第201話 カトレアの来訪

「くそくそくそっ……あの女は何をしている!?」

「あの女とは……?」

「あの生意気なガキに決まっているだろう!!馬鹿者がっ!!」

「いたっ!?」



察しの悪い部下にゴノ伯爵は手元に置いてあった本を投げつけると、兵士は慌ててセツナとリンの事を言っている事に気付き、現在の二人の様子を話す。



「王国騎士様は今は食堂の方にて食事を行っています。特に変わった様子はないという報告ですが……」

「それを早く言わんか、馬鹿者が!!」

「も、申し訳ありません!!」



部下に怒鳴り散らしたゴノ伯爵はそれでも気が晴れず、うろうろと部屋の中を歩き回る。そんな彼を見て部屋の中に兵士達はため息を吐く中、ここで窓の方に人影が現れると、窓から一人の女性が入り込む。



「……随分と荒れてるわね、伯爵」

「な、なんだと!?誰だ!?」

「私よ」



声をかけられた伯爵は驚いて振り返ると、そこには包帯を纏った「カトレア」の姿が存在した。彼女は先日にレノとドリスの魔法剣によって炎に飲み込まれ、大怪我を負ったという話は聞いていた。


すぐに彼女には治療を施されたが、火傷の場合は回復薬は効果が薄く、回復魔法でも治りにくい。それでも吸血鬼であるカトレアは常人よりも回復能力が高いので身体の大部分の火傷は治ったが、それでも顔半分はまだ完全には治りきってはおらず、顔面の半分を包帯で覆い隠す。



「な、何だカトレアか……怪我はもういいのか?」

「そんな事はどうでもいいのよ、それよりも奴等を見つけたの?」

「え、いや……ま、まだだ」

「ちっ、役に立たないわね!!」



普段とは雰囲気が異なるカトレアにゴノ伯爵は焦り、彼女が「素の性格」に戻っている事に気付く。普段の彼女はおっとりとした態度を取るが、機嫌が悪い時は何かに怒っている時は冷徹な話し方になる。こちらの方が素の彼女の性格である事はゴノ伯爵も知っていた。


不機嫌さを隠さずにカトレアは部屋へ乗り込むと、兵士達は怯えた表情を浮かべ、ゴノ伯爵も先ほどまでの態度はどうしたのか彼女を宥めるように語り掛ける。



「お、落ち着くのだカトレア……その、悪いが今日の所は戻ってくれないか?実は今、この屋敷には王国騎士が……」

「はあっ!?あんた、誰に口を利いてるのよ?」

「うぐっ!?」

「は、伯爵!?」



カトレアはゴノ伯爵に対して腕を伸ばすと、片手で彼の首元を締め付けて持ち上げる。普通の成人男性と比べてもゴノ伯爵は太っているので体重は100キロ近くは存在するが、そんな彼をカトレアは軽々と持ち上げる。



「あんたさ、誰のお陰でここまで偉くなったと思ってるの?あんたのために私がどれだけ苦労させられたか分かってるの?」

「ぐ、ぐるし……止めっ……!?」

「こっちはイライラしてるのよ、口の利き方に気を付けなさい。この豚がっ!!」

「ぐはぁっ!?」



ゴノ伯爵をカトレアは軽々と投げ飛ばし、彼は壁に叩きつけられて床に倒れ込む。あまりの痛みと衝撃に気絶しかけるが、カトレアはそれを許さずに彼の元へ赴く。



「調子に乗るんじゃないわよ、あんたに恨みを持つ人間がどれだけいると思ってるの?私がその気になれば今からでも他の貴族に鞍替えすればあんたみたいな三流貴族なんて一瞬でお終いなのよ」

「ひいっ……」

「それとうちの奴等に勝手に命令を与えて動かしたそうね、団長の私を差し置いて……私の僕を勝手に使うな!!」

「ぐええっ!?」



カトレアはゴノ伯爵を再び持ち上げると、今度は両手で抱えてソファの上に放り込む。今度は柔らかいソファに叩き込まれるだけで済んだので良かったが、カトレアはソファに横たわったゴノ伯爵と向かい合う形で座り込み、不機嫌さを隠さずに彼を睨みつける。




――傭兵団「蝙蝠」を支配しているのは実はゴノ伯爵ではなく、彼女こそが蝙蝠を率いる団長だった。蝙蝠の名前の由来は吸血鬼である彼女が作り出した組織だからであり、ゴノ伯爵は所詮は彼女に利用されている存在に過ぎなかった。


この街にゴノ伯爵が闘技場やカジノを建設できたのはカトレアの協力があってこそであり、彼女が裏でかき集めた人材を利用し、ゴノ伯爵に敵対する存在を消してきた。ゴノ伯爵とカトレアは謂わば協力関係を築いていたのだが、結局のところはカトレアの存在がなければゴノ伯爵はここまで地位を築く事はなかった。




「それで、奴等の情報はまだ掴めていないの?」

「ううっ……」

「さっさと答えなさい、また投げ飛ばされたいの?」

「ひいっ!?や、止めろ……」

「止めろ?」

「や、止めてください……!!」



カトレアの迫力にゴノ伯爵は涙と鼻水を垂らし、必死に身体を起き上げる。だが、壁に投げつけられたときに何か所か骨に罅が入ったらしく、動くだけでも激痛が走り、呻き声を上げる。その様子を見てカトレアは呆れたように鼻を鳴らす。

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