第275話 第一王女
「お父様、何かお困りごとですか?」
「むっ?おおっ、イレアか……いつの間に部屋に入っていた?」
「申し訳ございません、何度もノックしたのですが返事がなかったので……」
「そうか、それはすまなかなった……」
自分の部屋に入ってきた相手に気付いた国王は朗らかな笑みを浮かべ、彼の前に現れたのはこの国の第一王女である「イレア」という女性だった。3人の王女の中で一番最初に生まれ、最も美しく育った娘である。
他国でもイレアの美貌の噂は知れ渡っており、民衆の間でも「美姫」という二つ名が付けられるほどである。まるでエルフを思わせる美しい金髪、それでいながらエルフらしからぬ発育の良い身体、凛々しくも美しい顔立ちをしていた。
――イレアは他の二人の王女と違い、最初に国王が結婚した妻との間に生まれた娘である。妻は残念ながら流行り病で死んでしまい、後に生まれた二人の娘は側室との間に出来た子供である。
3人の王女の中でイレアは最も王位を継ぐ者に相応しい存在だと言われ、仮に国王の身に何かあれば彼女が国を継ぐか、あるいは彼女の夫となる存在が国王となる。そのためにイレアと婚姻関係を結ぼうとする輩は多く、あまりに競争相手が多すぎて婚約者もいない状態であった。
「お父様、また縁談の話が私の元に来ました。今度は地方の貴族からなのですが……」
「何じゃと!?おのれ、儂に話を通さずにお前に婚約を申し込んできたのか……許せん!!いったい誰がそんな不届きな真似をした!?」
「落ち着いて下さい、お父様。既に私の方で注意しておきました。こんな事で地方の貴族とお父様の関係を悪化させるわけにはいきません。私の方で厳重に注意しておきました」
「おお、そうか……お主には苦労をかけるのう」
通常であればイレアに婚約を申し込む場合、父親である国王に話を通すのが礼儀である。しかし、欲に目がくらんだ貴族達は内密にイレアに直接に婚姻を迫る者も多く、その話を知った国王は激怒する。
国王は3人の娘を愛しており、一番に溺愛しているのはオリビアではあるが他の二人の事も気にかけていた。特にイレアの場合は子供の頃に母親を失くしているため、それを不憫に思った国王は新しい正妻を決めず、彼女のために正妻の地位だけは死んだ妻だけの物とした。
「そんな事よりもお父様、トアル家に嫁いだ妹に関してですが、実はまた離縁の危機らしいです。こちらがあの娘からの手紙です」
「何じゃと!?こ、これで三度目ではないか!!いったい何をやらかした!?」
「なんでも新しい魔道具を開発するために実験を行った結果、屋敷が全焼する事態に訪れたとか……」
「あの娘は阿保か!?」
第二王女からの手紙をイレアは渡すと、国王は頭を悩めながらも受け取り、その内容を見てため息を吐く。3人の娘の中でも一番の問題児であり、内容としては夫からまたもや離縁を申し込まれそうらしく、この王都へ帰る旨が記されていた。
「ああ、どうしてお前とオリビアは良い子に育ったというのにあの娘だけはこうもおてんばなのだ……」
「仕方ありません、昔からあの娘は他人に従わされるのは嫌いな性分なのです。今回の結婚だってお父様が半ば無理やりに実行したのを根に持ったのでしょう」
「ぐぬぬっ……はあっ、仕方あるまい」
手紙を受け取った国王は深いため息を吐き出し、これで王都にまた悩みの種が戻ってくる事に頭が痛くなる。その一方でイレアは国王に話を聞く。
「それはともかく……お父様に聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
「むっ……どうかしたか?何か気になる事があるのか?」
「はい、先日の土鯨の討伐に貢献した王国騎士ドリスを何時頃に表彰するのか、家臣の間で話題になっています」
「……その件か」
自分が悩んでいる問題を指摘したイレアに国王は苦笑いを浮かべ、今正にその問題に相談したい相手が来てくれた事に彼は安堵する。
「現在、ドリスはムツノの周辺に滞在して自分の騎士団を結成するため、人材を探しているという報告が来た。近いうちに王都へ戻るという報告も届いているが、一向に戻ってくる様子がない」
「……いくら王国騎士と言えど、陛下の命令ならばすぐに参じるのが礼儀ではないのですか?」
「確かにその通りかもしれんが……ドリスもドリスでなにか考えがあるのかもしれん。無理やりに連れ戻すのはどうかと思ってな。そこで誰か説得する人材を探しておるのだ」
「陛下は甘すぎます。いくら王国騎士といえど、陛下の家臣です。王命であるのならば王国騎士であろうと逆らう事は出来ません」
「むうっ……」
イレアの言葉に国王は言い返せず、確かに王命であれば王国騎士であろうと無視する事は出来ず、従わざるを得ない。しかし、無理やりに連れ戻そうとすればドリスと国王の関係に不和が生じる可能性もあった。
ドリスの事は昔から知っている国王からすれば彼女は4人目の娘のような存在に等しい。そんなドリスとの仲が悪化するのを避けたいのが本音だが、イレアは厳しく叱りつける。
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