キカイ
時間が進まない。
来た時からてっぺんにあった太陽は変わらずそこに存在していて。影の位置も変わらない。圏外のスマホもずっと同じ時間を表示している。あんな出来事があったのに一つも時間が進んでないなんておかしい。
時間が進まなきゃ電車は来ない。家に帰れない。
来た時より、疲労と絶望でいっそすべてを忘れて寝てしまおうかとまで考え始めた。
錆びた椅子の深く腰掛け、項垂れ、灰色の床をただ見つめていると、これが現実なのか、起きているのか寝ているのかわからなくなっていく。
あーここで死ぬのかな。誰にも忘れられて、どこかもわからないこの異次元みたいなところで。ならいっそカイセだかなんだかにすべて忘れさせてもらってあの村で生きていくのがいいのかな。いまからでも戻ろうかな。でももうそんな元気はない。お腹もすいたし、喉も乾いた。なにより眠い。体が重い。怖いよ奈美。お母さん。誰か迎えに来てよ。助けて。
「……ぇ。……理江。理江!起きて!!」
がばっと現実に戻ってくる。
「理江起きた!もうこんなところで何してるのよ」
寝起きの働かない頭であたりを見渡す。
目の前にいるのは奈美。周りは……なんか田舎の駅。
「奈美……?」
「なによー理江寝ぼけて親友の顔も忘れちゃったの?」
「ううん。わかるよ。でもなんでこんなところにいるの?」
「なんで、ってあんたねぇ。ほら家に帰るんでしょ」
奈美が指さす先には、電車。行くときに乗っていたのと同じ見た目の。
「ほら早く乗んないと行っちゃうよ」
腕を引かれるままに改札をくぐり、電車に乗り込む。
奈美は私を乗せると電車から降り、いつものように偉そうに仁王立ちした。
「奈美は……?」
「なにゆってんの。私はここに住んでるんでしょう?忘れたの?」
ああ、そうだった。何野暮なこと聞いているんだろう。いつもこの駅で話して、帰るんだ。私の日常だ。
「ごめん」
「なんか今日変だよ?家帰ったらちゃんと寝るんだよ」
「ありがとう、また明日ね」
「うん。また明日」
奈美は笑顔で手を振った。
私も笑顔で手を振り返して、椅子に座った。
電車のドアが閉まり、走り出してもまだ奈美は手を振っていた。
なんだか永遠の別れみたいだな。明日も会えるのに。
そんなことを思いながらまた意識を手放した。
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