第334話 吸血鬼の絵本

(流石にきついな……でも、あと少しだ)



レノは城壁の上にて蒼月を構え、地上の様子を伺う。先ほどの攻撃で相当な数のゴブリンとホブゴブリンを倒す事に成功したが、まだ敵は残っている。


地上にはゴブリン種以外にもコボルトやファングなどの魔獣種が残っているため、そちらの方も何とかしなければならない。城門の守護はドリスに任せ、街中に降りた魔物に関してはウルとスラミンに対処させてレノは地上へ視線を向けた。



(スカーは何処だ?ここにはいないのか?)



群れの主であるはずのスカーの姿が見えない事にレノは疑問を抱き、既にスカーはネココとアルトたちによって討ち取られているが、その事実を知らないレノは不思議に思う。



(まあいい、とにかくこいつらの数を減らさないと……)



荒正を引き抜き、再び二刀流に戻ったレノは地上へ向けて魔法剣を発動させようとした時、ここである事に気付く。それは月の光であり、今夜は満月である事に気付いた。



(満月……)



満月の夜に魔物達が襲い掛かってきた事に気付いたレノは違和感を抱き、随分と昔にダリルに読んでもらった絵本の内容を思い出す。その内容は満月の夜に外に出歩くと吸血鬼に襲われるという内容だった。




――絵本の主人公は少年であり、街一番の悪戯っ子だった。そんな少年に両親はある時、夜に外を出歩くと吸血鬼に襲われるぞと注意されるが、少年はそれを無視して夜の時間帯に街の外に出てしまう。


両親の言う事を信じなかった少年は夜の街で悪戯をしようとしたが、どれだけ歩いても夜の街道には人の姿は見えず、皆が家の中に閉じこもっていた。その事から少年は悪戯をする相手も見つからず、つまらなく思った彼は家に帰ろうとした。


だが、少年が家に戻ろうとした時、路地裏から女性が姿を現す。その女性は非常に美しい外見をしていたが、何故かその口元は血で濡れていた。



『獲物、見つけた』



女性は少年の顔を見て笑顔を浮かべると、次の瞬間に少年の前に移動し、背中から蝙蝠のような翼を生やす。少年は逃げる暇もなく、女性に捕まって連れ去られてしまう。


少年は自分を襲った相手が「吸血鬼」だと知り、必死に逃げようとしたが抵抗できず、そのまま吸血鬼が暮らす城の檻の中に閉じ込められてしまう。吸血鬼は少年に対し、このように告げた。



『お前の血を絞り出してワインに変えてやる。だけど、その前にお前を探しに来る両親を捕まえて殺してやる!!』



吸血鬼は高笑いしながら檻の中に閉じ込められた少年を置いて消え去ると、少年は頭を抱えた。自分が両親の言い付けを破ったせいでこんな目に遭ったと気付いた彼は非常に後悔し、どうにか脱出する方法を探す。


その後の展開は偶然にも少年は檻の中で子供が通れるような抜け穴がある事に気付き、無事に外に出て吸血鬼に出会う前に両親と再会を果たす。両親と共に少年は家の中に戻って難を逃れたが、それ以降は少年は二度と夜の街を出歩く事はなくなり、吸血鬼に襲われる者はいなくなったという結末だった。




――記憶の世界から現実に戻ったレノは改めて満月を見上げ、吸血鬼という単語を聞いてレノの脳裏に思い浮かぶのはかぐてゴノの街で対峙した「カトレア」という名前の吸血鬼であった。


カトレアは「黒狼」と呼ばれる盗賊団に所属する一方、ゴノ伯爵を取り込んで彼を利用して「蝙蝠」という名前の傭兵団を作り上げる。更には盗賊王ヤクラと繋がりがあり、今回の魔物の群れに関しても彼女が関わっている可能性が高い。


シチノを襲撃したゴブリン達が探し求めている収納石は彼女が狙っていた代物であり、魔導砲の開発者が盗み出した魔導砲の計画書も本来ならば彼女の手に渡るはずであった。しかし、当のカトレア本人は王国騎士のセツナに討たれている。



(カトレアは氷漬けにされて死んだ、あの状態で生きているはずがない)



セツナの話によれば吸血鬼の再生能力も凍り付けば失ってしまうらしく、氷像の如く凍り付いたカトレアが生きているはずがない。しかし、満月の夜に偶然にも魔物の群れが襲ってきた事にレノは不審に思い、嫌な予感を覚えた。



(満月……吸血鬼、まさか……)



只の偶然だと思いながらもレノは満月を見上げ、地上に存在する魔物達を確認する。いくら探してもカトレアの姿は見かけず、彼女が死んだ事は間違いない。それなのにレノは不安が消えない。



(落ち着け、今はこいつらを倒す事だけに集中しろ……)



カトレアの事は忘れ、まずは地上の魔物が街に攻め込まないように城壁を守護するためにレノは構えると、この時に後方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「レノ君、無事か!?」

「その声は……アルト!?」

「……私もいる」



レノは驚いて振り返ると、そこには階段を上がって汗だくの状態で駆けつけてきたアルトとネココの姿が存在した。二人ともやっと北側から移動してきたらしく、互いの状況を確認する。

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