第190話 大蛇

――カジノに闘技場が出来上がったばかりのころ、試合場では貴族の客を満足させるために毎日のように試合が行われていた。ゴノ闘技場でも魔物と人の試合は見る事は出来るが、このカジノに出場する選手の殆どは囚人だった。


実際の所は彼等全員が罪人などではなく、ゴノ伯爵に敵対した人間も多く含まれていた。ゴノ伯爵は邪魔者と認定した街の人間を集め、警備兵や蝙蝠の傭兵を利用して捕まえ、囚人として捕縛する。


囚人とされた人間はカジノの闘技場で強制的に戦わされ、死ぬまで戦い続けなければならない。表向きは囚人には試合に勝ち続ければ自由の身にすると伝えているが、実際の所はゴノ伯爵は彼等を許すつもりはなく、死ぬまでカジノに訪れた観客の娯楽のために戦わせる考えだった。


闘技場では選手は降参を申し出れば試合は中断されるが、この闘技場では囚人か対戦相手の魔物が死ぬまで強制的に戦わされる。つまり、生き残るには相手を全滅させなければ試合は終わらない。


闘技場に出場する選手と違い、試合に勝たなければ生き残れない囚人達は全力で挑み、文字通りに命懸けで戦う。その鬼気迫る姿はゴノ闘技場では中々目にする事は出来ず、特に貴族の客からは人気が高かった。





だが、囚人の中には元傭兵や冒険者も多く、毎日試合を行わせると魔物の死骸も処理も大変だった。必要な素材を剥ぎ取った後、残された素材は焼く以外に処分する方法はないのだが、連日のように貴族の客を満足させるために試合を行っているため、日に日に魔物の死骸の数が増えて処理に困り始めた。


この時に魔物の処分に苦労しているという話を聞いたジャドクがゴノに相談し、試合で処分した魔物は利用できる素材を剥ぎ取った後は自分の使役する蛇の餌として与えたいと告げる。ゴノとしては魔物の死骸の処理に困っていた事もあり、そもそも焼き捨てるぐらいならばジャドクに任せる事にする。




その後、ジャドクはカジノの地下に下水道に繋がる抜け道を作ると、試合が終える度に魔物の死骸を運び込み、利用価値のある素材以外の部分を下水道で飼育している蛇達に分け与える。毎日のように大量の死骸が下水道へ送り込まれ、彼が使役する蛇達に与えられた。


この時に予想外だったのは蛇の中には魔物の死骸を喰らう度に身体を成長させる個体が出現し、遂には「大蛇」と表現するほどの大きさへと成長を果たした。ジャドクの予想では毎日のように大量の魔物の死骸を得た事で蛇の身体に異変が生じ、上位種や亜種のように進化を果たしたと彼は考えた。


ジャドクはこの大蛇を大層に可愛がり、下水道の主として相応しい名前を与える事にした。伝説の大蛇である「バジリスク」の名前をあやかって「バジク」と名付けたという――






――下水道の主と化したバジクは餌が落とされる場所から降りてきたレノ達を獲物だと認識し、躊躇なく襲い掛かってきた。ジャドク以外の人間を見た場合は相手が兵士や傭兵であろうがバジクは容赦せずに牙を向ける。



「シャアアッ!!」

「くっ……嵐刃!!」



レノは煉瓦の壁を抉り抜く程の鋭さと頑丈さを誇る牙を持つ大蛇を警戒し、荒正を振り抜いて風の刃を放つ。だが、その攻撃に対してバジクは巨体でありながら器用に身体を動かして攻撃を回避する。移動速度も速く、とても逃げ切れそうになかった。



「嵐刃を……避けた!?」

「気を付けて、ジャドクの蛇は全て毒を持っている!!こいつもきっと毒を持っている!!」

「シャアアアアッ……!!」



嵐刃を回避したバジクに対してレノは驚き、巨体でありながら信じられない程に早く、無暗に攻撃しても当たる気配はない。一方でバジクの方は口元を大きく開くと、喉の奥から紫色の煙を放出した。



「アガァアアアッ!!」

「な、何ですの!?」

「まずい、こいつ毒煙も吐けるのかもしれない!!煙を吸ったら駄目!!」

「そういう事なら……消えろっ!!」



口元から毒性の煙を放出してきたバジクに対してレノは荒正に風の魔力を纏わせ、煙に向けて切り払う。その結果、風の魔力が拡散して風圧を発生させ、毒煙を吹き飛ばす。


自分の毒煙を吹き飛ばしたレノに対してバジクは怒りを抱き、何を考えたのか水路の中へと飛び込む。自ら水中に潜り込んだバジクにレノは驚くが、敵は逃げたわけではなく、水飛沫を上がると尻尾の先端が放たれる。



「レノ、危ない!!」

「うわっ!?」

「し、尻尾!?」



水中から飛び出してきた尻尾は槍のようにレノの元に突き出され、反射的にレノは頭を下げて回避に成功したが、尻尾はレノの頭上を通り抜けると煉瓦の壁を貫き、奥深くまで刺さる。その光景を見てレノは避けていなければ自分の額に風穴が出来ていた事を知り、顔色を青ざめた。



「なんて威力……うわっ!?」

「油断しないで!!どうやら、私達の位置を正確に把握できるみたい!!」

「厄介な事、この上ないですわね!?」



尻尾が煉瓦の壁から引き抜かれると、今度はレノの足元に目掛けて放たれ、咄嗟にレノは跳躍して攻撃を回避する。ネココの言う通りにどうやらバジクは水中に存在してもレノ達の位置を掴めるらしく、この時にレノは以前に下水道に立ち寄った時に水中に見えた影の正体がバジクなのかと考える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る