第327話 ネココの覚悟

「……はあっ!!」

「ガアッ!?」



スカーの首筋に衝撃が走り、何事かと彼は振り返るとそこには建物の屋根の上から蛇剣を伸ばすネココの姿が存在した。彼女を見てスカーは以前に草原で交戦した相手だと知り、首筋に手を伸ばす。


ゴブリンの急所は人間とほぼ一緒であり、首筋を切られれば致命傷となり得る。鋼鉄のような皮膚のお陰で蛇剣の刃を弾く事には成功したが、うっすらと痣は残っていた。仮にスカーがホブゴブリンの状態ならば今の一撃で確実に死んでいた。



「グガァッ……!!」

「……貴方の相手は私がする」



ネココは蛇剣を構えると、その光景を目にしたスカーは疑問を抱いて周囲を見渡す。以前にネココと遭遇した時は傍にドリスやレノの姿が存在したが、今現在は彼女の姿が見えない事に不思議に思う


実のところ、ネココ以外の者はこの場には存在せず、どうして彼女だけはここに辿り着いたのかというと、一流の暗殺者の勘に従ったとしか言いようがない。




――ネココは街の宿屋に就寝中、急に目を覚ます。暗殺者としての本能が危険を迫っている事を知らせ、危機感を抱いたネココは武装すると街の様子を伺う。それからしばらくすると街の城壁から警鐘が鳴らされるのを耳にした彼女はすぐに行動を移す。




どうして警鐘が鳴り響いた南側の城壁ではなく、北側の城壁に移動したかというとそれは彼女が泊まっていた宿屋が偶然にも南側に存在したからである。レノやドリス達は侯爵の屋敷で寝泊まりしているが、ネココはどうも貴族の屋敷で泊まる事が性に合わず、街の宿屋で宿泊していた事が幸いした。


南側の城壁で異変が起きている事を察知した彼女は蛇剣を手にして向かうと、そこには城門を破壊して乗り込むゴブリンキングの姿が存在した。しかも硬めに傷を負っているのを確認したネココは敵の正体がスカーだと気付き、対処を行う。



「……私を捉えられる?」

「グガァッ!?」



ネココは普段は身に付けない漆黒のマント纏うと、まるで暗闇に溶け込むように消え去り、その様子を見てスカーは戸惑う。暗殺者の本領を発揮して存在感を消しながらネココは地上へと移動を行う。



「ふっ!!」

「ウガァッ!?」



スカーは見失ったネココを捉えようと首を振るが、この時に既にネココはスカーの背後へと移動し、背中側に向けて蛇剣を放つ。刃の先端がスカーの背中に衝突し、弾かれてしまう。



「……硬い」

「グガァッ!!」

「うわぁっ!?」

「ひいっ!?」

「ど、どうなってるんだ!?」



背中を攻撃されたスカーは反射的に後方へ振り返りながら裏拳を放つが、刃を伸ばして遠距離から攻撃していたネココには届かず、空振りしてしまう。兵士達からすれば突然にスカーが暴れまわっているようにしか見えず、戸惑いの声を上げる。


ネココは普通に攻撃するだけでは通じないと判断し、まずはスカーの精神を乱すため、彼女は蛇剣を振りかざしてスカーの足首を狙う。



「……これならどう?」

「ガァッ……!?」



スカーの足元に蛇の如く伸びてきた刃が絡まりつくと、纏わりついた状態でネココが剣を引き寄せるとスカーの足元に血が迸る。いくら鋼鉄の如き皮膚とはいえ、刃が触れた状態で勢いよく引き裂かれると無事ではすまない。



「グギギッ……ガアッ!!」

「……無駄、そこに私はいない」

「ウガァッ!?」



傷を負った事でスカーは怒りのあまりに拳を無茶苦茶に振り回すが、そんな彼に対して今度は正面からネココは接近すると、あろう事かスカーの股下を潜り抜ける際に蛇剣で今度は反対側の足を切りつける。


右足に続いて今度は左足にも血飛沫が舞い上がり、スカーは立っていられずに膝を着いてしまう。その様子を確認したネココは即座に距離を取り、暗闇の中に姿を隠す。


暗殺者の能力は暗闇の中でこそ発揮され、暗闇での戦闘はネココにとって有利な状況だった。漆黒のマントを身に付ければより存在感を消して暗闇に溶け込め、更にネココ自身は「暗視」の技能で暗闇だろうと敵の姿を捉えられる。



「グゥウウウッ……!!」



正に状況はネココの有利に進んでいるが、一方でスカーの方も自分の足元に血を向け、何を思いついたのか彼はネココに切り付けられた箇所に手を伸ばし、傷口に指を突っ込んでより血を流す。



「グギャアアアッ!?」

「な、何だ!?」

「あいつ、何をしているんだ!?」

「気が狂ったのか!?」



自ら傷口を指で押し開き、血を流そうとするスカーに対して兵士達は信じられない表情を浮かべるが、スカーは決して気が狂ったわけではなく、ネココを見つけ出すために策を打つ。



「……そこっ!!」

「グギィッ!?」



隙だらけのスカーに対してネココは今度は空中に跳び、後頭部に向けて刃を放つ。頭部の方も硬いのか刃は弾かれてしまうが、衝撃を受けたスカーは余計に前のめりに倒れ込む。


ネココは前のめりに倒れたスカーを見ても油断せず、距離を取ろうとした。しかし、彼女が完全に暗闇に溶け込む前にスカーは視界に捉えると、両手にこびり付いた血液を放つ。

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