第236話 残された可能性

『オァアアアアッ……!!』

「し、下からだとっ!?」

「船長、船が……」

「くそっ!?踏ん張りやがれ、ヤマトぉおおっ!!」



砂船ヤマトの下に潜り込んだ土鯨は船底から押し上げ、自分と同程度の大きさを誇るヤマトをひっくり返そうとする。船長は必死に舵を切るが、時間稼ぎにもならずに船は傾き、遂に横倒れになってしまう。


甲板の船員たちは砂漠へと放り出され、更に甲板に固定していた投石機も外れてしまい、樽爆弾と共に砂の上に沈み込む。まだ残っていた樽爆弾は落下の衝撃の際に樽が割れてしまい、中身がこぼれてしまう。



「ううっ……み、皆、無事か!?」

「いでででっ……兄貴、大丈夫か!?」

「ぐっ……どうにかな」

「……痛い、たんこぶが出来た」

「し、死ぬかと思いましたわ」

「下が砂で助かったよ……」



幸いにも船が倒れた時に吹き飛んだ者達は下が砂場であった事から墜落の衝撃が和らぎ、死ぬことだけは免れた。だが、重傷は負わなくとも状況は絶望的である事に変わりはなく、砂船はもう使い物にはならない。


「ああ、樽が……俺達が苦労して集めた酒が、魔石が……!!」

「畜生、畜生っ!!」

「ここまで来るのにどれだけ苦労したと……!!」



10年以上の歳月を費やして集めた資金でやっと用意した投石機と樽爆弾は破壊され、土鯨を倒すための徒労が全て無駄になってしまい、船員たちは絶望する。しかし、落ち込んでいる暇はなく、船長は声を張り上げる。



「お前等、そこいらの残骸に身を隠せ!!奴はまだ近くにいるぞ!!」

「そ、そうだ!!おい、皆立て!!走るんだ!!」

「くそぉっ、くそぉおっ!!」

「……静かにして、騒いだら気づかれる」



船長の言葉を聞いて船員たちは土鯨から逃げるためにそれぞれが走り出す。土鯨は船を横転させると姿を消し、再び砂の中に潜り込んだと思われた。船長の指示の元、船員たちは土鯨が破壊した大量の砂船の残骸に身を隠す。


ここで全員が大きな音を立てないように身を潜め、この状態で何処まで持つのかは分からない。だが、音を立てれば土鯨に気付かれる事は間違いなく、今は身を隠す以外に術はない。



(ど、どうしますの?地上ではあの化物の対抗手段はありませんわ)

(例の作戦も失敗した……口の中で爆発が起きても相手はぴんぴんしてる)

(爆発の威力が低かったのか、あるいは身体の中も熱に強いのか……どちらにしろ、状況は最悪だね)



隠れていても照りつける太陽の光のせいで船員たちは体力を奪われ、砂漠の熱気を浴び続けるだけでも身体にきつい。このまま隠れ続けてもいずれは日射病や熱中症を引き起こして倒れるのは時間の問題だった。



(くそっ、何か方法はないのかよ!?壊れていない樽爆弾はないのか!?)

(可能性があるとすれば……船の中だ。まだ、いくつか樽爆弾の予備が船の中に保管されているはずだ)

(それは本当ですの!?)

(こうなったらそれに賭けるしかない……どうにか船に近付き、樽爆弾を運び出すんだ。生き残るにはそれしか方法はない)



ゴンゾウによると船にはまだ樽爆弾が保管されているらしく、そちらの方はまだ無事な可能性も残っていた。どうにか船に戻って樽爆弾を回収すればまだ打てる手があるかもしれず、誰が船に向かうのかが重要である。



(……ここは私に任せて)

(ネココさん!?いくらなんでも一人で無茶ですわ、あんな大きくて重い物を運び出すのは不可能ですわ!!)

(大丈夫、考えはある……それにこの状況で船に近付けるのは私だけ)



ネココは船に視線を向けると、彼女はその場を駆け出す。暗殺者の能力を利用して足音を限りなく最小限に抑える事で土鯨に気付かれないように移動し、彼女は横転した船へと近づく。


どうにかヤマトに辿り着いたネココは蛇剣を取り出し、刀身を伸ばして船のマストに突き刺す。刀身を戻してネココはマストへ移動すると、彼女は船の中に繋がる出入口に視線を向け、今度は蛇剣の刀身を伸ばして固定する。



(そ〜とっ……足音を立てないようにゆっくり移動する)



蛇剣の刀身を足場に利用してネココは平均台を渡るように刀身の上を歩き、ここで振動が起きれば彼女は落下を免れない。その様子をアルトたちも緊張した面持ちで見つめ、どうか土鯨が現れない事を祈る。


やがて刀身を渡り切ったネココは無事に船の中に入る事に成功した。但し、横転しているので今までは壁だった場所が足場となり、景色も45度変わってしまう。階段で降りていた場所も今度は斜めに進む形となり、道を間違えないように気を付けながら彼女は進む――

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