第202話 蝙蝠の団長

「ちっ……本当に人間は脆いわね、これじゃあ遊び道具にもならないじゃない」

「た、頼む……詫びでも何でもするから、もう今日は帰ってくれ」

「だから、誰に指図してるのよあんた……殺されたいの?」

「ひいっ!?」



カトレアの言葉にゴノ伯爵は震え上がり、本来は彼を守る立場の兵士達も恐怖のあまりに動けなかった。カトレアの存在は伯爵以外の者も知っており、彼女の恐ろしさを知っているからこそ逆らえる存在はいない。


普段のカトレアはここまで狂暴ではなく、滅多な事では怒ったりしない。しかし、彼女は自分の身体を傷つけた存在は決して許さず、どんな手を使っても報復する。そして今回の標的はレノとドリスであった。



「ああ、忌々しい……あのガキ共!!よくも美しい私の身体に傷を付けたわね……!!」

「か、カトレア……」

「うるさい、勝手に喋るな豚がっ!!」

「うぐぅっ!?」



ゴノ伯爵が話しかけようとしただけでも許さず、カトレアは机を蹴りつける。今現在の彼女は力の制御が出来ず、机を蹴るだけで砕いてしまう。吸血鬼の身体能力は人間の比ではなく、本気で暴れれば赤毛熊並の怪力を誇る。



「どんな手を使っても奴等を連れて行きなさい、夜の間でなければ私は思うように動けない事を知っているでしょう?」

「あ、ああ……全力で捜査している、だからもう少しだけ待ってくれ……」

「ちっ……仕方ないわね、ちょっと!!そこのあんた、こっちに来なさい!!」

「ひっ!?お、お許しください!!」



カトレアに呼びかけられた兵士は悲鳴を上げ、壁際に逃げ込む。彼女に呼び出される事の意味は屋敷に働く者達は理解しており、必死に兵士は逃げようとしたがカトレは許さない。



「何処へ逃げるつもりよ?いいから、さっさと来なさい」

「い、嫌だ!!死にたくない、死にたく……!?」

「安心しなさい、殺しはしないわ」



男性の兵士はカトレアの頭を掴まれると、地下ずくで引き寄せられ、背後から首筋を噛みつかれる。その瞬間に男性は悲鳴を上げる暇もなく、まるで急速的に身体が老いるように痩せ細っていく。


兵士の仕事を全うするために鍛え上げられた腕が枯れ木の枝のように細くなると、男性は白目を剥いて倒れ込む。その姿はまるでミイラを想像させ、カトレアは口元に手をやると、眉をしかめながらも呟いた。



「まずいわね……やっぱり、精気を吸うのは子供に限るわね」

「あ、ああっ……」

「安心しなさい、死にはしないわ……まあ、元の身体に戻れるかどうかあんた次第よ」



ミイラのように全身が痩せ細った兵士は助けを求めるようにゴノ伯爵に腕を伸ばすが、それに対してゴノ伯爵は悲鳴を上げて兵士から離れる。一方で男性から血液と精気を吸い上げたカトレアは包帯を外すと、顔面の火傷が完璧に治っていた。



「ふうっ……やっと落ち着いたわ。大人の精気は回復が早いけど、味が最悪なのよね」



吸血鬼の能力は血を吸い上げる際に他者の生物の精気を同時に吸い上げ、身体の機能を強化する能力を持つ。男性から精気を絞り上げて吸い出したカトレアの肉体は超回復を引き起こし、万全な状態へと戻る。しかも今夜は満月の夜のため、吸血鬼の能力が完全に発揮できる。



「そういえば……この屋敷に見かけない奴等がいたわね。誰よ、あいつらは?」

「あ、あいつら……」

「あんたの私兵よりも立派な格好をした奴等よ」

「えっ!?」



カトレアの言葉にすぐにゴノ伯爵は彼女が「白狼騎士団」の騎士達の事を告げている事を知り、顔を青ざめた。現在、この屋敷にはセツナに同行した白狼騎士団の団員が存在し、その団員達は屋敷内に存在する宿舎に滞在している。


彼等の存在をカトレアに知られた事にゴノ伯爵はまずいと思い、白狼騎士団に彼女が手を出させら全てが終わってしまう。そう判断したゴノは彼女を止めようとした時、ここでカトレアは何かに気付いいたように床に視線を向けた。



「……ねえ、この部屋の下に誰かいるわよ?確か、下の部屋はあんたの書斎じゃないの?」

「な、何……!?」

「2人、いや3人はいるわね」



満月の日の吸血鬼は感覚が研ぎ澄まされ、カトレアは下の階に存在する人間の気配や音を聞き取る。その言葉にゴノ伯爵は冷や汗を流し、夜間の間は書斎には誰も立ち寄る事は許さないと彼は日頃から告げていた。


こんな時間帯に書斎に誰かがいるという話にゴノ伯爵は動揺を隠せず、一方でカトレアは妙に気にかかり、彼女は窓に視線を向けた。そして下の階で何が起きているのかを確かめるため、窓へと移動する。



「調べてくるわ、あんたはここにいなさい」

「ま、待て!!カトレア、今は外にでるのは……」

「うるさいわね、黙ってなさい」



カトレアが窓から外へ飛び出すと、その様子を見ていたゴノ伯爵は止める暇なかった。もしも彼女の存在を他の人間に見られたらまずく、彼は兵士に命じた。



「お、お前達!!急いで書斎へ向かえっ!!早くしろ!!」

「は、はい!!」



ミイラと化した兵士の介抱を行っていた者達にゴノ伯爵は指示を出すと、彼等は慌てて行動に移した――

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