第276話 イレアの提案

「お父様が王国騎士ドリスに目を掛けているのは知っています。しかし、いくらなんでも甘すぎます。彼女は王国騎士といえども一家臣に過ぎません。あまりに特別扱いすると他の者に示しが尽きませんよ」

「そ、それはそうじゃが……」

「はあっ……仕方ありませんね、それでは丁度この王都で暇を持て余している者にドリスを迎えさせに行かせるのはどうでしょうか?」

「暇を持て余している者?」



イレアの言葉に国王は戸惑い、この王都に暇を持て余した者がいるのかと疑問を抱く。そんな彼に対してイレアは淡々と告げた。



「一人いるではないですか、ドリスと同じく王国騎士の座に就き、未だに功績を残していない御方が一人だけ」

「まさか……ヒカリの事を言っているのか!?」



国王はイレアの告げた相手がヒカリだと知ると慌てふためき、確かに彼女はドリスと同格の立場ではあるが、ドリスと違って彼女には第三王女の専属騎士の役目を与えている。



「そ、それはならん!!ヒカリはオリビアの守護を任せておる、ヒカリを派遣すればオリビアはいったい誰が守るのだ?」

「お父様、冷静に考えてください。確かに先日の視察の際にヒカリは命を狙われました。しかし、ヒカリが襲われたのはこの王都から遠く離れた場所なのです。この王都に存在する限り、ヒカリの安全は他の家臣や将軍が守り通します」

「ぬうっ……しかし、オリビアがヒカリを離そうとはしまい。あの娘は随分とヒカリの事を気に入っている様子だからな」

「それは承知しています。しかし、現状ではヒカリ以外にドリスを迎えに行かせるのに相応しい存在はいません」



王国騎士であるヒカリはオリビアの専属騎士でもあり、本来ならば彼女の傍を離れる事など有り得ない。だが、他の将軍や家臣の中で王国騎士のドリスを説得できる存在と言えばそれこそ国王や宰相のような国のトップが出向くしかない。


当然だが二人が国王も宰相も王都から離れるわけにもいかず、ドリスと同格の立場であるセツナに至っては堂々とドリスを迎えに行くことを拒否している。そもそも白狼騎士団は王都の守護を任されており、本来ならば重要な任務以外に国を離れる事は許されなかった。


黒狼や盗賊王の一件はともかく、わざわざ仲の悪いドリスを迎えに行くためだけにセツナが出向く事はあり得ない。国王の命令であろうとセツナはこれを拒否しており、そうなると他に頼れる人材は同じく王国騎士のヒカリだけであるとイレアは語る。



「ヒカリはドリスと同格の王国騎士である以上、ドリスも無碍な扱いはしません。ここはオリビアの守護は他の者に任せ、ヒカリを派遣してドリスの迎えに行かせるべきでしょう」

「だが、ヒカリはドリスとは初対面だぞ?説得できるかどうか……」

「ドリスも馬鹿ではありません。わざわざ王国騎士を派遣させて迎えに行かせればドリスも国王の真意を読み取り、従ってくれるでしょう。仮に従わない場合でも王都の守護はセツナに任せれば問題はありません。そもそもヒカリがいないときもオリビアは王都で安全に暮らしていました」

「ううむ……しかしだな」

「お父様は少々過保護が過ぎます。オリビアを心配する気持ちは分かりますが、ヒカリも王国騎士に就かせた以上はそれ相応の仕事を与えるべきです。現状ではヒカリは問題行動しか起こしてないのをお忘れですか?」



イレアの言葉に国王は言われてみればヒカリを迎え入れてから彼女が功績らしい功績を上げていない事を思い出す。これまでにヒカリには色々な仕事をやらせてみたが、兵士の指導を任せれば鍛錬が厳しすぎて王都の兵士でさえも付いてこれず、オリビアの護衛に専念させれば二人で勝手に城下町に繰り出して遊びに行ってしまう。


ヒカリが訪れる前のオリビアは真面目で勝手に城を抜け出す事もなかったのだが、ヒカリが訪れてからは彼女は変わり始めた。昔よりもよく笑うようになった反面、問題行動を犯すようになった。その事に関しては国王も思い悩む。



(ヒカリのお陰でオリビアは昔よりも明るくなった……生き生きとしておる。だが、王女としての自分の立場の危機感が薄れてしまったのかもしれん)



オリビアは常にヒカリという強い存在が傍に居る事で王女としての立場を忘れ、ここ最近は危機感が薄れているように国王は思えた。数か月前にオリビアは命を狙われたにも関わらず、ヒカリという強い存在が常に傍にいるせいでオリビアは自分の身が危険に晒される事を忘れている節があった。



(勇者の素質を持つヒカリは確かに強い、それこそどんな相手であろうと負ける事はあり得ない。だが、そこの底の見えない強さのせいであの子の危機管理が損なっているのか……?)



常にヒカリがいればオリビアは安全であると思い込んでいた国王だったが、ヒカリという存在が逆にオリビアの危機管理能力を妨げているのではないかと考え込む。

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