要塞都市 シチノ編

第278話 料理当番

――魔狩りの砂船に乗ったレノ達は砂漠の外まで運んでもらい、船長たちと別れを告げると本格的に王都へ向けての旅を再開した。次の街を越えれば王都まで一直線であり、旅の終わりが近付いている事にレノも緊張を抱く。


砂漠を抜けて久々に平地へと辿り着いたレノ達はウルの引く馬車ならぬ狼車に乗ってシチノへと向かう。この際に砂漠にいた時は身体が縮んでいたスラミンも少しだけ大きくなり、馬車の中でネココの枕に利用されていた。



「ふうっ……やっぱり、スラミンはこのサイズが一番寝心地が良い」

「ぷるるんっ……」

「何かスラミンさんが複雑そうな表情を浮かべてこっちを見てくるのですけど……」



完全に枕扱いされるのは嫌なのかスラミンは切なげな表情を浮かべてドリスに潤んだ瞳を向ける中、馬車の中でレノは新しく手に入れた蒼月と魔法腕輪に視線を向ける。



「……うん、凄いよこの刀。荒正よりも魔力を込めやすいし、この腕輪の方もミスリルよりも簡単に魔力を引き出せる。流石は伝説の魔法金属としか言いようがないよ」

「……売れば高そう」

「駄目ですわ!!人の好意を簡単に無下にするような真似はいけませんわよ!?」

「いや、売らないよ……」



オリハルコン製の武器や装飾品は滅多に手に入らず、この蒼月もドリスが所有する魔剣「烈火」と同等に近い価値を誇る。性能に関しても魔剣にも劣らず、この蒼月ならば荒正以上にレノの魔法剣を引き立たせると考えられた。



「ふうっ……大分暗くなってきたね、そろそろここで野営の準備をしないかい?」

「そうだね、ウル!!」

「ウォンッ!!」



アルトの言葉を聞いてレノはウルが進むのを止めさせると、今夜の野営の準備を行う。シチノの街までもう少しで辿り着けるだろうが、夜を迎えると魔物達が活発的に動き出すため、夜間の進行は危険と判断して野営の準備を行う。


馬車を停止させたレノ達は野営の準備を行い、夕食の準備を行う。ちなみに夕食に関しては当番制であるため、順番で交代して食事の準備を行う。ちなみに今日の食事の当番はドリスだった。



「今日はシチューを作りますわ!!中々の自信作でしてよ!!」

「……未だにドリスが料理を出来るのが意外」

「失礼ですわね!!私は小さいころから料理は得意ですわ!!」

「貴族が料理を習う事自体が普通は珍しいんだけどね」

「うん、美味しいよ。ドリスは良いお嫁さんになれるよ」

「そ、そう素直に褒められると照れますわ……」



食事の準備を終えたドリスは全員にシチューの入った皿を渡し、最後にウルには干し肉を与え、スラミンには冷たい水が入った皿を渡す。意外な事にドリスは料理が得意らしく、小さいころから料理を習っていたという。



「ドリスはどうして料理を習っていたの?貴族の人って、何となくだけど使用人の人に料理を作らせて自分が作る事はないと思っていたけど」

「まあ、間違ってはいないよ。僕の家ではそうだったからね」

「私の家では女性は料理を習うのが習慣でしたの。もしも結婚するとき、愛する人や子供のために自分の料理を振舞う腕がなければ困る事態も陥るかもしれないでしょう?だからフレア家の家訓で女性は必ず料理を習い、男子の場合は家族を守る男になるために武芸を習わされますわ。私の場合はどちらも学びましたけど……」

「という事は……ドリスは男でもあった?」

「どういう理屈ですの!?」



ドリスの場合は小さいころから料理を学び、更に魔剣を抜いたときから王国騎士になる事は確定していたため、彼女は武芸も家事も両方学んでいた。そのために貴族にしては珍しく家事が得意らしい。


ちなみに同じく貴族であるアルトの場合は趣味で料理を行っていたらしく、彼の場合は料理が行える男子の方がモテるという理由で料理を始めたという。理由はともかく、彼の料理の腕は立派だった。



「でも、やっぱりレノが作る豚汁が上手い」

「ああ、今は豚肉がないから作れないけど……今度、オークやブタンが出てきたときに作ってあげるね」

「それは嬉しいね、レノ君の料理が一番に美味しいからね」

「毎日食べたいぐらいですわ……はっ!?い、今のは違いますわ!!決して告白したわけでは……」

「……もじもじしないで、ちゃんと食べる」



自分の発言にドリスは照れ臭そうな表情を浮かべ、そんな彼女にネココは呆れた表情を浮かべる。何だかんだでこの二人も仲が良くなり、最初の頃は割と衝突する事も多かったが、上手くやっている。



「ウォンッ」

「わ、ウル……お前もシチューが食べたいのか?でも、駄目だよ。お前、犬の癖に猫舌だからちゃんと冷まさないと……」

「クゥ〜ンッ……」



干し肉を食べ終えたウルがレノに擦り寄り、何かを知らせるように顔を寄せる。その行為にレノは食事を催促しているのかと思ったが、ウルは首を振った。

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