第301話 隻眼の悪魔

――最初にスカーが目撃したのはシチノに滞在する冒険者であり、ある時にゴブリンの討伐の依頼を受けた銅級冒険者の集団が一人を除いて殺された事が全ての始まりだった。


新人で駆け出しの冒険者はゴブリン討伐の仕事を与えられることが多く、試験を合格して銅級になった冒険者達は力を合わせてまずはゴブリンの討伐へ向かう。だが、彼等が向かった先にはまるで来ることを想定していたようにゴブリンとホブゴブリンの集団が待ち構えていたという。


待ち伏せされていた冒険者達は抵抗する暇もなく、一方的にゴブリン達に叩きのめされ、次々と命を落とす。特に隻眼のホブゴブリンは容赦せず、討伐に赴いた冒険者達を圧倒した。その強さは並のホブゴブリンの比ではなく、結局は一人だけを残してゴブリン達は立ち去った。


生き残った冒険者も重傷を負い、身体の一部が欠損していた。生き延びた事が奇跡としか言いようがなく、すぐに冒険者ギルド側はこの隻眼のホブゴブリンの討伐のための仕事を出す。


だが、その後は銀級の冒険者の集団が動き出し、隻眼のホブゴブリンの行方を追う。その結果、銀級の冒険者達でさえも敗れてしまい、更に死傷者が生まれてしまった。こうなるとギルド側も手段を選べず、銀級以上の階級の冒険者にも討伐の要請を行う。


白銀級の冒険者達が手を組んで隻眼のホブゴブリンを探したが、結局は単独で活動していた白銀級冒険者までもが返り討ちに遭ってしまい、遂にはギルド側は隻眼のゴブリンに「スカー」という名前を名付け、高額討伐対象として扱う。


この高額討伐対象とは人間で例えると「賞金首」と同じであり、討伐の依頼を引き受けていなくとも倒せば高額の報酬の引き渡しが許可されている。だが、今までにホブゴブリンを高額討伐対象にした事例など存在せず、それほどまでにスカーと呼ばれる存在の危険性を物語っていた――





――全ての話を聞き終えたレノはゴブリンの軍勢の戦闘を陣取る「スカー」に視線を向け、確かにこれまでに遭遇したホブゴブリンの中では一番の不気味さを感じさせる存在だと認識する。



「あいつがスカーか……ネココはどう思う?」

「……確かに普通のホブゴブリンとは雰囲気が違う。油断すれば危険な相手だと思う」

「ウォンッ!!」



城壁の上からレノ達はスカーの様子を伺い、何を考えているのか赤毛熊の背中に乗り合わせた状態で腕を組んで動かない。その行為が逆に不気味さを感じさせ、警戒心を抱いてしまう。


ゴブリンの軍勢は街から数百メートル離れた場所に陣取り、それ以上は近づこうとする様子はない。この距離ならば城壁の弓兵の矢も当たらず、魔術師の魔法も射程距離外だと判断しているらしい。



「あいつがゴブリンの軍勢を従えているのかな?」

「それは考えにくいだろうね。これだけの数のゴブリンを従えさせることが出来るとしたらゴブリンキングしか考えられない。だけど、あの隻眼のゴブリンは外見はどう見てもホブゴブリンだ」

「……アルト、来てたの?」

「私もいますわ!!」



レノの言葉に後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、二人は振り返るとアルトとドリスの姿が存在した。どうやら二人とも屋敷からここまで来たらしく、外の様子を確認して冷や汗を流す。



「なんて光景ですの……これほどの数の魔物が集まっているのを見るのは初めてですわ」

「僕もだよ。ああ、この中に伝説のゴブリンキングがいるのか……学者としては興味深いね」

「そんな事を言っている場合じゃない……下手をしたら、私達が殺される」



ドリスはゴブリンの軍勢を見て表情を険しくさせ、一方でアルトはゴブリンキングが何処にいるのかと興味深そうに様子を伺う。一方でレノはスカーに視線を向け、現在の自分が存在する位置との距離を見計る。



「……この距離ならいけるかな」

「……レノ?」

「な、何をするつもりですの?」

「まさか……」

「ウォンッ?」

「ぷるぷるっ?」



レノは場所を移動し、軍勢の先頭に立つスカーから正面の方角に立つと、駄目元で背中の弓を引き抜く。養父であるダリルから受け取り、更には彼の妹弟子によって風属性の魔石の金具を取り付けられた「黒弓」を構えた。



「お、おい……何をする気だ兄ちゃん?」

「まさか、この距離から撃つつもりか?」

「止めとけ、当たるはずがないだろ?矢を無駄にするだけだぞ……」

「…………」



城壁の上で弓を構えたレノに周囲の者達は驚き、普通に考えればこの距離で当たるはずがない。だが、レノはそんな彼等の言葉が聞こえていないかの様に精神を集中させ、弓に取り付けた風の魔石を利用して矢に風の魔力を宿す。


レノは十分に魔力を込めたと判断すると、狙いを定めて自分の前方の方向に佇むスカーに向けて矢を放つ。この時にスカーは何か異変を感じ取ったように目を見開き、咄嗟に行動を起こそうとした。




――だが、レノの魔弓術は射程距離内に存在する獲物は決して逃さず、弓から解き放たれた矢は風の魔力を纏って一直線にスカーの元へ向かうと、矢はスカーの頭部に的中して赤毛熊の背中から落ちた。

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