第189話 下水道に巣食う魔物
「二人とも、ここから急いで離れよう。リボン、案内を頼める?」
「チュウッ……」
「は、早く行きましょう……きゃっ!?い、今なにか踏みましたわ!!」
「……ドリス、うるさい。私達が追われているのを忘れないで」
通路に落ちていたゴブリンの死骸を踏みつけたドリスは悲鳴をあげるが、それに対してネココは鼻を抑えながら目元を細め、はぐれないようにレノの服の袖を掴む。鼻を指で抑えてもきついらしく、彼女は涙目になりながらもレノとはぐれないようについていく。
死骸が散乱しているせいで下水道の中でもこの場所は臭いが酷く、地上に戻る時は身体を洗わなければ臭いが纏わりつくだろう。レノはリボンを掌に載せ、とりあえずは収納鞄から灯りになりそう道具を取り出す。
「えっと……ランタンがあった。これを頼りに進もう」
「そ、そうですわね……ひゃっ!?ま、また何か踏みましたわ!!」
「……もう怒るのもきつい」
レノはリボンの案内の元、ネココとドリスと共に通路を進む。しばらくの間は歩き続けたが、追手が通路の現れる様子はない。
「ふうっ……ここまで逃げ切れば一安心かな」
「……こんな場所じゃ、全然安心できない」
「ええ、ゆっくりと落ち着いて身体を休める場所ではありませんわね」
「チュチュッ……チュイッ!?」
下水道の通路を進みながらレノ達は地上へと繋がる梯子を探していると、ここでレノの掌の上に載っていたリボンが何かに気付いたように震え上がる。
「チュチュイッ……!!」
「リボン!?急にどうしたの!?」
「震えていますわね……急に寒くなったんでしょうか?」
「違う、これは……怯えている」
リボンがレノの掌の上で震え出し、遂には耐え切れなくなったのか掌の上から飛び降りると、リボンは走り出す。その様子を見てレノは慌てて後を追いかけようとした。
「リボン!?急にどうし……」
「レノ、何かが近付いてくる!!」
「な、なんですのあれ!?」
逃げ出したリボンをレノが追いかけようとした時、ドリスとネココが後方に視線を向け、驚愕の声を上げた。何事かとレノは振り返ると、下水道の通路に巨大な物体の影が出現し、通路内に鳴き声が響き渡る。
――シャアアアアアッ!!
レノがランタンで影を照らすと、それは巨大な蛇である事が判明し、レノ達が通ってきた通路から現れた大蛇は威嚇の鳴き声を放つ。突如として現れた大蛇にレノ達は驚き、すぐにリボンが逃げ出した理由を悟った。
ネズミ婆さんの飼育しているネズミは天敵が近くに存在する反応し、恐怖のあまりに逃げ出してしまう。だからこそジャドクの蛇が存在するカジノへはネズミ婆さんも自分のネズミを送り込む事は出来なかったが、リボンはいち早くに大蛇の存在に気付いて逃げ出したのだ。
「へ、蛇!?何ですの、このふざけた大きさは!?」
「……まさか、こいつもジャドクが使役している!?」
「二人とも、頭を下げて!!」
大蛇の姿を目にしたドリスとネココが動揺する中、いち早くレノは荒正を引き抜いて大蛇に攻撃を仕掛けようとしたが、先に大蛇が動く。
「シャアアッ!!」
「くぅっ!?」
「レノ、避けて!!」
「きゃあっ!?」
首を伸ばしてきいた大蛇に対してネココはドリスに飛びついて壁際に避難して躱す事に成功したが、武器を構えていたレノは正面から迫る大蛇に対して咄嗟に剣を振り抜く。刃が大蛇の頭部に衝突する寸前、大蛇は身体を捻らせて回避する。
刃が空振りした事によってレノは隙を生んでしまい、それを逃さずに大蛇は再び顎を開くと、横側から噛みつこうとした。それに対してレノは防御は間に合わないと判断し、足の裏に風の魔力を集中させて飛び上がる。
「瞬脚!!」
「シャギャアアッ!!」
どうにか上に跳ぶ事でレノは大蛇の牙から逃れる事に成功したが、大蛇は煉瓦の壁に牙を食い込ませると、煉瓦の壁が牙によって抉り取られる。生物の牙とは思えない程に信じられない硬度と耐久力を誇り、もしも噛みつかれていたらレノの肉体は引き千切れるどころではなく、粉々に噛み砕かれていた。
(なんて牙だ……こいつ、化物か!?)
あの牙に噛みつかれたら助からないと判断したレノは通路の床に降り立ち、先ほどの魔物の死骸の事を思い出す。この時にレノは大蛇の首筋に血の跡が残っている事に気付き、間違いなく先ほどの通路の床に落ちていた魔物の死骸はこの大蛇に喰われた魔物達だと気づく。
(まさか、こんな場所で魔物の死骸を与えて飼育しているのか!?)
現在の状況から考えられるのはレノ達の前に現れた大蛇は野生の魔物とは思えず、この下水道で飼育されている魔物ではないかとレノは考えた。実際に彼の考えは間違いではなく、この大蛇はジャドクが使役する蛇の中でも最大級の大きさを誇り、彼は試合場で死亡した魔物の死骸を利用して下水道で飼育を行っていた。
毎日のようにカジノでは闘技場で魔物を戦わせるため、その死体の処理に困っていた。必要な素材を剥ぎ取った後、不要な素材は処分しなければならないのだが、それに目を付けたのはジャドクだった。
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