第285話 避難民
準備を終えたレノ達はシチノに向けて出発を再開し、その道中は全員が黙り込み、刻一刻と仲間達との別れが近い事を実感する。ドリスは街に辿り着けば警備兵と合流し、今後は彼女も王国騎士としてシチノを守る義務があった。
ここまで共に旅をしてきたレノからすればドリスが離れるのは寂しくもあるが、彼女は王国騎士である以上は止める事は出来ない。国として重要な役割を与えられているドリスは国の危機と聞けば関与しないわけにはいかない。そもそもレノ達とドリスでは立場も違い、忘れかけていたがドリスは公爵家の令嬢でもある。
(シチノに辿り着けばもうドリスと会う事はなくなるかもしれないな……)
ドリスは王国騎士の仕事に戻ればレノ達と関わる機会は無くなり、もう彼女とこうして共に行動する事もなくなるかもしれない。その事にレノは寂しさを覚えるが、ドリスは立派に自分の役目を果たそうとしており、止める事は出来ない。
(ゴブリンキングか……土鯨の時と違って、俺達にはどうしようも出来ないしな)
土鯨とレノ達が戦ったのは魔狩りに頼まれたからであり、彼等は事前に土鯨の居場所を突き止め、対策を練っていた。しかし、ゴブリンキングの場合はシチノの周辺地方に存在する事しか判明しておらず、どの程度のゴブリンを従えているのかも完全には把握されていない。
ムツノの時とは違ってレノ達ではドリスの力を手助けする事も難しく、そもそもレノ達は一般人である。冒険者でもなければ傭兵でもないレノがドリスの仕事を手伝う事は出来なかった。
(ドリスの力になりたい。だけど、今の俺達にはそんな事は出来ないのか……)
考えている間にもシチノに向けてレノ達は着実に近づいており、遂に狼車を引くウルが鳴き声を上げる。
「ウォンッ!!」
「……見えてきたよ、あれがシチノだ」
御者の代わりをしていたアルトが声をかけると、レノ達は馬車の中からシチノの光景を確認する。シチノは他の街と比べて城壁が非常に高く、まるで「要塞」を想像させる街だった――
――シチノの周辺地域には危険種指定されている魔物が多く、その魔物に対抗策としてシチノを取り囲む城壁は非常に堅固であった。この城壁が魔物に破られた事はなく、かつて他国がジン国を攻め寄せてきたときもこの街が陥落する事はなかった。
王都に辿り着くにはこの街を落とさなければならないが、歴史上でこの街が落とされた事はなく、他国からは難攻不落の要塞としても語り継がれているという。そんなシチノには周辺地域に存在する村から大勢の人間が避難していた。
「列を乱すな!!落ち着け、もう大丈夫だ!!ここまで来たら襲われることはない!!」
「そこ、横入りするな!!」
「怪我人がいればすぐに呼べ!!食事や水が必要な者もいればすぐに用意してやる!!」
四方に存在する城門には大勢の人間が押し寄せ、警備兵の指示の元で彼等は街の中に入っていく。その様子を丘の上からドリスは観察し、神妙な表情を浮かべる。
「こんな数の人間が避難しているなんて……」
「そういえば途中、荒らされた村を発見したな……あの時は廃村かと思ったが、ゴブリンに襲撃されて村の人間は避難していたのか」
「思っていたよりも凄い数……私達が今日まで襲われなかったのは運が良かったのかもしれない」
「こんなにたくさんの人間が逃げてきたのか……」
「クゥ〜ンッ……」
「ぷるぷるっ……」
数百人の人間が行列を為している光景にレノ達は唖然とし、予想以上にゴブリンキングから逃れるためにシチノへ避難民が集まっている事を知る。その光景を見てドリスは改めて決意を固め、全員に振り返った。
「皆さん、私は先へ向かいますわ。ここで皆さんとはお別れです」
「ドリス……」
「……寂しくなる」
「頑張るんだよ」
「はい……ここまで色々とお世話になりました」
ドリスは若干涙目を浮かべながらも掌を差し出し、最後に全員と別れの握手を行おうとした。それに対してレノは複雑な気持ちを抱きながらも彼女の手を取ろうとした時、ここでウルは鳴き声を上げる。
「グルルルッ……!!」
「ウル?」
「この音……何かが近付いてくる!!」
「何だって!?まさか、ゴブリンか!?」
「そんなっ!?ここにはまだ避難しきれていない人たちがまだこんなに……!!」
ウルとネココの反応にレノ達は驚き、彼等は振り返ると砂塵が舞い上がっている事を確認する。街からまだ1キロほど離れた場所だが、そこには思いもよらぬ光景が映し出された。
砂塵を巻き上げているのは「ボア」に乗り込んだホブゴブリンであり、その数は10匹は存在した。ボアに跨ったホブゴブリンはシチノへ向けて突撃し、人間から奪ったと思われる武器を手にして雄たけびを上げる。
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