第259話 ロイとの思い出

その後、定期的に休憩を挟みながらもレノは砂漠の砂丘に対して嵐刃を繰り返し撃ち込み、刃に送り込む魔力の量や速度を調整するが、どうにも納得する結果には至らない。



「くそっ……もうここら辺の砂丘もなくなったな」

「ウォンッ……」



レノの周囲に存在した砂丘も魔法剣の練習によって吹き飛ばされてしまい、砂漠の一体が不自然に凹凸の無い空間が出来上がってしまった。これまでの練習で刀身に魔力を送り込む速度は少しずつ上昇したが、それでも魔石無しの場合だと魔力を刀身に維持できる魔力量は限られていた。


無理に魔力を引き出すとレノの肉体が持たず、魔力が枯渇して再び気を失ってしまう。だからといって中途半端な魔力量を送り込んでも嵐刃の威力は対して変わらず、完全にレノは行き詰ってしまった。



「はあっ……駄目だ、少し休もう」

「クォオッ……」



周囲の砂丘をあらかた吹き飛ばした事でレノは疲れ果ててしまい、ウルも眠たそうに欠伸を行う。寝そべったウルの背中にレノは身体を預けながら星空を眺めると、不意にある日の出来事を思い出す――





――まだロイがレノ達と共に暮らし始めた頃、ある日にレノはロイが夜中に剣を携えて出かけようとしている場面を目撃する。偶然にもそれを目撃したレノは気にかかり、彼の後を追う。


どうやらロイは夜中にこっそりと剣の鍛錬を行っていたらしく、レノ達が暮らす山小屋から少し離れた場所で剣を振っていた。隻腕であるロイの鍛錬は片腕で剣を振るっていた。この時にレノはロイが「地裂」とは異なる剣技を扱っていたのを見る。



『――抜刀っ!!』



ロイは腰の鞘に納めた状態の剣を抜き取ると、凄まじい速度で刃が横薙ぎに振り払われる。その速度はレノの優れた動体視力でも捉え切れず、いつの間にか彼が抜いていたのも見えなかった。


どうやら彼は空中に落ちてきた枯葉を切り裂いたらしく、空中で真っ二つに斬れた枯葉を見下ろして彼は眉をしかめる。そして隠れているレノに声を賭けてきた。



『レノ、そこにいるのか?』

『えっ……どうして分かったの?』

『気配が駄々洩れだ。それでは狩猟するとき、簡単に見つかってしまうぞ』



レノは姿を現すとロイは鍛錬を見られていた事を知って苦笑いを浮かべ、その場で二人は向き合うように座る。自分の後を尾行してきた事にロイは怒っておらず、そんな彼にレノは先ほど何をしていたのかを尋ねる。



『爺ちゃん、さっきは何をしたの?』

『さっき?ああ、抜刀の事か……あれは剣士が扱える戦技でな、理屈は儂もよく理解していないが、鞘に納めた状態の刃を抜くだけではなく、攻撃に利用した戦技だ』

『抜刀……』

『儂の場合、隻腕しかないからな。両腕を使用する戦技は扱えん。この抜刀の戦技は本来はもう片方の腕で鞘を抑える必要はあるのだが、まあ、慣れればどうという事はない。最も、お前が覚えるには10年はかかる剣技だろうがな』

『10年かぁっ……』



この時のレノはロイが格好良い剣技を扱ったという印象しか抱かなかったが、この日の出来事をレノは時折思い出す。ロイによると「抜刀」は才能がある剣士でも習得するのに苦労するらしく、剣聖と謳われた彼でさえも数年の月日を費やして覚えたという――






――ロイとの幼いころの日々を思い出したレノは身体を起き上げ、不意に鞘に視線を向ける。鞘には風属性の魔石が取り付けられており、この魔法鞘を身に付けた状態ならばレノも瞬時に魔力を刀身に纏う事が出来る。


昔の出来事を思い出したレノはロイの真似をしようと手を伸ばすが、ここで考え直す。あのロイでさえも長い時を費やして覚えた「抜刀」をレノがすぐに扱いこなせるはずがない。ましてやレノは剣士ではなく、剣士が扱う戦技は覚えられないのだ。


しかし、ロイには出来ない事でもレノに出来る事はある。それは風の魔法の力であり、ここでレノは考え直す。



(そうだ、俺は俺のやり方で強くなればいいんだ。無理にロイ爺ちゃんみたいなやり方をする必要はないんだ……俺のできる事で頑張ればいいんだ)



抜き身の状態でレノは剣を構えると、ロイが抜刀の戦技を発動した時のように足場をしっかりと踏みしめると、剣を横向きに構える。鞘がないのでロイのように鞘から刃を引き抜く事は出来ないが、そこまで彼の模倣をする必要はない。



(単純に加速させるだけじゃ駄目だ……風の魔力を一点に集中させて放出すれば剣の速度は上がる。でも、それだと剣が当てられる相手にしか通じない)



土鯨との戦闘では下手に近付けばレノは土鯨の巨体に吹き飛ばされる可能性があるため、常に一定の距離を保って攻撃していた(最後の攻撃の際は土鯨に近付いて斬り付けたが)。魔物の種類によっては接近戦が危険になり得る存在がいる事を改めて思い知らされたレノは新しい魔法剣は遠距離攻撃が行える技が良いと思っていた。

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