第302話 ゴブリンキング

スカーの身体が赤毛熊の背中から倒れる光景は城壁の上から見ていた者達も確認し、唖然とした。シチノの街では驚異的な存在として認識され、高額討伐対象として指定された存在が呆気なく頭を撃ち抜かれて倒れたのである。


動揺したのはゴブリンの軍勢も同じであり、唐突にスカーが赤毛熊の背中から地面に倒れた事に周囲の魔物達は戸惑い、悲鳴のような声を上げた。その光景をレノは城壁の上から見下ろすと、眉をしかめた。



「……失敗した」

「えっ……?」

「仕留めきれなかった」



レノの言葉に仲間達は呆然とするが、やがて魔物の軍勢の方から再び鳴き声が上がり、信じがたい事に頭を射抜かれたと思われたスカーが立ち上がっていた。スカーは口元に加えた矢を噛み砕き、地面へ吐き出す。




――グギィイイイッ……!!




スカーの怒りの咆哮が鳴り響くと、周囲の魔物達は恐れを抱いたように彼から距離を取った。あろうことか、自分の頭に目掛けて放たれた矢をスカーは噛み砕いて止めたのだ。


レノの魔弓術で放たれた矢は普通の矢と比べても速度も威力も桁違いであり、普通のホブゴブリンならば反応も出来ずに射抜かれていただろう。それにも関わらずにスカーは野生の本能が危険を察知したのか、迫りくる矢を口内で受け止めて生き延びた。


この際にスカーの牙が何本か折れてしまったが、それでも絶命だけは免れた。スカーは折れた歯を引き抜き、口元から血を流す。ホブゴブリンの回復力ならば牙が折れてもすぐに生え直るため、問題はない。



「グギィッ!!」

『ギィイイイッ!!』



スカーが指示を出すように鳴き声を上げると、周囲の魔物達はそれに従うように動き出す。自分に対する攻撃に我慢の限界を迎えたのか、スカーは街へ向けて近付こうとした時、ここで地面に振動が走る。



「グギャッ!?」

「ガアアッ……!?」

「フゴォッ……!?」



動き出そうとしたゴブリンと魔獣の軍勢は地面の振動に気付くと怯えた表情を浮かべ、その場を立ち止まる。軍勢の先頭に立っていたスカーも何かを察したように振り返ると、軍勢の後方から巨大な緑色の巨人が近付いている事に気付く。


シチノの城壁からも魔物の軍勢の後方から現れた巨大な人型の生物を確認し、全員が唖然とした表情を浮かべた。そして冒険者の何人かは呟く。



「あ、あれは……トロール、なのか?」

「まさか、そんなはずは……」



最初に冒険者の頭に思いついたのは「トロール」と呼ばれる魔物であり、体躯は巨人族をも上回る人型の魔物である。全身は緑色の皮膚に覆われ、雑食性であらゆる物を食べつくすために肥満体な体つきをしており、オークよりも分厚い脂肪に覆われた肉体をしている。


しかし、姿を現した「緑色の巨人」はトロールよりも大きく、それでいて肉体の方は肥満体などではなく、引き締まっていた。そして顔の形は明らかにゴブリンと酷似しており、巨人というよりは「鬼」という表現が近い。


ホブゴブリンの倍近くの身長を誇る巨大なゴブリンが現れた瞬間、ゴブリン達は怯えた表情を浮かべながら身体を伏せ、ホブゴブリンたちでさえも恐れを抱いたように跪く。そしてスカーでさえも巨人を前にすると冷や汗を流し、膝を着く。




――グアアアアアッ!!




緑の巨人は咆哮を放つと、周囲に振動が走り、まるで地震が起きたのではないかと錯覚するほどの凄まじい雄叫びを放つ。その光景を見ていた城壁の人間達はあまりの声量に耳を塞ぐ。



(あれが、ゴブリンキングなのか……!!)



城壁の上に立っていたレノは遂に姿を現した「ゴブリンキング」に対して冷や汗を流し、土鯨と同様に圧倒的な存在感を放つ魔物の姿に焦りを抱く。見ただけでも危険性が伺え、明らかにゴブリンの枠を超えた存在だった。


ゴブリンキングは姿を現したかと思うと、自分の近くに生えている樹木に手を伸ばし、それを片腕のみで引き抜く。ゴブリンキングは引き抜いた樹木を振りかざすと、あろう事かスカーに目掛けて放つ。



「ギアッ!!」

「グギャッ!?」



振り払われた樹木にスカーは衝突すると、強烈な衝撃を受けて10メートル近くも吹き飛び、地面に倒れ込む。辛うじて絶命は免れたのか身体を痙攣させるが、そんなスカーの元に目掛けてゴブリンキングは歩み寄ると、片腕を掴んで無理やりに持ち上げる。



「ギギギギッ……!!」

「グギィッ……!?」



何かを告げるようにスカーの耳元にゴブリンキングは囁きかけると、スカーはそれに対して血を流しながらも頷く素振りを行う。その様子を確認するとゴブリンキングはスカーを無造作に放り投げて他のホブゴブリン達の元へ放つ。


スカーを投げ込まれたホブゴブリン達は慌てて受け止めると、傷だらけのスカーを見て顔色を青ざめ、この一連の行動を見ていたレノはゴブリンキングの行動が「折檻」だと見抜く。ゴブリンキングは勝手に軍勢を動かそうとしたスカーを痛めつけ、罰を与えたのだ。

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