コンド、キミを
霖雨 夜
カイキ
途方に暮れるほど何もない日常。こんな日々を過ごせるのは幸せだって親友の奈美はいつも言うけど、私はそれが嫌だった。
日常のループから抜け出すため、私は「遭川市」へ向かった。
県内にある場所で、だけど私の住んでいるところからは少し遠かった。
何度か電車を乗り継ぐ。初めて乗る見た目の電車ばかりだった。ここから乗り換えがなく暇なのでスマホのメモに書き込んだこの町についての情報を再度確認する。
遭川市は〇〇県の北東部に位置する市で、二〇〇〇年に周りの町と合併したことで市へと変わった。合併前の町は「宙峠町」「怪原町」「妖山群」の三つでそれぞれ様々な伝承が残っている。
その中で私が行こうと思っている「旧宙峠町」には宇宙人が降り立つ場所といういわれがある。
私は別に特段宇宙人を信じているとか、この伝承の真偽を確かめたいとかそういう理由ではなく、ただ宇宙人という非日常に触れ合いたいという好奇心でこの町に向かっていた。そしてあわよくばどこか別の星に連れて行ってもらおうかと目論んでいた。
淡い期待と高揚感で二時間の電車の旅はあっという間に過ぎた。
ついに「宙峠駅」についたのだ。
ワクワクしながら改札をくぐると、そこにはのどかな風景が広がっていた。
見渡す限りの小麦畑。駅の左右にだけコンクリートの道が伸びているが、どちらも遠くにある山の中へと消えて行ってしまっている。
私以外の人間は消えてしまったのかと絶望するほどの静けさだった。
現地調査をするために最低限しか調べてこなかったのだが、そもそも人と遭遇することのほうが宇宙人と遭遇するより難しい気がしてきた。
駅は無人だった。そういえば思ってみれば電車に誰も乗っていなかったかもしれない。駅の中の戻り、ぼろぼろの時刻表を見ると、次の電車は二十時五十分。帰れないかもしれない。日帰りを前提に考えていたが、まさか帰りの電車がないとは思わなかった。
絶望の連続で、さっきまでの元気はどこへやら、よろよろとおんぼろ椅子に座る。久々の利用者にぎぎぃとうれしそうな声を上げる椅子。反対に大きなため息をつく私。スマホを見ると圏外という文字が最後のとどめを刺してきた。
奈美、私ここで死ぬかも、国語のノート返せないわ。
絶景な快晴も今は眩しいだけだ。空を飛ぶ黒い影をにらみつけた。飛行機でも何でもいいから助けてくれないかな。
持ってきた水筒のお茶を浴びるように飲み、口端からこぼれた水滴を袖で拭う。
仕方ない。調べてこなかった私が悪い。絶望の淵から這い上がって、とぼとぼ歩きだす。
なんかのアニメでなんとか理論がどーのだから右を選べって奈美が言ってたなぁ。こういう時なのかわからないけどとりあえず右に曲がってまっすぐ進む。
一応ある電信柱には宗教勧誘みたいなことが書いてあって、田んぼの途中には誰だかわからない選挙のポスターが刺さっていた。
歩いても歩いても山は近くならない。どんだけ広大なんだここ。ほんとに日本か。
狐に化かされるってこういうことなのかな。何にも考えずに生きてきた十数年の語彙じゃこのつらさを説明できる言葉もない。ただため息ばかりつく。
二十回くらいため息をついたら、やっと上り坂になり、木々が私を迎え入れてくれた。
睨む日差しから逃げるように森に飛び込むと、すぐにコンクリの道は緑の海に沈んでいってしまう。獣道っていうのかこういうの。
十数年しか生きていない街暮らしの私でもわかる、ここに入ったら出れなくなるかもしれない。人より宇宙人より怖い存在に出会うかもしれない。道に迷って出れなくなるかもしれない。わずかな期待で動いていた足は簡単に動きを止め、それどころかすくんでしまって動くことができなくなってしまう。
義務教育じゃサバイバルのやり方なんて教わってないよ。でもあの長い距離を引き返しても何もない。左の道の先も大差なかったからきっとこんな感じだ。閉じ込められた。この山と山の間に。というかそもそも峠って山の上じゃないのこんなの谷だよ。全然低い位置にあるよ。
半泣きで立ち尽くしているとふと目の端に何かをとらえた。よく見てみると、看板のようなものだった。「宙峠 この先」と読める。あった!これだ!やっぱりまだ峠じゃなかったんだ!この先を進めばきっと誰かいるはずだ。にしてもこんな看板最初からあったのか。なんだかすぐ気が付きそうではあるけど、見落としてたのかな。
まあいいか。とりあえずこの道を上ろう。それから考えよう。
少し上っただけで世界ががらりと変わってしまう。さっきは聞こえなかった風のささやきや小鳥のさえずり、木陰がやさしく揺れ、新鮮な空気で満ち溢れていた。どこかで水の流れる音もする。道らしき砂利を伝いながら、森を歩いていく。
こんなにのんびりしていて悠々としているなんて。たまには森を歩くのも悪くないかもな。一年前の林間学校の登山では、ペースも早いし、山道は怖いしで一つも楽しめなかったことを思い出した。
「理江体力なさすぎ。もうちょいだからがんばろ」
「いやもう無理、奈美元気すぎなんよ」
ぜぇぜぇ言いながら必死に上ったのに山頂で飴玉一つだけもらって。写真撮ったらもう帰るよーってみんな下り始めて。なんだこれって思ったなぁ。犬の散歩かて。
がさがさという音で現実に引き戻される。
気が付いたら、さっきよりも道が狭く、木々との距離も近い。そして奥の茂みから音がしたのだ。状況を読み込んでもどうしたらいいかわからず、その場に固まる。
何がいるの?動物?きっと人ではない。
恐る恐る、茂みに近づく。冷静な自分が隠れてろと抗議の声を上げているが、耳を貸す余裕が残っていなかった。
くっと息をのんで、意を決して茂みに手を伸ばしかき分ける。
「ぎゃっ」
「わぁあ」
びっくりして、目を閉じ後ろへ逃げる。なんかいた。なんか喋った。
「お、おねぇちゃん。にんげん?」
幼い声に驚いて目を開けると、目の前に五歳くらいの男の子が立っていた。
「きみは…?」
声をかけると子供は途端に目を輝かせた。
「おねぇちゃん!やっとあえた!」
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