チュウカイ

 この子なんて言ったの?やっとあえた…?

「わ、わたし、初めてだよね?会うの」

「?うんはじめまして!」

 ぺこりとお辞儀する姿はかわいらしかったが、そういうことではない。

「それより、おねぇちゃんまいご?ぼくのおうちくる?」

「え、いいの?」

「もちろん!おねぇちゃんすきだもん!いこう!」

 わかんないことが多すぎて何も考えられない。ただ少年の後ろをついていくことしかできなかった。

 少し歩くとすぐに道が開けた。眩しすぎて驚いた。なんだか一日中森の中にいたような気がしたが、太陽の位置はそこまで変わっていなかった。

 それにしても絶景だった。さっき目の前に広がっていた小麦畑は黄金の絨毯となり眼下に広がり、風と共にきらきらとたなびいている。山は燃えるような赤やオレンジに染め上げられ、どこまでも澄んだ青い空とお互いを引き立てあっていた。

 写真を撮りたいと強く願ったのは初めてだった。私のスマホじゃこの美しさを半分も落とし込むことができなかった。

「おねぇちゃん、いつもこの景色にうっとりしてるよね」

 隣で一緒に見ていた少年が急に口を開いた。

「いつも?私ははじめてきたんだよ?」

「そうだね!はじめましてだもんね」

 なぜかけたけたと笑いながら少年は走り出す。

「こっちだよ!おうちに帰ろうよ!」



 森を抜けたところから少し下ったところに集落のような町があった。歴史の教科書でしか見たことないような造りの家が立ち並び、みな古びた服を着ていた。

 お団子のマークが書かれたのぼりが立つ家と野菜が並ぶ家の間にある家に少年が入っていく。

「おっかぁただいまぁ!おねぇちゃんがかえってきぁ!」

 帰ってきた?突っ込む間もなく驚きがまた襲ってきた。

「あら、どこほっつきあるってたの。探したのよ?」

 奥から出てきた少年の母親は私の母親とうり二つだった。服はちゃんと周りと同じぼろい昔の装いだが、髪形も顔つきも声も喋り口調も、母親のものだった。

「森であったんよ。迷子してたんだって」

 少年は草履を脱ぎ捨て、家の奥へ入っていく。

「そうなの。大変だったでしょう。ほらおいで、ゆっくりやすみな」

 いざなわれるまま靴を脱ぎ、中に入る。

 少年は慣れた手つきで棚から箱をだし、中から大福を取り出していた。

 こんな家、時代劇とかでしか見たことない。もしかしてそういうロケする場所に迷い込んだのか。ここまで昔な世界観なわけあるかい。もう二〇二〇年だぞ世界。

「理江、長いこと外にいたから外の人にきっとなにか変なもの食べさせられたかもしれないわ」

 へ?なんで名前をしっているんだ。というか外の人たち?もうだめだ、考えるのをやめよう。少年のほうを見ると、大福をくわえたまま箱からもう一つ大福を出し、私のほうへむける。

「だから一回、カイセ様にみてもらいましょう」

 首を振って少年に意思を伝えると、悲しそうに箱へ戻した。

 カイセ様……?その名前を聞いた途端なぜか心がざわざわとし始める。

「カイセ様のところに行くのはいや」

 自分が拒否していることに自分で驚きながら、何の話だったか思い出す。そのまま衝動に身を任せて喋る。

「カイセ様のところに行ったらまた全部忘れてしまうのよ?そんなのは嫌」

 全部忘れる……?何を言っているんだ。どういうことだ。

「いいじゃない。外のことなんて忘れて、私たちのところへ戻ってきてよ。何度外に出ても勝手に帰ってくるようになっているんだから」

 もう訳が分からなかった。ほんとにわたしの話しているの?突拍子もなさすぎる。何の話?

「とりあえずさ、僕がカイセ様呼んでくるよ。いつもおねぇちゃん駄々こねて途中で逃げだすんだから」

 少年は食べていた大福を一気に頬張って家を駆けだしていった。

「じゃあ理江はカイセ様がお見えになるまで、大人しくしていなさい。夕飯くらいは作らせてくれるわよね」

 さっきより強めの語尾で釘をさすように言う。

「うん……わかった」

 しぶしぶ了承する。

 最後にもう一度私を睨みつけ、台所へと消えていった。

 その様子を見計らい、火をおこし始めた音を聞くと、突然体が動き出し、ゆっくりと外へ出た。

「な、なんだこれ」

 自分の意思に反して靴を履きなおし、いまにも出ていこうとする体に途方に暮れていると、勝手に口が動いて声を発し始めた。

「今だけはゆうことをきいて。逃げるのよ」

 内容を理解すると同時にガラガラと玄関を開け、すごい勢いで走り始めた。

 え、なにこれ!私こんなに早く走ったことない!しかもいくら走っても疲れない!まるで別の人間になったみたい!すごい!

 感激している私をよそに体は来た道を走り、山の中へ戻ろうとする。

「実験体一〇二号がまた逃げたぞ」「捕まえろ」「カイセ様に報告しろ」

 なんか後ろでいろんな人が何かを言っているが、あまりよく聞こえなかった。



 結局誰にも捕まらず、森の中へ戻ってきた。

 そのころにはちゃんと体はへとへとで足はいつも通りの鈍足になっていた。

 なんだったんだ今の……。怖かった。

 とぼとぼと無心で歩いていると、上がらない足が木の根に引っかかってしまった。

「うぎぃ!」

 情けない声を上げたままゴロゴロと山道を転がる。

 脇腹に岩が刺さり、肌を小枝が引き裂いていく。

「いったぁ……」

 やっと転がり終え、体をはたきながら立ち上がると、目の前に看板があった。

「この先危険 立ち入り禁止」

 へ?さっきの場所だよね?

 見渡すと来た時と同じ景色が広がっていた。

 怖い木々もコンクリートがコケや草に飲まれるのもそのコンクリの先にちっぽけな駅が見えるのも。

 少しも変わっていない。太陽の位置もずれていない。

 ただ看板だけが変わっていた。

 化かされた、のか。狐じゃなくて人間に……?

 頭が痛い。情報量が多すぎた。もうこんなのこりごりだ帰ろう。

 来る時より絶望しながらゆっくり歩き始めた。

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