第252話 閑話《その頃、里のエルフ達は……》

――族長の一人娘にして大切な跡取りであったヒカリが里を出て行ってから数か月が経過し、族長は思い悩んでいた。当初はヒカリが成人すれば婚約者を選抜し、その相手に後を継がせるつもりであった。そして婚約者の一番候補はレノを追放させる切っ掛けとなったタリヤである。


ヒカリが唐突に逃げ出したのは族長の口から自分が成人した時にタリヤと結婚するかもしれないと言われたためであり、彼女はそれが嫌で里を逃げ出す事を決意した。無論、族長も父親としては娘が嫌う相手との結婚をさせる事は本意ではない。


しかし、仮にもタリヤの父親であるヤザクは族長の次に偉い立場であり、順当に行けば彼の息子であるタリヤがヒカリの婚約者に一番相応しい。それにヤザクは息子を溺愛しており、幾度も族長にヒカリとタリヤの婚約を願う。


これまではヒカリがまだ成人年齢に達していないという理由で断り続けてきた族長だったが、美しく育ったヒカリに魅かれ、彼等以外にも婚約を申し出る者も現れた。そのせいでヤザクもタリヤも危機感を抱き、より一層に族長に迫る。




そんな時に当のヒカリが逃げ出してしまった事で里は大騒ぎに陥り、当然ではあるがすぐにでもヒカリを連れ戻そうとした。だが、森の掟で里のエルフは無暗に外の世界へ赴く事は許されず、これまでは掟に従って捜索隊は派遣できなかった。


慣れない外の世界に赴けばヒカリも途中で辛くなって戻ってくる事も期待したが、数か月の時を経ても彼女が戻ってくる気配は無く、遂に痺れを切らした者達が族長に直談判を行う。



「族長!!もう待つ事は出来ません!!どうか、我々を外の世界へ行かせてください!!」

「必ずやヒカリ様を連れ戻しましょう!!」

「どうかご判断を!!」

「う、ううむ……」



族長の元には数名の男性のエルフが駆けつけ、殆どがヒカリと同世代の男達であった。彼等は幼少期からヒカリに魅かれ、恋心を抱いてきた者達である。その中には一時期は衰弱状態で発見されたタリヤも存在した。



「族長!!これ以上にヒカリ様を待ち続けても意味はありません!!もしも外の世界でヒカリ様の身に何かあったらどうされるのですか!!」

「……ならば、お前達ならばヒカリを連れ戻せるというのか?」

「必ず連れ戻して見せます!!」

「我等が力を合わせればいかにヒカリ様といえど、必ずや連れ戻してみせます!!」

「ふむ……」



ヒカリの強さを理解している族長は生半可な実力の者を送り込んだ所で意味はないと知り、自分の元に訪れた男達を見て彼等が束になってもヒカリには敵わないだろうと考えた。だが、このままヒカリの事を放置するわけにもいかず、それならば彼等の意志を更に強めるためにある提案を行う。



「……よかろう、ではお前達に外の世界へ行かせてやろう」

「ほ、本当ですか!?」

「但し、条件を付けくわえる。旅先で起きた問題は自分達で解決する事、お前達が起こした問題は我々は関与しない。それとお前達全員で行動すれば目立ちすぎてしまう、別れて行動するのだ。それと、相手が人間だからといって傲慢な態度を取ってはならない」

「何故ですか?下等な人間に我々がへりくだれと!?」

「その発想がいかんのだ!!いいか、その世界では人間が最も数が多い。彼等を敵に回せばお前達は外の世界で生きていく事は出来ない。人間を決して侮るな!!彼等を敵に回す行為は止めろ!!」

『…………』



族長の言葉にエルフの若者たちは戸惑い、これまで彼等は人間は下等な種族だと教わっていた。だからこそ人間の血が流れるレノの事を半端者として蔑んでいたが、外の世界では人間こそが驚異的な存在だと言われても納得できない。


しかし、族長としてもこの条件を呑まなければ里の外に出さない事を告げ、彼等は一応は族長の言葉に従う。人間などに気を遣う意味が分からないが、とりあえずはヒカリを連れ戻すために彼等は族長の条件を受け入れた。しかし、ここでタリヤが言葉を挟む。



「族長、一つよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「……もしも私が一人でヒカリ様を連れ戻した時、その時は私をヒカリ様の婚約者として認めて下さりますか!?」

『っ!?』



タリヤの言葉に他の若者は目を見開き、その言葉に対して族長は何を言い出すのかと思ったが、ここで思い直す。どんな理由があるにせよ、ヒカリに懸想している彼等のやる気を促すのであればタリヤの提案も悪く無いと考えた。



「……いいだろう、もしも最初にヒカリを連れ戻した者は、ヒカリを婚約者とする」

「あ、ありがとうございます!!」

『っ……!!』



族長の許しが出た事でタリヤは興奮気味に頭を下げ、他の者達も目の色が変わる。その反応を見て族長は彼等がヒカリを連れ戻す意思を固めたと思う一方、何処か不安を抱く。



(やれやれ、これではこ奴等が協力して動く事はなさそうだな……だが、どんな手を使ってもヒカリを取り戻そうとするだろう)



方法はともかく、族長は里の長として跡取りであるヒカリを連れ戻す事が重要だった。なのでタリヤの条件を認めたが、後に彼はこの時の判断を後悔する事になる――

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