ。何らかの罰であろう。
当たり前だ。アズラエル様の期待に応えられなかった……。
無能で使えない自分が嫌になる。
「ニクス……来たか…。」
低い声。体中に電撃が走る。彼の発する言葉には他を圧倒して平伏させる力がある。
「は、アズラエル様」
奥の玉座に座る我が主人を視界に入れるとすぐさま片膝を立て、頭を垂れた。出来るだけ目を合わせたくなかった。失望の目を向けて欲しくなかった。
私を地獄より救ってくれたお方であり、私に希望を教えてくださったお方であり、私に力を与えてくれた仮面をつけた我が君に失望されたくなかった。
我が主人、名をアズラエル…。
とある宗教にて【死】を司る天使から拝借したであろうその名に負けぬお方だ。
「誠に申し訳ありません…。貴方様より拝命いただいた作戦の一つを遂行できませんでした…。」
少し前のことだ。アズラエル様より与えられた使命である古宮町という日本の都市にあった私の拠点でシャドウを量産。しかし、ようやく量産にありつけるところで雷電たちの妨害にあってその拠点は無くなった。原因はシャドウ量産のために必要だった人の精気を搾り取る際に少し私情が入ってしまったことで光の御子に勘づかれた。
最悪の失態だ。
「………ふっ、随分とやられたようだな。相手は?」
「零の雷電に…。」
やつの名を口にすると体にいまだに残る傷跡が疼く。あぁ、今度会った時には皮を剥いで剥製にしてやりたい。
「あぁ、あの小僧か…。ならば仕方あるまい。今回の貴様の失態を見逃すとしよう。」
「…………」
意外だ。
ある程度の罰を覚悟して、ここへと訪れたのに何のお咎めも無いとは…。
「それよりも、聞きたいことがある。雷電と共にいた光の御子は見たか?」
他の光の御子?……あぁ、あの取るに足らない気に入らない二人組か。しかし、だからなんだというのかアズラエル様にとっては雑魚同然だ。
「えぇ、いるにはいましたが……そのような取るに足らないもッッッゲェぁぁ!?」
話の途中に突然、アズラエル様が視界から消えたかと思うと目の前に現れて私の喉元を掴み、そのまま壁に叩きつけられた。あまりの速さで情報が飲み込めないまま後頭部に受けた衝撃で一瞬、意識が飛びかける。
「かっカハッ…ハァヒュー」
喉を抉り取れるくらい捕まれてまともに息ができない。
「取るに足らないもの、取るに足るものかどうかは私が決めることだ。良いか?ニクス。君は従順で誰よりも私の言葉に素直な子だ。分かるな?」
心臓を直接掴むような圧のある静かな声で私の思考を全て掌握される。下手に言葉を紡げば二度と声など発せられないようになってしまう。
「も、…かっは…もう…じわげあひぃません。」
「よろしい。」
急に喉の手を離されて私は力なく床に倒れ込む。ようやく吸える新鮮な酸素を肺に送り込む。
「貴様に名誉挽回の機会を授けよう。その二人を殺し、その首を私の前に差し出しなさい。君ならできるはずだ有能な子なのだから…。」
今までに無いほど、アズラエル様は苛立っていた。いや、実際のところは仮面であるから苛立っているかは定かでは無い。
「お、仰せのままに……」
「そうだ。貴様にはもう少しだけ我の力を授けよう。」
「へ?」
突然、アズラエル様は人差し指と中指に魔力を差し出すと淡い光が浮かび上がった。
「舌を出しなさい…。ニクス。」
頭を蕩けさせるような低い声。
何も考えることはできない。無抵抗に舌を出してはしたなくも、淡く光る指へと近づける。
「はぅ……へぇあ。」
喉を伝う。
膨大な魔力。
頭がおかしくなりかけて、理性が……。
「良い子だ。」
◇
お取り込む中を邪魔するほど、俺は空気の読めない男ではない。ババァが赤ちゃんプレイに勤しもうが俺はそういうのも人それぞれだよねと割り切れる大人だ。中々痛々しい現場であったが扉を1センチ空けた程度で勘づいたので実質見ていない。
うん、もう、力の譲渡は済んだかな?
しっかし、いつみてもやらしい力の渡し方だ。アズラエルの性癖が歪んでいるのが目に見える。
「失礼します。」
巌窟から、去るババァの足取りは中々に重そうだ。仕方ない、力を分け与えれたんだ。それに、主人の気分を損ねたんだしな。
歳のわりには、幼児のような面がある。
だから、弱いんだ。
そういえば、人の精神とやらはトラウマを持った歳になるというのを聞いたことがある。
虐めを受けたやつが中々成長できないのはトラウマを植え付けられた結果、精神の成長がそこで止まってしまう。対して、虐めた方はトラウマなんてものはないから精神はずっと成長している。
結果、いじめられた方は社会に馴染めず不適合になっていき、いじめた方は社会に柔軟に適応して行って勝ち組となる。
何とまぁ、いじめっ子に優しい世界だこと。これはあれかな?
神がいじめっ子を優遇しているのかな?
何と残酷なことでしょうか…。そして、何と合理的なことでしょうか。
明確な底辺があれば、自分は底辺よりはマシであるという考えが蔓延れば社会は保たれる。
人々は一定数を除いてマトモになれる。
軽い足取りで、彼のいる王座へと回り込む。
「良いのですか?アズラエル様。前も言いましたが、任務に失敗しますよ?使えませんし」
彼の玉座の背後に立ち肩を揉みながら告げる。彼女はそれなりに力を与えられてはいるがそれなりだ。幹部の中でも序列は最も低い。
「あぁ、だがそれで良い。やつはもう要らん。」
あら怖い。
あれだけ、彼女に優しくかけておいてコレか…。素晴らしいカリスマですね。まぁ、それも良いでしょう。それこそ、シャドウの親玉。
「幹部も世界中合わせて12人しかい無いんですから、簡単に捨てられたら全部我々に負担が行くんですが?」
「構わん、次を探し出せば良い。それよりも、ゲイリー。今回はお前も日本へと向かってもらう。」
「ほう。彼女と一緒では無いので?」
「あぁ、なかなか面白い存在がいた。出来れば勧誘を願いたいが主人が厄介だ。」
「ほぉ、勧誘ですか?」
珍しい。久々だ。まだ、幹部にもなっていないのにもうかかわらず、ニクスを捨て駒にするとは接触するだけでも価値があるということだろうか…。しかし、主人が厄介とは、雇われ兵か?
「何か不満でも?」
「いえいえ、滅相もない。ただ、どちらかと言えば、もしも、ニクスが失敗して際に、二人の光の御子の始末かと思いましたが…。」
貼り付けた笑顔で両手を広げて振る。
「成長には、恐怖が必要だ。恐怖心を持てば臆病な心を呼び起こし、甘い考えを持たなくなる。そうすることにより、思考力が格段に上がって行く。」
「それは、誰に対する恐怖ですか?彼女が光の御子に対してもつ恐怖?それとも、その二人の光の御子が彼女に対して持つ恐怖?」
片目を瞑りながら、首を捻って顔を覗く。彼の仮面からは何も感じ取ることはできない。
しかし、彼の言葉を借りるとどうやら、その二人の光の御子に随分とご熱心であるということ。これは、幹部の女子共は荒れるだろうなぁ。
「さぁ?どうだかな。ただ、彼らは中々に興味深いものを持っている。そして、アレも中々に唆るものだ。魔書の鍵への道筋が彼らにはあると私は睨んでいる。」
「鍵……ですか…。」
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