第289話 援軍の到着まで

「恐らくは早くても王都から派遣された軍隊が辿り着くまでは早くても一週間、遅い場合でも10日は掛かるでしょう。それまではどうにか我々だけで持ちこたえなければ……」

「一週間から10日……それまでは街の戦力だけで耐え抜かなければならないのですね」

「まあ、この街は防護に特化しておりますからな。食料の方も万が一の場合に備えて街の住民が一か月は食べていける程の貯蓄はあります。避難民を含めたとしても20日程度ならば問題はないかと……」



要塞都市の名前は伊達ではなく、街の守備に関してはタスク侯爵も絶対の自信があった。仮にゴブリンの群れが大群で攻めてきたとしてもこの街が落とせるはずがないと自負している。


街の防衛に関しては問題はないが、唯一の弱点は避難民である。シチノの周辺地域に存在する村の人間達はシチノに向かっているが、未だに全員が集まったわけではない。



「外部に派遣させた警備兵や冒険者には避難民の誘導も行っていますが、まだ完全な避難は終えていません」

「それは困りましたわね……あと、どれくらいの避難民がいますの?」

「少なくとも1000名……その中には老人や子供も多く含まれます。乗り物の類がなければ彼等も街へ避難するのは難しいでしょう」

「1000人……それだけの数を避難させるのは大変」



まだ避難を完了していない村人は多く、彼等を迎え入れるにも時間が掛かり過ぎてしまう。だが、見捨てるわけにもいかないため、タスク侯爵は冒険者と傭兵に対処させていた。



「警備兵はこの街の守護で手一杯のため、冒険者と傭兵を雇って避難民の誘導を任せています。彼等のお陰で多くの避難民がこの街に集まってきています」

「……でも、それだけ多くの避難民を受け入れて大丈夫なの?」

「正直に言えば現状でも問題は起きています。避難民が暮らす場所を確保するだけでも難しく、私の屋敷にも既に数十名の子供達を預かっている状態です」

「一般人を受け入れているんですか?」

「こんな時に一般人かどうかなど関係ありませんよ。助けを求める民を救わずに何が領主ですか」



タスクの言葉にレノ達は感心し、彼はゴノ伯爵と違って尊敬できる立派な貴族だった。彼もアルトと同じように身分で相手を差別する事はなく、優しい人間のようだった。


現時点ではシチノ周辺に暮らす人々の避難は完全には終わっておらず、ゴブリンに殺される前に彼等を街まで避難させる必要がある。そのためにタスクは街中の冒険者と傭兵を雇って対処させているが、まだ人手が足りない状況だという。



「ドリス様、どうか御力をお貸しください。王国騎士のドリス様が来て下さったのならば街の兵士の士気も上がります」

「分かりました……では、私は何をすればよろしいのですか?」

「え?いや、王国騎士様に私が指示を出すなど……これからはドリス様が私の代わりに指揮を取るのが一番かと……」

「それは駄目ですわ。この街を管理するのはタスク侯爵です。そうでなければ街の人間も納得しないし、それにいきなり現れた私が指揮を執ればきっと反感を抱く者もいるでしょう」



立場的にはドリスは王国騎士であり、公爵家の令嬢でもある。立場的にはドリスはタスク侯爵よりも上だが、彼女の場合はそもそも他の人間を指揮して行動した経験がない。


この状況下で王国騎士と言えど、大勢の兵士を従えた事がないドリスが指揮を執るのは問題があり、彼女はあくまでも立場など関係なく自分に出来る事がないのかを尋ねる。



「タスク侯爵、私が王国騎士だからといって不要な遠慮をする必要はありません。どうか私に出来る事を教えてください」

「そ、そうですか……ドリス様、以前と会った時と変わられましたな」



タスク侯爵は以前にドリスと出会った時よりも彼女が大人びているように感じられ、少なくとも昔の彼女ならばタスク侯爵の言われるままに指揮を執ろうとしただろう。自分が王国騎士の立場である事を意識し過ぎていた彼女ならばタスク侯爵の言う通りに街を守ろうとしたかもしれない。


しかし、今の彼女は自分の立場に拘ることはなく、自分がどの程度の存在なのかを認識し、自分が出来る範囲の事をやる事に専念する。この街の指揮はタスク侯爵に任せるのが一番だと判断したドリスは彼に自分が出来る事を尋ねる。



「タスク侯爵、私は王国騎士だからといって遠慮する必要はありませんわ。困っている事があれば何でもおっしゃってください」

「そ、そうですか……では、心苦しいのですが街の防備は我々だけでも何とかなります。そうなるとドリス様には冒険者や傭兵と協力してもらい、避難民の誘導活動を手伝って欲しいのですが……」

「分かりましたわ!!そういう事なら参りましょう……あ、それと……できれば御二人にも付いて来てもらえますか?」

「もちろん!!」

「……仕方ない、付き合ってあげる」



ドリスはここで思い出したようにレノとネココに振り返り、アルトの場合はこの国の学者と話し合うために連れていく事は出来ないが、二人に協力を願う。当然だがレノもネココも断るはずがなく、もうしばらくはドリスと行動を共にできそうだった――

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