第277話 イレアの思惑
「失礼かもしれませんが、お父様はヒカリという存在がどれほど大きく、同時に危うい物なのかを理解していますか?このままヒカリとオリビアを一緒に行動させればきっとあの娘はこう考えるはずです。自分はヒカリに守られている、だから絶対に安全なのだと……」
「それは……確かに危ういのう」
ヒカリは確かに強い、それは紛れもない事実である。その存在に守られるオリビアが「自分はこんなにも強い存在に守られているのだから、絶対に安全である」そんな風に考えても仕方がない。
だが、実際の所はヒカリだけではどうしようもない相手が現れた場合、あるいはヒカリが傍にいないときにオリビアは自分の身を守れるのか、その点が心配だった。
「お父様……これはオリビアのためでもあります。一度、あの子とヒカリを離れさせる事でもう一度ヒカリに自分の立場を理解させましょう」
「うむ……そうじゃな、よく分かった。儂もよく考えよう……しばらくは一人にさせておくれ」
「ええ、失礼します」
イレアは国王の言葉を聞いて頭を下げると、部屋を退室しようとした。だが、部屋から立ち去る前に国王は彼女に問いかけた。
「イレアよ……もしもお主の言う通りにヒカリとオリビアを離れさせた場合、あの子は今の様に屈託のない笑顔を浮かべてくれると思うか?」
「……それは、分かりません」
「そうか……」
国王はヒカリと出会えたことでよく笑うようになったオリビアが、ヒカリと離れさせれば以前のように笑顔を見せなくなるのではないかと不安を抱く。だが、その問いかけに対してイレアは答える事が出来ず、部屋を退室する――
――部屋を抜け出した後、イレアは廊下を歩ていると、不意に窓の外に視線を向ける。そこには中庭に生えている花壇にて戯れるオリビアとヒカリの姿が存在した。二人はまるで年頃の女の子のように笑い合い、楽しそうに過ごしていた。その様子を見たイレアは眉をしかめ、一言だけ呟く。
「呑気な娘達ね……」
国王と相対した時とは雰囲気が打って変わり、何も知らずに楽しそうに語り合う二人に対してイレアは嫌悪感を露にしていた。だが、すぐに彼女はいつも通りの凛々しい表情へと戻ると、その場を立ち去った――
――翌日、国王はヒカリを呼び寄せると王国騎士ドリスを迎えに行くように命じた。ヒカリは自分が王都を離れる事に驚いたが、彼女は王国騎士である以上は国王の命令には逆らえない。ここで逆らえばヒカリを専属騎士にしたオリビアの立場が危ぶまれる。
「ヒカリよ、お主にはこれからムツノへ向かい、魔狩りと呼ばれる組織と行動を共にしておるドリスを王都まで連れ出すのじゃ」
「えっと……僕が、ですか?」
「その通りじゃ。無論、お主が人間の国にまだ馴染み切れていないのは承知しておる。そこで同行者として白狼騎士団から数名の騎士を駆り出させよう。既にセツナとは話を付けておる、一緒に連れていくがいい」
「はい、分かりました。あれ?でも、僕がいない間はオリビアちゃ……いや、オリビア王女の護衛はどうするんですか?」
危うくいつもの調子でオリビアの事をちゃん付けしそうになったヒカリだが、慌てて言い直す。そのヒカリの態度に国王は若干呆れ、仮にも王女であるオリビアをちゃん付けなどあってはならない話である。
「安心しろ、オリビアの警護は儂の護衛騎士に任せよう。お主は何も心配せず、任務を果たす事に集中するのだ……早く任務を終わらせれば王都へそれだけ早く帰れる。そう考えてくれて構わん」
「あ、なるほど……分かりました!!じゃあ、すぐに終わらせて帰ってきます!!」
「う、うむ……その意気じゃ」
国王の言葉にヒカリは納得すると、そんな彼女を見て国王は内心でこんなあっさりと人の言葉を信用するヒカリに大丈夫なのかと不安を抱く。悪い人間に簡単に騙されるのではないかと不安を抱くが、そこは同行する騎士にしっかりと彼女の面倒を見せさせる事にした。
セツナの方はドリスの出迎えに自分の部下を派遣させる事は嫌だったが、流石に国王の命令を何度も拒否するわけにはいかず、仕方なく数名の騎士を用意させる。ヒカリはその騎士達を引きつれ、ムツノへと向かう事にした。
――この時のヒカリは想像もしなかった。王国騎士ドリスの傍には自分が追い求める相手が一緒にいる事も知らず、彼女は白狼騎士団の騎士を伴って王都を発った。
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