第175話 いざ、カジノへ

――数分後、準備を完了したレノ達はカジノへ向かう前に馬車を用意する必要があった。まさか貴族が徒歩でカジノへ立ち寄るはずがなく、変装しても貴族らしからぬ行動をすればすぐに気づかれてしまう。


馬車の手配に関してはネカに協力してもらい、彼の商団の馬車を借りる事にした。いきなり自分の元に手紙を持って来たネズミが現れた時はネカも驚いたが、事情を察した彼は快く協力してくれた。



「アルト様、カジノの前へ辿り着けましたが……本当にその恰好で出向かれるのですか?」

「中途半端な変装だと他の人間に気付かれる恐れがあるからね。大丈夫、上手くやるさ」

「……この格好、恥ずかしいんだけど」

「ほ、本当にこれでなければ駄目ですの?」

「胸元がきつい……」



ネカは馬車に乗っているレノ達に視線を向け、どのように反応すればいいのか困っていた。現在のレノ達は自分達の正体が気づかれないように変装をしており、特にアルトとレノの場合は念入りに化粧を行い、しかも男性物の衣服ではなかった。



「さあ、行こうかレノ君。ここから先は僕の事をお嬢様と呼ぶんだ。おっと、僕だと怪し回れるな……ここにいる間は私と呼ばないとね」

「ううっ……分かりました、お嬢様」

「レノ様……可憐ですわ」

「可愛い、抱き枕にしたい」



現在のアルトはドレスを身に付け、髪の毛の方もウィッグを付けていた。一方でレノの方は女性使用人らしくメイド服を着こみ、黒髪は目立つので現在は茶髪のウィッグを身に付けていた。二人とも元々の顔立ちが女性の様に整っていたため、化粧をした途端に「美少女」と言っても過言ではない程に化ける。


二人は先に馬車から降りるとカジノの周辺の人々の視線を集め、まだ年齢は若そうだが美しい貴族の少女と、可憐という言葉が相応しい容姿の付き人の姿を見て男性陣は目を見張る。更にその後に二人に負けず劣らずの容姿が整った者達が現れて驚かされた。



「この格好、やはり胸元の部分がきついですわね……」

「……どうして私は男装?」

「仕方ないさ、動きやすい服装だとそれしかなかったんだから」



二人の後にドリスが降りると、彼女は癖っ毛の巻き髪を特殊なヘアワックスで普通の髪の毛のように下ろした後、眼鏡を装着する。更に動きやすいようにズボンを着こみ、いかにも男装の麗人のような恰好をしていた。


その後ろに立つネココは男性用の執事服に着替え、こちらの方はドリスと違ってしっかりと男装していた。但し、顔立ちが良いので美少年に見えるため、周囲の女性陣は頬を染める。



「皆様、私はここまでにしましょう。では、お気を付けください」

「ありがとうございます、ネカさん」

「助かったよ、後は僕達で何とかする。そうだ、腕のいい傭兵を探していたと言っていたね?」

「ええ、その通りですが……」



ネカと別れる際、アルトはレノに視線を向ける。彼の意図を察したレノはネカに「牙狼団」の事を紹介する事に決めた。



「もしも護衛を探しているなら、この街に存在する牙狼団という人に頼って下さい。俺とアルトの名前を出せば話を聞いてくれるはずなので……」

「なんと!?あの有名な牙狼団の?」

「ああ、彼等には大きな借りがある。きっと僕達の話を出せば護衛探しを手伝ってくれるさ。もしかしたら彼等が護衛になってくれるかもしれない」

「分かりました、では申し訳ありませんが一筆したためてくれますか?」

「いいとも、レノ君用意してくれ」

「あ、うん……いや、はい。お嬢様……」



アルトはレノに預けた収納鞄から羊皮紙とペンを用意させ、その場で紹介文を用意してネカに渡す。それをネカは恭しそうに受け取ると、周囲の者達は貴族の少女が商人を相手に何か指示を出しているようにしか見えなかった。


貴族として生きてきたアルトは礼儀作法は完璧であり、同時に普段から女性の扱い方にも慣れているため、女性の動作も完璧に模倣していた。最後にアルトはネカに手の甲を差し出すと、それを知ったネカは苦笑いを浮かべながらも彼の甲に口づけするふりをする。



「それじゃあ、君も気を付けてくれ。もしも僕達が捕まった場合、ここまで送りつけた君の身も危なくなるかもしれない……万が一の時は僕の実家を頼ってくれ、勘当された身とはいえ、きっと父上と兄上が助けてくれるはずさ」

「分かりました。ですが、皆様ならきっと無事に戻ってこられると信じていますよ。レノ殿、どうかアルト殿をよろしくお願いいたします」

「あ、はい……分かりました」



最後にネカは頭を下げると、馬車を走らせて早急にその場を離れた。そして改めてレノ達はカジノへと視線を向け、緊張した面持ちで見上げる。



「ここがカジノ……なんか、思っていたよりも凄い建物だ」

「まるで宮殿みたいですわね……」

「……いかにも成金趣味の貴族が作りそうな建物」

「おいおい、それは貴族に対する偏見だよ。流石にこんな建物、普通の貴族でも作ろうとはしないさ」



レノ達の視界にはまるで宮殿のような外観の建物が建てられ、周囲を鉄柵で取り囲まれていた。出入口には花壇と噴水が設置され、極めつけには噴水の中央部には恐らくはこの街の伯爵である「ゴノ」を模した金の像まで建てられていた。

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