第323話 深夜の襲撃
――シチノに魔物の軍勢が訪れた日から6日が経過し、未だに魔物の軍勢は現れる様子はない。早ければ明日には王都から派遣されるはずの援軍が到着してもおかしくはないが、肝心の魔物の軍勢は現れる様子はない。
このまま何事も起きず、王都からの援軍が到着すれば彼等に魔物の討伐を任せられる。しかし、連日に魔物の軍勢が現れない事から街に暮らす者達の警戒意識が薄れていた。
「ふうっ……暇だな、この間の事が嘘のようだ」
「おいおい、気が緩み過ぎだぞ?警備隊長に見られたら怒鳴られるぞ」
「おっと、いかんいかん。だが、気が緩むのも仕方ないだろ?」
城壁を守護する兵士達は外の光景を確認し、何も異変はない事を確認すると城壁の巡回中にも関わらずに話し込んでしまう。この数日の間、彼等は城壁の警護を行っていたが、最近は街の近くで魔物を見かける事もなくなった。
「この間の事が嘘のようだな、ゴブリンキングがこの街を襲ったのも夢の様に思ええてきたぜ」
「確かにな、あんな化物が襲ってきた時は本当に駄目かと思ったが、あの金髪の王国騎士様が倒したんだろ?凄いよな、俺の娘とそんなに年齢が変わらないぐらいだろうに……」
「本当だな、やっぱり王国騎士様は俺達とは格が違うんだよ。若くても立派な騎士様だぜ」
ゴブリンキングを討伐出来たのはレノの力も大きいが、街の住民の間ではゴブリンキングは王国騎士であるドリスが倒したと認識されている。王国騎士はこの国が誇る最高の騎士であるため、そんな存在ならばゴブリンキングを倒したとしても違和感はない。
兵士の間でもゴブリンキングを倒したのはドリスと知れ渡っており、彼女の評価はこの街の人間の間では大きく上がっていた。だが、同時にゴブリンキングという脅威が消えた事により、街を守る兵士達でさえも危機感が薄れていた。
「本当に明日、王都から派遣された援軍が来ると思うか?」
「さあな……実際に援軍が派遣されているのかも分からないしな」
「どっちにしろ、こんな状況なら王都から援軍を派遣させる必要なんてあるのかね……見ろよ、1匹も魔物がいないんだぞ?」
城壁を見回りしていた兵士は外の風景を促し、確かに草原には魔物が1匹も姿が見えなかった。これは先日に魔物の軍勢が現れる前から少し異様な光景であり、城壁から確認出来る限りの範囲では魔物が姿を見せない事は異様だった。
「何処を見ても1匹も魔物が見えない、それなのに真面目に気を張り詰めて警備する必要なんてあるのか?いい加減にゆっくりと休ませてほしいぜ……領主様も警備隊長も警戒し過ぎなんだよ」
「まあ、そういうなよ……この見回りが終われば休憩時間だ。今夜の夜食は何にするか決めてるか?」
「どうせ干し肉ぐらいしかないだろ?あ〜あ、いつもだったら酒場で飲んでる時間帯なのによ」
街に配置されている警備兵は城壁の守護の役目を当たられており、現在はほぼ休みなしで警戒を行っている。一応は交代制で兵士達にも休憩時間を与えているが、それでも不満を抱く者は多い。
現在は街の何処の酒場も警戒態勢という事で閉まっており、街に繰り出しても酒や食事を楽しむ事も出来ない。そのせいでが警備兵も連日の警備で疲労と不満も蓄積しており、真面目に働かない兵士も増え始めていた。
「援軍が来れば俺達の御役目御免だろ?さっさと酒場を解放してくれないかな……」
「そうだな、酒場が開いたら久しぶりに朝まで飲むか?」
「お、いいね……ん?」
「どうした?」
見回りの際中、城壁の外側の方に歩いていた兵士は下の方で何かが音が聞こえ、城壁の真下を覗き込む。シチノの周囲には大きな空堀が存在し、魔物の侵入を防ぐために用意されている。
「おい、どうした?」
「いや、何か音がしたような気がしたんだけど……」
「……気のせいじゃないのか?」
もう一人の兵士も堀の様子を伺うが、特に変わった様子はなく、魔物の姿は見えない。それに対して物音を耳にした兵士は首を傾げ、申し訳なさそうに相棒の兵士に告げた。
「やっぱり、気のせいみたいだ。悪いな、驚かせて……」
「全くだ……さあ、さっさと見回りなんて終わらせて休もうぜ」
「それもそうだな」
警戒心が緩んでいた兵士達は物音の正体を確かめず、笑いながら城壁を歩いていく。だが、しばらくすると堀の底の方の地面が盛り上がり、地中から緑色の手が出現した。
――グギィイイッ……!!
空堀の底から多数のホブゴブリンが出現すると、城壁の上に兵士の姿が見えない事を確認し、彼等は笑みを浮かべて城壁へとよじ登り始めた。出来る限り音を立てず、気づかれないように城壁を登り、やがて頂上部にまで辿り着くと彼等は奇声を上げて遂に城壁の上まで上り詰めた。
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