第219話 土鯨

「うわわっ!?」

「馬鹿、何してんだ!!しっかり掴まってろ!!」



レノは傾いた船の上から危うく転げ落ちそうになるが、誰かに手を掴まれて助けられる。驚いて振り返ると、そこには船の甲板の床板を掴むポチ子の姿が存在した。彼女は子供ながらに凄い握力で床板を掴み、転げ落ちるのを耐え抜く。



「あ、ありがとう……でも、このままだと船が……」

「舐めんなっ!!エイハブ船長が舵を切ってるんだ、ヤマトがこんな事で沈むもんかっ!!」



ポチ子はレノの言葉を否定し、大きく傾いた船ではあるが、逆にそれを利用して旋回を行い、軌道を変更させて土鯨から逃れる事に成功した。土鯨から離れると船の体勢は元へ戻り、やがて傾いていた甲板も戻るとポチ子はレノの手を離す。



「いつまでべたべた触ってんだ、離れろっ!!」

「あいてっ!?」

「おう、お前等!!いちゃついている場合じゃないぞ!!」

「誰がこんな奴といちゃつくかっ!!」



二人の様子を見ていた巨人族の船員が茶化すと、ポチ子は怒った風に怒鳴りつけるが、一方でレノは土鯨の様子を伺う。大きさはトレント級だが、その戦闘力はトレントをも上回るかもしれず、とんでもない相手との戦闘に巻き込まれた事にレノは内心で溜息を吐く。



(こいつはやばそうだな……どう考えても生半可な攻撃が効く相手じゃない)



レノは自分の荒正に視線を向け、自分の魔法剣が通じる相手なのかと不安を抱く。だが、魔狩りの者達は土鯨を倒すために既に動き始め、退く様子はない。


今から船を降りるわけにもいかず、ウルも船内に存在する事を思い出したレノは土鯨と戦う事を決める。そして土鯨の様子を伺い、まずは何処を狙うべきか考える。



「おい、何をじっと見てるんだよ!!怖くて動けないのなら船の中に閉じこもってろ!!」

「怖い?馬鹿言わないでよ……俺も戦うよ。そこ、退いて!!」

「お、おい!?何をする気だ!?」



レノは自分の傍でわめきたてるポチ子を離れ、土鯨が存在する方向へ視線を向けると、久々に弓を取り出す。養父であるダリルから授かり、更には魔法金属製の金具に風属性の魔石を取りつけた弓を構える。



(これを使うのは久しぶりだな……狙うのは、あそこだ!!)



矢を番えるとレノは付与魔術を発動させ、風属性の魔石から魔力を引き出して解き放つ。放たれた矢は風属性の魔力を取り込み、螺旋状の風の魔力を纏いながら土鯨の顔面へと迫った。


放たれた矢は移動を行う土鯨を追うように軌道を変化させ、見事に土鯨の眼球に衝突し、土鯨の悲鳴が響く。レノの「魔弓術」は視界内に捉えた狙いを外さず、自動追尾するように軌道を変更する力を持つ。



――オァアアアアアッ!?



片目を射抜かれた土鯨は悲鳴を上げ、目元から血を流しながら慌てて砂の中に潜り込む。その様子を見ていた者達は唖然とする中、レノは弓を番えた状態で舌打ちする。



「くそっ……もう片方の目は逃した」

「す、すげぇっ……あの距離で矢を当てるなんて、信じられねえ」

「おう、よくやったな坊主!!あの化物の目を射抜くなんてやるじゃねえかっ!!」



レノの行動を見していたポチ子は唖然とする中、船首にて舵を切っていたエイハブがレノを褒め称える。その言葉に他の船員たちもレノの行動を褒めた。



「凄いな坊主!!あの化物の目を撃ち抜くなんて……」

「土鯨の奴、尻尾を巻いて逃げやがった!!」

「取り逃がしちまったな……だが、命拾いしたぜ」

「せいせいしたぜ!!あいつのせいで何隻もの砂船が沈められたからな!!」

「えっ、あっ、どうも……」



討伐をする事は出来なかったが、無事に撃退出来た事に海賊たちは喜び、親し気にレノの肩を叩く。普通の人間ならばともかく、巨人族の腕力で肩を叩かれるのはかなり痛いが、それでも多くの人に褒められるのは悪い気分ではない。


土鯨は完全に逃げてしまったらしく、砂の中に潜り込んだまま姿を見せなくなった。だが、あのまま戦闘を続けてもレノ達が勝つ保証はなく、実際に甲板に設置された「投擲槍」なる装置は役にはたたなかった。あのまま戦闘を続けても土鯨に損傷を与える事は厳しかっただろう。



「よし、野郎ども!!一旦、拠点へ引き返すぞ!!船の修理も必要だからな、今日はあの化物に一矢報いた!!宴をやるぞ!!」

『うおおおおっ!!』

「よくやった、お前はこの船の救世主だ!!」

「うわっ!?」



エイハブの言葉に船員たちは歓声を上げ、今回の戦闘の貢献者であるレノはゴンゾウに肩車され、皆に褒め称えられた――

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